Feathery Instrument

Fine Lagusaz

6th 鋼の心

「ふぅ」 ため息をつきながらエオは先ほどのやりとりを思い出した。 『ああ、それはマグだよ』

依頼人の指示どおり、ギルド前をふらついていたレンジャーの男に話しかけるとこう返事があった。 詳しい話を聞いてみるとマグを運んでいる最中に襲われ奪われたそうだ。 ただ話していた本人も襲われたという表現に疑問を感じていたらしい。

考え事をしていたからよく分からなかったとも言っていたがマグの持ち主のことなら誰でも深く考えるだろう。 現に自分もレーザーフェンスのスイッチに寄りかかり考え込んでいる。 依頼人を待たせてはいけないと思うがなかなか動けない。 「・・・仕方ないな」

ハンドガンのエネルギー残量を確かめると立ち上がりセンサーの感度を最大にした。 マグは特定の周波数の電波を放つ習性がある。 それはマグの言語ではないかと一部では噂されていた。 自分のAIは特別なものでこの電波を捕えることができる。 そのためエオはマグの言葉を理解し話せる。

何故なのかフェイドに尋ねたがエオが特別なんだよ、と一言ではぐらかされてしまった。

気になったので自分で調べるとマグと同系列のAIが積まれていることがわかったがそれ以上のことはわからず仕舞いだった。 「この子かな・・・?」 聞き取れた声は迷いを含んでいた。 でもはっきりとした思考をしているということはマグなのかあやしい。 とりあえずこの反応を目指そう。

入った区画のセイフティが作動しているのを確認しエオは戦闘モードに移行した。 ・ ・ ・ ・ 扉がゆっくり開くと高台の区画だった。 飛び込んで来た夕日が眩しい。

奥にはマップの点と同じ場所に桜色のパーツを持つレイキャシールが立っていた。 「あれ・・・あの子がいない」 そう言って再び辺を見回すが見つからないようだ。 人違いというかマグ違いというか、とにかく間違えてしまったらしい。 しかしマグと同じ反応をしたのはなぜだろう。 「あの、何かお探しですか?」 「!・・・びっくりしましたぁ。あのぅ、マグを見ませんでしたか?」 恐らくこのレイキャシールが犯人だ。 赤のハンドガンを握る手に力が入ったが銃口を向けることは無かった。 この様子からはマグを奪うような性格とは思えない。

「今探しているところです。一応、あなたが奪ったという話で奪還の依頼を引き受けたんです」

奪還という言葉に苦笑いしながらエオは極力相手を警戒させないように話した。 たくさんのマグが寂しそうにしていたので話しかけたところついてきた。 そしてマスターのところに戻るんだと言ってみんな何処かへ行ってしまった。 最後に一匹だけ残っていたマグもはぐれてしまったらしい。 「わたしも手伝います」 「そうしてもらえると助かります」 「あ、わたしはエルノア。エルノア・カミュエル、アンドロイドですぅ」 「エオです。よろしくお願いします」

「なかなか見つかりませんねぇ」 「そうですね・・・」 装備者の識別信号とマグの反応をわけて数個まで絞ることができた。 それらすべては移動しているため追いかけっこをしている状態だ。 一つだけ人と同じ速度で彷徨うマグらしい反応が一つだけあった。 近くに人の反応もあるので人の後を追いかけているのかもしれない。 「ちょっと遠いですけど追いかけますか?」 「それがいいですよぉ」 間延びした喋り方をする割には敵にすぐ気づき応戦するようだ。 「エオさんはマグに心があると思いますか?」 「あると思いますよ。わたしのような存在にも心があると同じように」 「マグはわたしの兄弟のようなものですからなんとなくわかるんです」 「兄弟、ですか」 同系列のAIを積んでいればその感覚もわかる。 センサーでマグと同じ反応を示すということはそういうことだ。 「ちょっと変ですかぁ?」 「変じゃないですよ。わたしもそう思いますし」 「エオさんもマグと話せるんですかぁ?」 「ええ、とりあえずは」 「わたしとエオさんも姉妹みたいですねぇ」 「う~ん、だったらどっちが姉でしょうね」 「そうですねぇ。どっちでしょう?」 自分とエルノアは何処か似ている。 だからこんな話しをしている。 はっきりとした根拠は見つからないがそう思う。 「この扉の向こうにいます」 二人はじっと扉へ目を向けると静かに開き人が見えた。 見覚えのある声に二人は声をあげた。 「あ、フェイド」 「は、博士ぇっ!?」 二人のレンジャーと二人のフォースの声が森に響いた。 ・ ・ ・ ・ 「なんでここに博士がぁ?」 エルノアは心配そうな声で尋ねた。 この当代随一の頭脳を持つ博士は地上に降りることは禁止されているはずだ。 「フフ、いろいろあってね」 「ジャン、どうするんだ?」 フェイドがジャンと呼びかけた博士は不敵な笑みを浮かべながら言った。 「どうするもこうするもないさ。ばれもしないだろうしね」 「もしかしてモンタギュー博っ・・・!」 フェイドに口を押さえられじたばたするエオ。 「う・・・ぷはぁ・・・いきなりなんですか」 「名前を言っちゃいけない。ジャン、とりあえず上に戻ろう」 「仕方ないなぁ。データ回収は次の機会にするしかないね」 フェイドがリューカーを使う。 「わたしたち、マグを探しているんですけど見ませんでしたか?」 「これか」 後ろにいたマグをひょいとつまみ上げエオに渡した。 手のひらでおとなしくしているマグの声にエオとエルノアは耳を傾ける。 「本当に君の言った通りだね」 「エオ、後で僕の部屋においで。よかったらエルノアさんも来ると良い」 そう言い残すとフェイドとモンタギューは光の中に消えた。 「これで依頼は終了っと。エルノアさんはどうしますか?」 「博士のことも気になりますしぃ・・・」 「一緒に行きましょう。後は報酬もらうだけですから」

「なにぃっ!!・・・たった一個だけ・・・」 目の前で叫ぶ依頼人をなんとなくエオは見ていた。 確かにマグを売ることができれば儲かることは間違いない。

しばらくわめき続けると諦めがついたのか一言、ぽつりと報酬を持って行けと残して何処かへ消えた。 「はぁ」 どうでも良い話を聞いてしまったせいか変な疲労感が残っている。 マグは生体防具だが長年一緒にいれば愛着も沸く。 それをただの商品として見ている人間の話しを聞けば反発だって覚える。 エルノアが聞いていたら怒るだろうな。 「それじゃ、行きましょうか」 「はい」

店で武器を眺めていたエルノアと合流するとフェイドの部屋へ向けて歩きだした。 「Hit50のドレインランチャーが売ってました」 「買ったんですかぁ?」 「もちろんですよ」 ぐっと親指を立てながらエオは言った。 それを見てエルノアはくすっと笑いエオも照れ笑いした。 「ドレイン系の銃をよく使うので吸血鬼って言われるんです」 「すごい名前ですぅ」 「名前じゃないと思いますけど」 そんな会話を続けているとフェイドの部屋の前についた。 呼び鈴を鳴らすと返事がして扉が開いた。 「報酬はどうだった」 「メイト使えば赤字でした」 「それは御愁傷様。なかでジャンが待っているよ」 フェイドに招かれるまま二人は中に入った。 「博士ぇ・・・?」 「モンタギュー博士は何処に?」 「いや、二人の目の前にいるこの人がそうだけど」 「フェイドも嘘が下手ですね」 「嘘じゃないって」

フォニュームの特徴的なスーツを脱いでラフな格好でモンタギューはいすに座っていた。 それはエルノアも稀に見る姿だった。 十人中九人中は男女問わず今の方が格好いいと言うに違いない。 「その帽子とグラスをつければわかるだろう」 「あ、モンタギュー博士」 「あー、本当に博士ですぅ」 「まさかエルノアにまでそう言われるとは思っていなかったよ」 「ところでモンタギュー博士はどうして地上にいたんですか?」 「そのことを話そうと思って呼んだんだった。とりあえず座ってよ」 フェイドの横にエオ、その向かいにモンタギューとエルノアが座った。

「ジャン、いやモンタギュー博士がオスト博士とエモーショナルAIを作ったのは知っているよね」

「はい、有名な話です。そのAIは様々な分野に応用されている。それはマグをはじめ一部の軍事兵器、恒星間航行宇宙船、そしてわたしにも・・・」 瞼を閉じながらエオは言った。 フェイドの視線が感じられる。 どんな目で彼は見ているのだろう、エオはフェイドの顔を見た。 苦しそうな顔をしていた。 「Extend Emotional AI略してE2AI。エモーショナルAIを今までの研究のデータと照らし合わせて改良したものだ。それは君の脳であり精神であり魂である、ただそれだけだよ」

エモーショナルAI自体がブラックボックスだからそれでは答えになっていないと言おうと思った。 しかしフェイドの苦しそうな顔を見ると言えなかった。 「モンタギュー博士とはいつから?」

「E2AIを作る時にジャンの世話になってそれからはオンラインでのやりとりは続いていたんだ」 「下にどうしていたんですかぁ?」 エオに代わりエルノアが尋ねた。 「彼にパイオニア1のデータを見せてもらおうと思ってね」 「これだとよくわからないだろう」 セントラルドームで引き出したデータディスクを指さしながら言った。 「だから自分で調べたい。だけどまわりが煩いから手伝ってくれって」 苦笑いしながらフェイドは続ける。 モンタギューは不満そうな顔をして腕を組んだ。 よほど納得の行かない結果だったらしい。 「メインコンピュータのあった部屋ごと消滅していてね」 「セントラルドームはドラゴンの巣窟になっていた、ということですか」 「ご名答。それで森エリアを散策していた、ということ」 「博士ぇ、もうこんなことしちゃ駄目ですよぉ」 「さすがにもうやらないさ。代わりにエルノアに行ってもらうからね」 笑いながらモンタギューは言った。

止めてくださいよぅ、大変なんですからぁ、と間延びした声でエルノアは答えた。

若干11才にしてエモーショナルAIを開発した人間なのだからもっと堅い人だとエオは思っていたが意外に軽い性格をしていたので少し驚いた。 「ところでエオ君」 「あ、はい」 「君はエモーショナルAIをどう思うかい?」 いきなりそんな質問をされるとは思わなかった。 「高性能AIの一種と思います」 言ってからマニュアルどおりの答えだとエオは心の中で笑った。 「世界を変えるかもしれないAI、そのうちわかるさ」 「そのうち、ですか」 「さて、僕らはそろそろ帰ろうか」

横でフェイドのサソリの形をしたマグ『ニドラー』と遊んでいたエルノアの肩を叩き立ち上がった。 「お邪魔しましたぁ。エオさん、フェイドさん、また今度ですぅ」 「何かあったら連絡するよ。フフ・・・あったらだけどね」 フェイドとエオも立ち上がり二人を送った。 二人だけ残された部屋はとても静かだった。 「フェイド、ちょっと付き合ってくれませんか?」 「別に構わないよ」 「話が、したいんです。風のある場所で」 ・ ・ ・ ・ 夜の風が二人を静かに包み込む。 ラグオル唯一の衛星が青く輝き大地を濡らしていた。 「最後のメンテナンスをしてくれた夜もこんな感じでしたね」 「そうだね・・・」 小高い丘のようになっているこの場所はエオのお気に入りだ。 ファーストコンタクトの日もここでセントラルドームを眺めていた。 「わたしはわたしのことがよくわからない」 ぽつりと言った言葉は漂うように消えた。 衛星に手を延ばしながらエオは横になった。 風が吹いて草がさらさらと音を発て二人の肌を撫でた。 「AI自体、それとも自分自身?」 「両方ともです」 フェイドも横になり満天の星空を仰いだ。 「さっきの説明だと不十分かな」 「E2AIにはブラックボックスがあります」 端末に解析結果を表示させフェイドに渡した。 フェイドは眼鏡をかけ直しディスプレイを眺めた。 「なんなんですか、いったい」 「君が君である証だよ」 エオのきつい口調に臆する事なく答えた。 「どういうことですか」 「E2AIを起動させた時に発生した部分なんだ。僕にもわからない」 「理論どおりのAIならどうして・・・」

「理論どおりだから、だ。開発者の予想や思惑を離れ自分で考えその足で立つことのできるAI、それがE2AIなんだよ」 「無責任ですね・・・」 「でもそれはヒトと変わらない問題だと思う」 「・・・」

「親が何を考え何を望んだか・・・それは親の生んだ理由で僕の生きる理由にはならない。エオが自分の存在で悩むのは自然なことなんだ。責任逃れのように聞こえるだろうけどね。自分の存在は論理的な面にせよ物理的な面にせよ自分で考えたもの、それがその人自身の答えになる」 フェイドの言葉が終わると静けさだけがそこにあった。 風が二人の間を通り抜け草の音だけがあたりに満ちる。 「フェイドは自分の存在をどう思うんですか?」

「僕は・・・大切な存在と笑っていたい。そして守りたい・・・そのためにこの大地に立っている。気障っぽくて似合わないかな」 笑いながらフェイドは言った。 でも目は真剣だ。 「他意は無いですよね」 「もちろん」 「ありのまま受け入れます」 呪文のようにエオは言った。

「フェイドのわたしを作った理由はわたしが生まれ生きた理由にはなりません。自分でその答えを探します」 エオは上半身を起こすと満天の星空に向けて言った。 「それができる心と身体をフェイドたちがくれたんですから、ね」

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