Feathery Instrument

Fine Lagusaz

町全体が朝特有の白い靄に包まれ眠っている。 その中を僕は君を乗せて自転車で走り抜けていた。 錆び付いた車輪に悲鳴を上げさせながら。

車輪の唄

正面から吹き付ける風は少し冷たく肌に刺さる。 黄色で点滅する信号に構わず全身の力を込めてペダルを踏む。 「寒くない?」 僕は振り返らずに後ろに乗る君に尋ねた。 「大丈夫だよ」 「確かに大丈夫だなぁ・・・」 寄りかかれた背中に伝わるのは確かな温もりだ。 「でしょ」

両腕でしっかりと僕の体にしがみ付いてきて心臓の鼓動がはっきりと伝わってきた。 正面を見ると駅に続く長い長い坂道がある。

坂に入るとペダルが重くなり息が切れ掛かるが踏めば確実に坂を上る力になっていく。 「もうちょっと、あと少し」 楽しそうな声と温もりに背中を押され脚に力が入る。 紺色の陰に染まる線路沿いの坂道は時間が止まったように静かだ。 動くのは僕らだけらしい。 僕の気持ちがわかったのか、 「世界中に二人だけみたいだね」 と小さく零した。 ほんとだね、と言おうとした瞬間、言葉が止まった。 後ろの君も言葉をなくして正面に広がる光景に見入った。 地平線は日の色で空の高い方は夜の紺が広がっていた。 ゆっくりとそのグラデーションは変化して日の色が空を染め上げていく。 「朝焼けって綺麗なんだ。初めて知ったよ」 「ほとんど朝は寝てるからだよ」 「仕方ないだろ、朝弱いんだから・・・」 視界がぐにゃりと歪み声が震える。 「でも今はこうしてくれてる。ありがとう」 そういって君はくすりと笑った。 振り返って君のためなら、と言いたかったけど僕にはそれができなかった。 男が泣いてるなんて格好悪すぎると思っても止まらない。 それでもどうにか駅に着くまでには止まった。 人のいない券売機の前で僕らは横に並んで切符を買う。 君は一番端の一番高い切符のボタンを押した。 その切符で行く町のことを僕はよく知らなかった。 尋ねても笑って教えてくれなかったっけ。

ボタンを押して出てきた一番安い入場券をすぐ使うのに胸ポケットに大切にしまう。 「後、もう少しか」 「何が?」 「電車が来るのが」 「うん」 何を言おうか、考えている間に時は過ぎ、君は改札に向かっていく。 その後を少し間を空けて僕がついていく。 短い君の声、何があったのかと思えば、 「・・・鞄が」 一昨日買った大きめの鞄の紐が引っかかっていた。 「・・・」 僕は目をそらして頷いて紐を外した。 駅のホームにも人はいなくて町と同じ静けさが漂い僕らを包む。 静けさを切り裂いて電車が入ってきて君の前ぴったりに扉が来た。 響くベルが最後を告げて僕の潜ることができない、君だけの扉が開いた。 何万歩よりも距離のある一歩を踏み出して君は振り返り、 「約束だよ。必ず、いつの日かまた会おう」 応えられないで僕は俯いたまま手を振った。 扉が閉まると同時に僕は走り出した。 駅前に止めてある自転車に跨りペダルを力いっぱい踏む。 追いつくかわからない、でも追いつくしかないんだ。 最後にちゃんと君の顔を見るために・・・。 線路沿いの下り坂を風よりも早く飛ばしていく。 錆び付いた車輪が不協和音を奏で自転車が電車に並ぶ。 「おーいっ!!」 窓越しに見える君の背中に精一杯の声を上げる。 すぐに気がついて窓を開けて身を乗り出した。 少し泣きそうな笑顔で僕を見る君に大きく手を振る。 「――」 風に声は消えたけどちゃんと聞こえた気がする。 坂はもう終わりでどんどん間が開いて君の姿が小さくなる。 見えなくなるまで僕は手を振り続けた、離れていく君に見えるように。

残された僕を錆び付いた車輪は悲鳴をあげながら活気を取り戻し始めた町を走り続ける。 「世界中に一人だけみたいだなぁ・・・」 それでも背中に残る微かな温もりが背中を押し続ける。 零した言葉を打ち消すように・・・。

コメント

文化祭用の急造仕様SSの修正版。 題材はBUMP OF CHICKENのアルバム『ユグドラシル』に収録されている『車輪の唄』です。 物語性の強い歌なのでSSが作りやすいだろう、ということで挑んでみました。 いざ書きはじめるととても難しいことがわかって苦戦しました。 極力、曲のイメージを壊さないように作りましたが、いかがでしょうか?

作品に戻る