Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第一章 はじまり

〈〉内は場所の名前。 ()内は効果音など。

〈電車内〉 Eihwaz直通の電車に揺られながら壁しかない外の景色を眺める。 灰色の人工物で固められた壁の外も灰色の雲があるのだろう。

起きたあたりはまだ晴れていたが午後から夜は雨らしい、帰りは雨に打たれるのは間違いない。 【綾斗】「はぁ」 今日は何回ため息をついているのか数えるだけで鬱になりそうだ。 【香奈】「今日のお兄ちゃん、本当に変だよ」 【綾斗】「あー、朝から心配かけまくりのダメな兄ですよ」 多少、自棄になりながら答える。 どうも起きてからずっとこの調子で心配している香奈もさぞ迷惑だろう。 【香奈】「あはは、何かあったら相談してよ」 苦笑いしながら香奈が言った。 お前に頼ってばっかだな、ほんと。

実際のところ話してしまえば香奈に限らず他の研究員も信じてくれるだろうが話す気にはなれなかった。 【綾斗】「ああ、何かあったらな・・・・」

そこで会話が途切れ走行音と他の乗客(といっても研究員だが)の話し声、ただの雑音だけが俺の耳に入るだけだった。 気まずい沈黙が訪れてしまった・・・・。 後悔してもどうしようも無くただその沈黙に耐えるしかなかった。

【アナウンス】「Eihwaz地下Aブロックに着きました。忘れ物の無いようご注意下さい。」 車内にアナウンスが流れ扉が静かに開くと他の研究員と共に吐き出される。 人込みに紛れて香奈を見失った。 そして俺達の研究室へ向かう。

〈通路〉 俺らがいるの研究室はは総合研究室と言われ全研究室のトップとも言われる所だ。

BYT全体を見据えてごちゃごちゃやっているので当然、まわりの細かい連中によって支えられている。

総合研究室の一部の研究者は「俺らが頂点だ」と考えているようだがどうもそういう考えを持つ奴は大した発想できず時間だけ浪費しこの部屋を去っていく法則があるらしい。

誰かが統計を取ったわけでもないし何らかの裏付けがあるわけではないが俺の経験ではそうなっている。 時間という危ない研究をやっている割にはいい人揃いかも知れない。 もちろん、俺はいい人ではないからそのうち消えるのだろうけど。 【椎名】「綾斗、おはよう」 【綾斗】「ああ、おはよう、椎名」 【椎名】「今日も頑張ろうね」 【綾斗】「ああ、目が痛いけど」 【椎名】「あはは・・・・あっ」 【綾斗】「どうした?変な声を出して」 【椎名】「いっけない、忘れ物~」 慌てて駆けだす椎名の背中を見送りながら呟く。 【綾斗】「お前が頑張れよ・・・・」

〈総合研究室 〉 白衣を着ると幾分気分が落ち着いてきた。 さっきのをまだひいているらしい、はやく切り替よう。 ずっと着ている馴染みのあるものにはそういう効果でもあるのか。 身体の一部になっているな、これは。 【平居】「よう、時瀬」 平居が声をかけていた。

コイツとはここへ入ってきてからの仲で俺達のことを良く知っている奴でもある。

一見軽そうだがしっかりとした考えを持つ、見た目で判断すると痛い目に遭う奴の典型的なタイプだ。 【綾斗】「お、お前が先に来ていたか」 【平居】「朝から何かあったのか?」 俺の方を向かず香奈の方を見てそんなことを言う。 【綾斗】「まぁな・・・・っていきなり何を言い出すんだよ」 【平居】「ふふ、見ればわかるさ」 【綾斗】「気持ち悪い笑い方をするな」 茶化すような突っ込みを入れるがコイツは鋭い奴だ。

【平居】「研究所の同僚数百人を敵に回したくなければ香奈ちゃんを大切にしろよぉ」 声はおどけているが目は本気だ、こいつ。 【綾斗】「もう『ちゃん』と呼べる年じゃないだろうが」

そう言いながら香奈を見ると楽しそうに椎名や他の研究員と打ち合わせを始めている。 【平居】「ま、人気はあるということだ。気をつけろよ」 他にも言いたいことがあるのだろう、と言いかけたが別の言葉を繋ぐ。 いや、これが一番気になることだ。 【綾斗】「柊って奴知らないか?」 【平居】「柊・・・・そんな人いたっけか?」 しばらく思い出すような顔をしていたが平居は結局、知らないようだった。 結局の所、俺だけしか覚えていないらしい。 【綾斗】「いや、覚えていないなら良いんだ」 【平居】「お前の知り合いか?」 【綾斗】「まぁそんなところだ」 ポケットから試料を取り出す。 こいつはBYTのコアの欠片で間違いなく柊が俺に渡してくれた物だ。

一部の人間は持っているらしいが俺の周りには俺ぐらいしか持っている奴はいない。

あの時・・・・これは共鳴していたのだから関係あるのは間違いないが証拠がないな。 BYTの稼働には多数のAIと膨大なエネルギーが必要なのだ。 いくら『欠片』とは言え簡単に動かせはしない。 【綾斗】「はぁ」

今日、何度目かわからないため息をつく俺を平居はやれやれと言った顔で見た。

めまぐるしく変わるグラフと睨めっこをして早三時間。 目にもそろそろ限界が近づいてきたらしい。 大きく伸びをし手で瞼を押す。 こんな調子では研究員全員が眼鏡をかける日も近くは無いのだろうか。 ああ、怖い話だ。

キーボードを叩きながら流れる文字を見る日々が続き眼精疲労も極度に達しているのは間違いない。

笑い話ですめばいいなどと良いなどと馬鹿っぽいことを考えながら時間は過ぎていく。 画面右上には「Login」の文字が読める。

作業中は当たり前のようにこの文字が表示されているわけだが研究員全員には「ID」と「パスワード」配られている。

この両方を打ち込んで初めて研究所内のコンピュータを使えるようになるわけだ。 さてさて・・・・どうやって例のログを見ようか。

一応、コアの演算ログは誰でも見ることが出来るが本格的なログになると所長の許可が必要なのだ。 さてこれからどうするか・・・・。 やはり正当な手段で行くべきだ。 直接、所長に許可を求め調べれば良い。 すこしばかり不安はあるが問題ないだろう。

今、俺がやろうとしているのは実験のことについてなのだから問題はないのだ。 そう自分に言い聞かせる言い聞かせる。 研究室を出ようとする俺を香奈が後ろから声をかけてきた。 【香奈】「何処へ行くの?」 【綾斗】「ちょっとした用事だ」 【椎名】「あ、さぼり」 【綾斗】「ちがーう」

〈廊下〉 短く答えて研究室の廊下を期待と不安に圧されながら少し早めの速度で進んでいく。

数分後、最上階にある所長室の前に俺は立っていた、所長室周辺は研究所というイメージからほど遠いものだ。 高級感のある内装、何処かの会社の社長室かその類かと思いそうになる。 馴染みにある研究室の空気とは違う空気のおかげで緊張感が高まる。 一瞬だけノックすることを躊躇った。 (こんこん) 【柴原】「誰だ?」 廊下のスピーカーから所長の声が聞こえる。 【綾斗】「総合研究室所属、時瀬 綾斗です」 【柴原】「どうぞ」 【綾斗】「はい」 扉が音も立てずに静かに開いた。 ガラス張りの所長室、所長の背景にはビル群が見渡せる。 【柴原】「なんのようかね」 先に口を開いたのは所長だった。 【綾斗】「BYTのコアの詳細ログを閲覧したいのです」 【柴原】「理由は?」 【綾斗】「はい・・・・」

所々伏せながら細かい理由を話していると所々で所長の表情が微かに変わったが何を考えているか分からなかった。

もしかすると何か気づかれてしまったかも知れないが今はそんなことを気にしている余裕はない。 そのまま理由を説明し終えると所長は閲覧許可をくれた。 礼を言い部屋を出ていく俺を所長が呼び止める。 【綾斗】「はい、なんでしょうか?」 【柴原】「君には期待している」 【綾斗】「ありとうございます!」 俺は静かに部屋を出るとコアのある部屋へ走りだした。

やっと真実がわかる・・・・走る早さが上がり気が付くと全速力で走りBYTルームの入り口に到達したころには息が切れかけていた。 肩で息をしながら扉を開けるとエレベーターに乗り込む。

〈エレベータ内〉 鈍い振動が床から伝わってくる。 上に流れて行く白い光を見上げながら地下深くへ潜って行く。

重い金属音と共に動きが止まり目の前には巨大なゲートが目に飛び込んできた。

〈BYTルーム扉前〉 ここが・・・・。 ゲートを思わず見上げてしまう。

俺が見ていたのはコンピュータの弾き出したデータばかりで直接見た事は無かった。

一部の人間しか立ち入りの許されなかったBYTルームに俺は来ているんだ・・・・。 先のパスワードとIDを入力するとゆっくりと扉が開く。

〈BYTコントロール室〉 コントロールパネルの向こうに砂時計を模したBYTのコアが見える。 この部屋すべてが演算ユニットであり地上の研究室から制御しているのだ。 いすに座りコントロールパネルをたたき出す。 パスワードとIDを入力しログにアクセスし始める。 物凄い情報量に圧倒されながら目を通す・・・・。 これか・・・・。 詳しい演算ログに目眩を覚えながら俺はあの日のことを調べ始める。 システム起動、制御不能、システム復帰。 この三つは書かれているが肝心な時空転移についての記録がない。 時空転移はしていないのか? デバッグ用のコードが何処かにあったはずだな。

端末をポケットから取り出し調べ出すと見つかったコードをキーボードにたたき込む。 あの『事故』の時だけ記録された日時と最終更新された時間がずれている。 誤字脱字の類はほとんどないから書き換える必要性は無い。 誰かが時空転移させたことを隠そうとしているのだ。 いやな予感とはこのことか。 こんなことになるなら話さなくて正解だった。 とんでもないことになっているのか・・・・まだ結論は出せないな。 再び膨大なログに目を通し始めた。 ・ ・ ・ ・ 〈Eihwaz地下駅〉 その日はずっと地下にこもりっぱなしで終わった。 地上に上がったころには月が頭上に浮かび窓から差し込んでいた。 黒く濡れたアスファルトを月が照らす。 悠久の月、か。

そんな言葉さえ俺らは操ろうとしているのか・・・・と思いながら俺は無人の研究所からホームに降りる。

ベンチにぽつんと座る香奈の姿が見える。 良く見るとこっくりこっくりと舟を漕ぐような動きをしている。 ようは寝ているのだ。 横に座るとこちらに寄りかかってきた。 柔らかい重みが体にかかる。 ずっとここにいたのだろうか。 気が付くと頭に手を伸ばそうとしていた。 【綾斗】「悪かったな・・・・香奈」

手が触れそうになった瞬間、香奈がゆっくりと目をひらき目が合ってしまい俺は慌てて手を引っ込めた。 我ながらかなり恥ずかしいことをやっていたかもしれない。 【香奈】「顔、赤いよ」 【綾斗】「いや、なんでもない・・・・」 【香奈】「それにしてもお兄ちゃんも大変だね・・・・」

香奈はまだ夢から完全に覚めていないのかどこかふわふわした口調で話しかけてくる。 まさか熱でもあるのか、と思ったがどうやらそうではないようだ。 どちらにせよこんな時間なのだ、疲れているのは間違いない。 【綾斗】「ああ、お前ほどじゃない。さっさと家に帰って寝よう」 【香奈】「うん・・・・」 小さく頷くと小さな寝息を立て始めてしまった。 よほど疲れているんだな・・・・。 ふと寝顔を見てみる。 まぁ、あいつが人気があると言うのも頷ける。 もし香奈が彼女ならば自慢でもしていたのだろうか・・・・はっ。 俺は何をぼけたことを考えているんだ、しっかりしろ。 自分の面を両手で叩くとビシッと乾いた音がホームに響いた。 【綾斗】「痛い」

情けない声を消すように電車がホームに入ってきた、香奈を背負うと俺は電車に乗り込んだ。 しばらく電車に揺られるとホームに降りる。 気がつけばここまで大きくなっていたんだな。

そんなことを想いながら月に照らされたアスファルトの上をゆっくりと歩いて行った。 ・ ・ ・ ・ 〈家 綾斗寝室〉 瞼を貫く白い光に目が覚めた。 外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。 目覚まし時計にセットした時間より30分ほど早く起きてしまったらしい。 早めに起きるのもありだろうが今はもう少し睡眠時間を稼ぎたい・・・・。 さて、どうするか。

1.しばらく寝る 2.さっさと起きる

1.しばらく寝る

もう少しだけ寝ていたい・・・・半ば子供じみた考えに少しだけ笑い再び瞼を閉じる。 動き出した思考がまた動きを止める。 ・・・・・・ ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・ 調子外れの曲が部屋に鳴り響く。 あまりの調子外れっぷりに目覚まし時計を殴り黙らせることにした。 電子音をランダムにしたのが不味かったようだ。 がしゃん。 何だか部品がばらける嫌な音がしたがそこは気にしないようにしよう。 かちゃと扉が開くと香奈が入ってきた。 扉が開いて入ってくるのは香奈しかいないか。 【綾斗】「おはよう」 【香奈】「おはよう、お兄ちゃん・・・・」 香奈の声が途切れる。 俺の顔からその向こうにある残骸を見ている。 【香奈】「目覚まし時計」 【綾斗】「すまん、破壊した」 【香奈】「・・・・・」 そうだよなぁ、迂闊なことをしてしまった・・・・。 そう、これは香奈がくれた目覚まし時計なのだ。 かなり大人気ないことをした、今更そう思ってもすべてが遅い。

1.新しいのを買うと言う 2.直すと言う

2.直すと言う(香奈フラグ1) 【綾斗】「・・・・いや、壊れているが直せる範囲だ」 【香奈】「・・・・」 【綾斗】「いや、その、だな」 言葉に詰まる、言い訳しようがない。 どうすれば良いんだ。 【香奈】「ううん、良いよ。壊れちゃったものは仕方ないから・・・・」 【綾斗】「絶対に直す。馬鹿なことしたのは俺だ」

そんな面で「良いよ」って言われて「はい、そうですか」と引き下がれるような人間ではない。 絶対に直す直してみせる・・・・。 しばらくして香奈が口を開く。 【香奈】「わかった、絶対だよ」 【綾斗】「ああ、誓うよ」 【香奈】「ご飯にしようか」 いつもの笑顔になって言ったその言葉に心が軽くなったような気がした。 【綾斗】「そうだな、そうしよう」 【香奈】「うん」 俺は・・・・香奈のことをどう思っているんだ? そんな疑問を頭の片隅に追いやり香奈について行く。

2.さっさと起きる たまにはこういうのもありだろう。 ベッドから起き上がると目覚まし時計のタイマーを止める。 リビングへ行くと香奈が朝飯の準備をしていた。 【香奈】「あ、おはよう。今日は早いんだね」 【綾斗】「まぁな。なぜか早く目が覚めた」

《共通》 【綾斗】「あー、俺も何か手伝おうか。前の当番はさぼったし」 【香奈】「じゃあ、そうしよっか」 こうするのは久しぶりだな・・・・・。 二人で作ってるなんて何カ月ぶりだろう。 近くにいるのに遠いってそういうことかもしれない。 小さなすれ違いが大きな精神的な距離を置く・・・・ 家族でそうなるのは辛いことだ。 とくにそれが唯一の家族だったのなら。 【香奈】「相変わらず料理作るのは上手だね」 【綾斗】「そう言ってないで早くお前もうまくなれよ」 【香奈】「・・・・」 【綾斗】「いや、訂正する。“もっと”うまくなれだ」 【香奈】「うん・・・」 少し顔を赤くしながら俯く。 最初からもっと上手くなれ、と言えば良かったな。 俺も俺で最初はかなり不器用だったっけ。 包丁を握れば指を切る。 火を使えば吹きこぼれるか火柱のどちらかだ。 それがなんとか人から上手と言われるぐらいの腕前にはなった。 香奈は俺を抜こうと頑張っているらしいがどうなるのやら。 【香奈】「あ、お兄ちゃん 危ないっ」 え、という言葉を口にする前に冷たい風が足下に吹き床に刺さる音がした。 恐る恐る足元を見てみる。 鈍い光を放つ包丁が一本、床に見事に刺さっている。 後、数ミリずれれば俺の足に見事クリティカルヒットしていたに違いない。 【綾斗】「朝から流血の大惨事は勘弁だな」 俺もこんなミスしなかったぞ。 こういうこともあるということでさらりと流してしまおう。 【香奈】「あ、ごめんっ!大丈夫!?」

【綾斗】「反応するまでのその間はなんだよ・・・・。まぁ、この通り大丈夫だから」 慎重な手つきで包丁を床から引き抜くと水でざーっと洗い流す香奈。 包丁は大丈夫のようで床には綺麗な直線の切れ込みが見える。 そのうち汚れで消えるだろうし気にしなくて良いか。 【香奈】「本当にゴメン」 【綾斗】「あー、だから気にするなよ」 【香奈】「ごめん」 横に並んでまた包丁で野菜を刻み始めた。 【綾斗】「そんな面で俺を見るなよ。このとおり無傷で大丈夫なんだからさ」 【香奈】「うん・・・・」 朝から心臓に悪いな、色んな意味で。 流血の大惨事は未遂に終わりできた料理を食卓に運ぶ。 そのまま二人だけで頂きます、と手を合わせて口に運ぶ。 【香奈】「足、なんともないよね?」 【綾斗】「お前、まだ心配してんのか?この通り大丈夫だし飯も食える」 足の怪我するのなら腹は関係ないが。 【香奈】「ごめん」 【綾斗】「謝りすぎだって。そんなこ言ってると飯が冷めるぞ」 【香奈】「うん」 沈みかけた香奈をすくい上げるように話題を変える。 俺が変えたいだけか、この空気を。 【綾斗】「そういやコントロール関係が良くなったな」 【香奈】「うん、明日歌たちと一緒にちょっと設定を変えたの」 【綾斗】「設定というとどの辺だ?」 【香奈】「えっとね」 俺があれこれ考えている間に香奈や椎名たちがいろいろとやっていたわけだ。 更新履歴は読まないと置いてけぼりにされるな、こりゃ。 【綾斗】「なるほど、AI群の連携を変えたのか」 【香奈】「そういうこと」 【綾斗】「やるなぁ・・・・外の分野にも応用が利きそうだ」 【香奈】「うん」 【綾斗】「よし、いつもの顔だな」 【香奈】「?」

【綾斗】「なんでもねぇよ。これで今日の起動実験もいくらか楽になるだろう」 少し温くなったコーヒーを静かに飲む。 別に少しさめたぐらいがなんだよ。 【綾斗】「なんか余裕があるって良いな」 【香奈】「いきなり何を言い出すかなぁ」 笑いを堪えるように香奈が言った。 【綾斗】「ん、いやなんとなくそう思っただけだ」 そう、余裕があれば、な。 そのとき俺はなんとなくここから先に起こることに気が付いていた・・・・。

〈研究室〉 【綾斗】「ふあぁ」 起動実験前なのに何をやっているんだ。 疲れているのは勝手だが迷惑はかけられねぇ・・・・。 【平居】「だるそうだな」 【綾斗】「ああ、ちょいとな」 ノートPCの横に転がっているディスクをちらっと見ながら答えた。 昨日見たデータを必要なところだけ抜き出しコピーした。

操作記録などばっちり記録されるシステムだがそんなもの黙らす方法はいくらでもある。 今のところ、所長から何も言われていないので問題は無い。 【平居】「しっかりしろよ、今日も起動実験やるんだから」 【綾斗】「わかってるって、心配するなよ」 【平居】「失敗すれば命なんて次元じゃすまないんだからさ」 【綾斗】「・・・・」 あの時の光景は中枢神経の奥深くまでしっかり焼きついている。 持てるものすべてで覚えている。 忘れることは絶対にない。 【平居】「どうした?」 【綾斗】「よっしゃ、そろそろ時間だしそろそろはじめるか」 気合を入れるように勢いよく立ち上がる。 【平居】「あいよ」 【椎名】「そろそろはじめるの?」 【香奈】「みたいだね」 【綾斗】「今日も成功させようぜ」 【平居】「おぅ」 俺らがそんなやりとりをしている間に空気があわただしくなってくる。 この緊張で張り詰めた空気が好きだ。 【椎名】「システムのチェックをはじめます」

椎名の声を合図に各員がチェックを始めキーボードの叩く音が部屋に満ちていく。 リンクは異常なし、か。 物理破損も無いしエラーによる信号損失も無いようだ。 【綾斗】「動いてくれよ・・・・」 【椎名】「全システム異常なし、システム起動開始」 グラフが生き物のように変化をしていく。 AIは人工知能だ。 もしかするとそれの感情が形になっているのかもしれない。 【椎名】「起動まで残り30秒」 一度、起動しただけあっていくらか余裕はあるらしい。 まわりの顔にはそんな色がある。 【香奈】「大丈夫だよね」 気が付くと不安そうな表情の香奈が俺のすぐ横にいた。

1.心配する(香奈フラグ2)

お前の持ち場に戻れよという台詞を飲み込んだ。 【綾斗】「大丈夫か?」 俺の問いに香奈は頷いて答えた。 本当に大丈夫なのか? かなり辛そうだが・・・・。 【綾斗】「無理するなよ」 【香奈】「うん・・・・」 起動プロセス99%終了か。 【綾斗】「・・・・来たな」 【椎名】「BYT正常に起動しました」 【綾斗】「良かったな、起動した」 それでも香奈は何処か不安そうだった。 【綾斗】「起動ログはどんな感じだ?」 【椎名】「ちゃんと取れてます。今は解析室の方へ転送中」 起動すれば嬉しいよなぁ。 まわりの喜んだ顔を見ながら思う。 椎名や他の連中と集まり今回の起動実験の振り返る。 【綾斗】「前回よりは信号喪失は減っているんだな」 平居はカーソルを指で動かしシステムの一部を指差した。 【平居】「ああ、それはお前だって案出しただろう?」 【綾斗】「そういえばそんなこともあったかもな」 【平居】「最近は忘れっぽくなったな、お前」 【綾斗】「まあ、疲れているだけさ。・・・関係ない話は置いて続きだ、続き」 【香奈】「わたしもやった部分だから少し心配だったんだ・・・」 そっか・・・だからあんな顔をしていたのか。 でもそこまで悩むことか? 確かに香奈は責任感強いと言えば強い方だが・・・ 今はBYTの方が優先だな。 制御系の安定性はしっかりしたものとなってきた。 一度、軌道にのればぐんぐん成果がでるものらしい。

【綾斗】「まぁ、制御系は問題なさそうだな。後数回繰り返してそれで大丈夫だったら・・・」 その場の全員の視線が俺に集中する。 【綾斗】「時空転移のテストに移ろう」 【香奈】「・・・」 【椎名】「ついにやるのですね」 【平居】「やるとはいっても後、二回か三回くらいは試しておきたい」 【研究員】「僕も平居君や時瀬君の意見に賛成するよ」 【研究員】「もう一度、データの洗い直しして見ますね」

そういって彼女は手際よくキーボードを叩き不要な情報を切り落として必要な情報だけ取り出していく。 【綾斗】「不安要素はこの辺、ということか?」

【研究員】「そうなりますね。この点に関してはすでに対策が見つかっています」

2.持ち場に戻れ 【香奈】「お兄ちゃん・・・・」 【綾斗】「どうした?持ち場に戻れよ」 グラフから目を離さずそんなことを言った。 しばらくの沈黙・・・。 香奈の顔を見てからしまったと思ったがもう遅かった。 【香奈】「・・・・」 【綾斗】「あ、香奈・・・」 そのまま香奈は自分の持ち場へと戻っていってしまった。 浮かびあがった腰をゆっくりとおろしため息をついた。

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