[[DAYS]] *『AD3145(2)』 [#y3ec3ac3] **フレンドリファイア [#mec85dde] ロックオンと同時、彼女は2つのミサイルを発射した。 至近で放ったミサイルはターゲットの中心に吸い込まれるように命中、赤い花を咲かせた。 飛び散った弾頭が雨となって彼女の機体に降り注ぎ、機体を揺らす。 「ごめんね、最期まで迷惑かけちゃって」 そういって彼女は目を閉じた。 もう1つのミサイルが機体ごと彼女を吹き飛ばした。 「こちら新見、推進器被弾!」 彼女は通信機に向かって叫んだ。 先ほどまで敵ーーUFSと呼ばれる生物群ーーを写していたレーダはブラックアウトしていた。 推進器どころかほかの動力系もやられたのかもしれない。 パイロットスーツの生命維持装置が生きてるのは救いだが、このまま助けが来なければ機体ごと真空に散るだけだ。 誰か、と思った時、声が返ってきた。 「まだ生きてるか!?」 男のはっきりとした声だ。 「生きてるよ、現在位置は」 「目視している。すぐ助けてやる」 「UFSは? 近接型が取りついてたはずだけど」 スピーカーから息を止める気配が伝わってきた。 「いや、レーダーには……ちぃっ!」 衝撃音。 おそらく、彼の機体に体当たりをしかけたか何かしているのだろう。 「必ず、助けに行く。だから、待ってろ!」 そういって通信が切れた。 私なんか助けなくていいから逃げて、と新見はコックピットの中で丸くなった。 次に新見が目を開けた時は医務室のベッドだった。 横に見知らぬ男が椅子に腰かけていた。 背もたれに寄りかかり、腕を組んでこちらを眺めている。 「だ、誰ですか」 「誰とは大層だなぁ。助けてやったのに」 気を悪くした様子もなく男は歯を見せて笑った。 声に聞き覚えがある。 「あ」 「思い出したか」 男がこちらに身を乗り出す。 「名前、聞いてなかった」 がくっと男が大げさにうなだれてから、椅子に座ったまま姿勢を正し、敬礼して、 「グングニルII防衛隊第2小隊所属 相葉庸一であります」 はっきりと大きな声で言った。 相葉のペースについていけず、新見は恐る恐る指摘した。 「あの、ここ病室」 「あんたと俺しかいないよ」 相葉は再び、歯を見せて笑った。 変わった人だが面白い、そう新見は思った。 そのあとも新見は相葉と交流を続けた。 部隊が違うこともありなかなか、話す機会はないが互いにオフの時は、二人とも弾けていた。 正確には相葉の弾けたところに新見が引っ張られた形だったが、真面目な新見にとっては新しい体験であり、何より一緒にいて心地よかった。 相葉はストレートに新見の言葉や行動に応じた。 喜怒哀楽をはっきりと表し、隠し事は一切しなかった。 そんな相葉に新見が惚れるまであっという間だった。 本人にとっても周囲にとっても予想外の展開ではあったが。 自分の気持ちに気づいた新見は数日の間、悩み抜いて、自分の気持ちを素直に伝えることにした。 断られたらどうしよう、断られた後どうなってしまうのだろう、といった不安と戦いつつ、 「付き合ってください」 「いいよ」 軽い返事が来て、しまった、と思う新見に相葉は、 「ありがとう」 言葉と一緒に新見を力いっぱい抱きしめた。 新見は居住区画の通路を歩いていた。 目的地は相葉の部屋だ。 今日はどんな話をしようか、と歩いていると床がわずかに揺れた。 最初は輸送船がドッキングしたのかと思った。 再び揺れる。 今度は最初の揺れより大きい。 嫌な予感がして、新見は通路を走る。 まるで脈打つかのように振動は規則正しく、そして大きくなる。 彼の部屋の前についた。 部屋のロックは解除されたままだ。 部屋にいる時は鍵かけてないよ、という彼の言葉を思い出しながら、新見は扉の開閉スイッチに触れた。 扉がスライドして部屋の中が見えなかった。 部屋の明かりをつけていないのではなく、部屋の中に黒い気体が立ちこめているからだ。 新見は部屋に一歩踏み入れて、 「!」 思わず足を引っ込めた。 焼けるように痛い。 まるで炎でやかれたようだ。 「……にい、み?」 途切れ途切れの相葉の声。 「どこ?」 「逃げろ。いいから、はやく」 言葉の最後の方はかすれている。 ぐ、とくぐもったが聞こえたと思った瞬間、獣の咆哮が聞こえた。 ずしんと身体の芯に響くような揺れ。 内臓まで揺さぶるような嫌な揺れだ。 彼ではない何かが部屋の中にいる、と新見は後ずさる。 金属のひしゃげる高い音とともにさらに強い揺れが起きた。 新見はバランスを崩して、倒れた。 次に風だ。 扉の向こうにある壁が破壊されたのだ。 通路の空気が真空に流れ込む。 新見の身体も流され、なかった。 部屋の減圧を検知した自動遮蔽システムが部屋の扉を閉じたのだ。 通路の照明が緊急事態を示す赤色に切り替わる。 新見は走った。 目的地は格納庫だ。 UFSはかつて人類が交戦したFSに似た性質を持つと言われている。 FSは人やアンドロイド、そのほかAIと同化することもできたとされる。 その能力までもUFSにあるとしたら? 彼がUFSと接触しているとしたら? もし、接触した原因が、彼に助けてもらった時だとしたら? 「止めなきゃ」 パイロットスーツに着替えて黒い矢じりの形をした機体に乗り込む。 本来、発進には許可が必要だがそれを無視する。 格納庫と宇宙を隔てる大型ゲートをあけるには許可がいる。 「新見、止まれ。何をやっている」 通信機から制止の声が聞こえた。 「行かせてください」 「出撃の意図が不明だ。それに状況が混乱していて危険だ」 「でもっ!」 「管制官、聞こえるか」 割り込んで来たのは船体の防衛システムのAIだ。 「外壁を破壊した存在から相葉庸一の信号を検出した。システムに疑似信号が流されている可能性がある。目視による確認を求める」 間があいた。 新見にはシステムが躊躇っているようにも思えて、 「船体の防衛を優先し、出撃許可を与える」 正面の第5番ゲートが開く。 HMDのレーダーには敵と味方が入り乱れて表示されていた。 乱戦状態の中心に相葉の信号を発する何かがいる。 新見はスロットを衝いた。 真空を切り裂くかのように機体が加速する。 機体のカメラが黒い巨人をとらえた。 身体は炎のごとく揺らめいている。 その巨人の心臓のあたりから相葉の信号が発信されているようだ。 しかし、各種センサーは信号以外に彼だというものをとらえていない。 どこにも彼はいなかった。 巨人が、こちらに気づいた。 構わず彼女は巨人の右側面を最大速度で通過する。 そのまま、大きく円を描いて、再度、接近。 HMDにロックオンの表示、トリガーを――弾けなかった。 身体の奥がずきんと痛んだ。 内側を喰われていると新見は痛みに喘いだ。 機体のコンピュータがパイロットは操縦不能だと判断して、オートパイロットに切り替わった。 巨人の攻撃をかわし、機体が安全圏まで退避しようとする。 痛みに歯を食いしばり、涙を浮かべて、それでも、新見は操縦桿に手を伸ばし、握った。 「私が、止めなきゃ」 機体を黒の巨人に向ける。 巨人が拳を作り、新見に向かって放つ。 拳の軌道から上にそれつつ、短距離ミサイルを発射。 右の拳から肘までが消し飛ぶ。 相手の背中に回り込むとスラスターを吹かして小半径でターン。 左腕にミサイルを発射、命中。 ヒットアンドアウェイを繰り返す。 巨人の動きが鈍くなる。 新見は巨人と正面と向き合った。 レティクルを中心に定めるとロックオンがはじまった。 『撃てよ』 彼の声が聞こえ、ロックオンが完了した。 ごめんね、の声と共にミサイルを発射した。 ひとつは彼、もう一つは自分に――。