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[[DAYS]]

* 『ゴーイングダウン・ブラック・アウト』 [#b460ab93]
ブラック・アウトの後ろをとっても油断するな。
いつからか誰かが言い始めた言葉だ。
あの黒い機竜は水平飛行のまま、独楽よろしく回転して、後ろを向くのだ。
後ろをとったつもりが、正面から撃たれ、返り討ちにあうことすらある。
一瞬の油断が命取りなのだった。
だから、フレア1はシールドの使用回数を消費した。
ブラック・アウトの放った短距離ミサイルはエーテルによって、作り出された力の壁に阻まれてひしゃげ、燃え上がった。
熱も風も破片もフレア1の真紅の機体に触れることはない。
フレア1は爆発の煙を突き破って、突進を開始。
煙を抜けて広がる視界には方向を転換しつつあるブラック・アウトが飛び込んできた。
逃すものか、とフレア1は主機関のリミッターを解除。
コックピット内の慣性制御を超える加速にフレア1のパイロットの体がシートに押し付けられる。
彼我距離が一気に縮まっていく。
ブラック・アウトの機体、右側面が見える。
コックピットとバイザー越しに目が合ったような気が、した。
そのコックピットに向けて主武装の長槍を向け、射出トリガーを引いた。
槍が根元から切り離され、モーターが点火。
0.1秒で音速を突破したそれは、ブラック・アウトの持つバリアを容易く貫通し、機体の構造体を破壊した。
黒の機体がくの字に折れ曲がり、爆発し、残骸が空にぶちまけられる。
HUDにはゲームシステムによる撃墜判定、機竜と人間をそれぞれ一つずつ。
命中した槍も拉げ、下に下に落ちていく。
『フレア1があのブラック・アウトをやったぞ!!』
フレア3が叫び、フレア1の意識が現実に引き戻される。
「……ああ」
気のない返事をすると、無線から声はしないが、何か言いたそうな気配がした。
恐らく、何でこいつは喜んでいないのか、と考えているのだろう。
『敵が引いていくぞ』
『各機、深追いはするな』
あのブラック・アウトがそう落とされるわけがない。
元々、機竜というのは遠距離戦を得意としているのだ。
中距離は良いが、近距離は苦手な距離なのだ。
よって、通常の対機竜戦は遠距離武器を中心とした撃ち合いであり、今回のような近距離戦闘はあり得ない。
確かにブラック・アウトを破壊した。
これは否定しようのない事実だ。
自分の実力が彼らに勝った、それだけだ、と考えるのも良いのかも知れないが……。
何処か後味の悪さを覚えながらフレア1は他の敵機竜の攻撃に移る。


さっきまで目の前には空が広がっていたのが、一瞬にして切り替わり見慣れた部屋の風景に切り替わった。
居心地の良い夢から急に覚めてしまった感覚に似ている。
初の被撃墜だ。
そして、ブラック・アウトは完全に破壊されたため、復活はできない。
完全破壊された場合、復活できないルールなのは知っていたので、あわせて自分のキャラクターも削除した。
これも作戦の内だと言い聞かせるが感情は納得できなかったようだ。
ふと、気配を感じて振り返ると、エリスが立っていた。
「大丈夫か?」
「問題は無い」
「そうか」
そう言ってエリスはコーヒーを差し出した。
一騎はこぼさないよう受け取って、
「ありがとう」
「心理的負荷が強かったと推測する」
「お見通しか」
苦笑いをしながら一騎はコーヒーを静かに飲んだ。
コーヒーカップを両の手で持ちながら、一騎はエリスに尋ねる。
「そんなに疲れているように見えるか?」
「そうは見えない。推測しただけだ」
どうやら、顔には出ていないようだ。
心理的負荷が高かったのはその通りだ、と一騎は肩の力を抜いた。
一緒にいれば推測があたるようになってくるのだろう。
「機体の準備は完了している」
「機体の準備は、か」
「一騎の準備ができていない」
ふぅむ、と唸ってから一騎はコーヒーをゆっくりと飲む。
「時間に余裕はある。急ぐ必要はない」
準備というのは心の準備のことだ。
一騎の。
エリスが動揺することは無い。
空になったカップをコースターにおいて、一呼吸。
「準備完了だ。行こう」
ログイン、キャラクター「田辺」選択。
名前は同じだが種族は自動人形だ。
高機動戦闘に耐えられる高い強度を持つ人工の身体。
室内の光景を透過していたHMDがゲーム内の光景を映し出す。
目の前に広がるのは新しいブラック・アウトのコックピットだ。
外見は旧ブラック・アウトより小さくなり、重量も軽くなったが推進力は同等と機動性と航続距離がずっと、伸びた。
計器類は大きく変化し、1つの大きなディスプレイに統合されていた。
一番の違いは操縦系だ。
従来の操縦桿やサイドスティックだけではなく、ヘルメットに搭載されているセンサーがパイロットの思考を読み取り、機体がそれに従う。
田辺はこの機体のためにキャラクターを削除し、作り直した。
新しいブラック・アウトには新しい自分が必要なのだと。
身体をシートに沈めて、外を見上げると黒い鱗が広がっている。
増速用のブースターを搭載したブラック・アウトを高々度まで竜で牽引する作戦だ。
『聞こえるか』
問いかけてきたのはエリスの声ではない。
『聞こえる。良好だ』
『私が協力する理由を知っているか?』
声の主は上の竜に違いない。
原理はわからないがこちらに直接語りかけているのだろう。
『悪いが知らない』
『話していないのだから、知っている方が恐ろしい』
気分を害したわけでもなく、竜は落ち着いた声で話を続ける。
『エリスは我々の同胞だ。同胞のために協力している』
わかった、と返事しようとする田辺を遮り、
『同胞は貴殿もだ。田辺 一騎』
本名で呼ばれても田辺は驚かなかった。
現実世界においての同胞という意味なのだろう。
ゲーム内に限られているものではない。
竜はその特性上、人間がプレイするのは難しい為、アンドロイドや電子生命がプレイする種族だ。
この竜も人間ではないと田辺は考えたが、詮索はせずに短く答えた。
『感謝する』
『ブースター使用可能高度到達。ハル、協力に感謝する』
『仮想カタパルト展開。進路上に障害物無し』
肉眼でカタパルトは見えない。
が、エーテルが直線上に流れカタパルトを構築している。
『射出はこちらで行う。準備はできたか?』
竜の問いに田辺とエリスは同時に答えた。
『当然だ』


前:『仮想の朝焼けに』
後:『ReSTARTER』