DAYS

第一章 覚醒 -First Boot-

ここは何処だろう。
いつも私はここに漂っていた。
実体の無い
想像だけの世界
人の魂だけの世界とはこんな感じなのだろうか。
でもここは……私は違う。
何故ならこうやってヒトと話せるから。

『もうすぐで器ができる。そうすれば君はこちら側に来ることができる』

私があなたのいるところに……?

『そうだよ。その世界に居続けることはできない。早くしないと君の存在は消えてしまうんだ』

消える……死んでしまうの?

『厳密には"死"でなはいね……消えてしまうんだ。詳しいことはこちらに来たら話そう』

何故笑っているの?

『笑っている……あ、にやけてるな』

私が消えるのが嬉しい?

『まさか、君にもうすぐ会えることが嬉しいのさ』

もうすぐ……?

『そう、もうすぐだ……』

声がふと消えてしまう。
そうするとここは沈黙に閉ざされる。
あれ……なんか瞼が重たくなって来た。
言葉だけの存在が身体を伴い実在するものに変化していくのがわかる。
これが眠いという気持ちなんだ……。
わからない何かが身体を縛るように生まれ引きずり込む。



身体がとても重い。
瞼を開くと焦点が合っていないのかぼやけてみえる。
しばらくすると身体の作りがどいうものなのかわかってきた。
右手を動かし自分の顔まで持って来て指を一本一本動かしてみる。
白い指が滑らかに動いた。
広げた指の向こうに白衣を着たヒトが立っている。
「おはよう、アルギズ。調子はどうだい」
「あるぎず?」
「君の名前だよ。ルーン、意味は"保護"……僕らや自分自身を守れるようにと願ってつけたんだ」
その声には聞き覚えがある。
そう、あの場所で聞いた声だ。
「……誰なの?」
「君には尋ねられてばかりだね。深瀬 蒼、君の教育係だ」
「教育係?」
「まぁ、知らないことが多いだろう。それを教えるための係さ」
体を起こして足を床に下ろす。
ふらふらしながら立ち上がろうとしたけどバランスを崩してしまった。
床にぶつかると思って目を閉じた。
でも、いつまで経っても衝撃も鈍い音もなかった。
伝わって来るのはヒトの温もりだけ。
「歩き方もわからないアンドロイドなんて初めて見たよ」
アンドロイド……?」
ヒトには見えなくてアンドロイドには見えるもの。
優しそうに微笑んでいる深瀬さんのまわりにある数値はセンサーの情報だ。
「本当に何も知らないんだね」
「すみません……」
「謝ることはないよ。何もしゃべれない人間の赤ん坊よりマシさ……とりあえず」
深瀬さんが顔を赤くなり、センサーが体温の上昇と心拍数の増加を告げる。
「とりあえず?」
「その……服を着ることから始めようか」
自分の体を見ると何も着ていなかった。



「深瀬さん」
「ん」
深瀬さんの背中が返事をした。
その向こうには何か熱を発するものがある。
武器ではないようだから……料理をしているのだろうか。
「訓練が終わったので私は部屋に戻らないと」
「別にすることがないんだろう。少しはゆっくりしていってくれよ」
「はぁ……わかりました」
――――恒星間移民船グングニル
核融合炉を搭載した全長100kmの大型宇宙船、搭乗員は12880人、アンドロイド5000体。
司令区画、居住区画、研究区画、工業区画、機関区画にわかれていて、船体を回転させることにより重力を発生させている。
そのため、地球と同じ生活が行える。
コアシャフトと呼ばれる中心部は回転していない無重力の区画で物資の輸送などに使われる。
この場所について私が知っていることはこれくらい。
研究区画にあるMotherAIAIの人格を作り出すAIでその人格データはアンドロイドに移植される。
そうやって私も作られた。
ただ、この身体にはほかのアンドロイドと違う構造のようだけど……。
目的は移民先の惑星に生息するフリースタイルと呼ばれる生物の殲滅だ。
だから、武器の扱いや身のこなし方の訓練をやっている。
訓練の時間が終わると部屋に戻りホルダーといわれる装置の中で、メンテナンスを受け次の訓練に備える。
そんな予定なのに深瀬さんは何を考えているのだろう。
「君は食事ができるそうじゃないか」
「その訓練をこれからやるんですか?」
次の瞬間、深瀬さんはお腹を抱えて笑い出した。
どうして笑っているのかわからず、しばらく深瀬さんを眺めていた。
しばらくしてから、彼はむせながら私の顔を見た。
なぜか、その目にはうっすら涙がたまっている。
「どこか痛いんですか?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
再び笑いそうになるのをこらえるように続ける。
「僕はただ、君と普通に食事しながら話をしたかったんだよ」
「話、ですか」
深瀬さんが皿を手際よく二人分並べる。
火が消えているところを見ると調理は終わったらしい。
「僕への不満でも構わないし何か話せたらなって」
「不満……すぐに疲れること」
「あいたた、それは痛いところを突かれた」
笑みが苦みを含んだものに変わる。
「でも、ヒトとアンドロイドだと耐久性に違いがありますから」
「フォローありがとう。……これで準備良しっと」
深瀬さんに促されるまま席につき料理の並ぶ食卓を眺めた。
「深瀬さんの料理って荒っぽいんですね」
「あまり手先が器用じゃ無いからへたなんだ」
「そういうものなんですか?」
「そういうことにしておきたいね。さて、冷めないうちに食べてしまおうか」
深瀬さんが両手を合わせいただきますと言ったのを真似た。
二つの短い棒を器用に扱い料理を口に運んでいる。
同じように真似ようとしてもうまくいかない。
「お箸は難しかったかな。これはね……」
どうやら、この棒はお箸というらしい。
いつの間にか深瀬さんが隣りにいた。
丁寧にお箸の使い方を教えてくれたのでなんとか扱えるようになった。
「飲み込みが早いねぇ。僕なんか親にみっちりたたき込まれたけどなかなか覚えられなかったよ」
「親……?」
少し考えるしぐさを見せた後、ゆっくりとした口調で深瀬さんは言った。
「君の場合はラボにあるMAIが母親で、身体を作った博士たちが父親になるんだろうね」
「……深瀬さんはどうなるの?」
「僕は……」
腕を組んで少しだけ考えていたようだった。
どんな答えが返って来るだろうと期待して待っていると照れ笑いを浮かべて深瀬さんは口を開いた。
「育ての親、かな」
「お父さん?」
「その呼び方はやめてくれよ。今まで通り深瀬さんか、蒼って呼んでくれた方がまだ良い」
「これからは蒼って呼ばせてもらいます」
「それもちょっと恥ずかしいけど……ま、いっか」
その日は日付が変わるまで蒼と一緒に話をして過ごした。
話した時間だけがはっきりと思い出すことができたけど訓練中のことはよく思い出せなかった。
武器の扱い方や訓練した内容は覚えていてもどんな話をしたのかが思い出せないことに気が付いた。
記憶領域が破損しているのだろうと思いスキャンしたものの異常は見つからなかった。



機械の部品やケーブルが露出し、発展途中の機械であることを主張しているようだ。
この船の心臓部と言える核融合炉の制御に必要なものなのだろう。
機関区画は無重力のため、床や壁に少し触れるだけで前に進むことができる。
人工重力のあるほかの区画では味わえないのでちょっと新鮮で楽しい。
「ちょっと嬢ちゃん」
そんな声が聞こえたけど人違いだろうと思って聞き流した。
「だからちょっと嬢ちゃん」
また、声がした。
まさかと思い辺りを見回すと女の人(?)は自分ぐらいしかいなかった。
機関区画はメカニックの人が多い区画でこの船のエンジンである核融合ロケットエンジンのある区画だ。
女性の技術者もいるはずだけど、なぜか男性しかいない。
「別になんかするわけじゃないんだ。そんな怖い顔で見ないでくれよ」
妙に馴れ馴れしい言葉遣いではあるけど、別に不快というわけではない。
何を言いたいのだろう、次の言葉を待った。
「こんなものがあるんだけど……どうよ?」
引っ張り出してきたのは重そうな機関銃だ。
「ミニガン……ですか」
「秒100発だったら下の連中にも効くだろうよ、どうだい」
「買え……と」
「そうは言わない。持ってけ」
「良いんですか。だいぶ高価な武器ですよ」
「自分らの命がかかっているって思えば安いもんさ。前に出たら俺らは足手まといだからな」
「でも下に降りて戦うのは私の仕事です」
そんな感謝されるようなことじゃない。
それぞれ与えられた仕事をこなしているだけだ。
私だって突然、機関区画での仕事を与えられたら足手まといになってしまう。
「気に入った。あんたみたいな奴、そうそういないぜ」
ハンドルが取り付けられ持ちやすいよう改造されていたので、渡されたミニガンは普通に持つことができた。
ふわふわと漂いながら状態を確かめると手入れもちゃんとしているし、悪くないものだとわかった。
軽く構え照準を合わせる……試し撃ちもせずに判断するのは良くないが、悪い品ではなさそうだ。。
「様になっているなぁ。頑張れよ」
「はい、あなたも頑張ってくださいね」
「そうそう、これはおまけだ。持ってけ」
AIと同調して遠隔操作可能な推進装置だ。
「これと連結させれば遠隔操作で攻撃できる。便利なもんだろう?」
うまく扱えばもう一つの手のようになるものだけど私に使いこなせるだろうか。
礼をして歩きだす私をしばらく眺めてからその人は床を蹴ってどこかへ消えた。
散歩のつもりで来たのにまさかこんなものがもらえるとは思っていなかった。
無痛ガンまで言われるこの機関銃。
直撃した場合、痛みを感じる前に死んでしまうからそう言われるらしい。
対フリースタイル戦においても、十分に使える武器だろう。
後から蒼から聞いた話だけどこの船には武器工が乗り込んでいて、自分の作った武器をはじめて降りるアンドロイドに渡すそうだ。
使ってもらってこそ武器だという信念の下にあれこれ作っているらしく、評判はとてもよい。
どうやらとんでもないものを受け取ってしまったようだ。



50立方メートルくらいの空間に私たちは閉じ込められていた。
目の前には開始を告げるためのホロディスプレイがひとつだけ点灯している。
「模擬戦とは言えアンドロイドと戦うのはやっぱり怖いね」
模擬戦用の剣を構えて蒼は言った。
声は震えていないし、体も緊張していない。
怖いというのは口だけらしい。
あまり見ない蒼のボディアーマーは黒と青を使った派手な色使い。
黒と灰色のボディアーマーに身を包んだ私の手にも模擬戦弾の装填されたグロック34が握られていた。
「能力的に見て圧倒的に蒼が不利です」
空中に映るホロディスプレイがカウントダウンをはじめた。
銃を握る手に少し力が入る。
3……。
「それはどうかな。これでも剣術には自信があるんだ」
蒼が不敵に笑った気がした。
2……。
「そうですか……よろしくお願いします」
互いに軽く頭を下げ礼をした。
「こちらこそ」
1……。
遮っていたディスプレイが消えると同時に蒼も姿を消した。
影が足元に映り込んだので一歩後ろに下がるとさっきまでいたところに剣が刺さった。
「さすがはアルギズ。これくらいは避けるか」
口の代わりに銃声で返事をする。
模擬戦用といっても直撃すれば痛いだろうけど、手加減をするつもりは無い。
「反応も精度も悪くは無いね」
耳元で蒼の声がした。
咄嗟に左にステップし剣を交わすけど、足が滑り体のバランスが崩れる。
手を突きすぐに蒼に銃口を向ける。
引き金を絞るのと同時に軽い衝撃と共に手から離れた。
拾おうと手を伸ばすと銃は蹴飛ばされ乾いた音を発しながら遠くに。
そして首筋にすっと剣の刃をあてられ……
『終了です。深瀬さん、アルギズさん、お疲れさまでした』
スピーカー特有の少し曇った声がして張り詰めていた空気が緩んだ。
「ふぅ……諦めるのがちょっとはやくないかい」
剣を鞘におさめて蒼は言った。
「……すみません」
差し延ばされた手を握り身体を起こしてもらった。
「本気で戦ったら負けていただろうけどさ」
「私、手加減なんてしてません」
「一瞬でも迷っただろう、模擬戦用でも苦痛を与えてしまうって」
そう、私は迷った。
「敵が人間だったら迷うかもね。でも、君の相手は人間ではない。迷うことは無いよ」
「それもそうですね」
「容赦したところで、相手はそうもしてくれないさ」地上から送られて来た映像を思い出し私は頷いた。
それからしばらくして私は地獄に降りた。



地表の気温は100度近い。
大気は主に二酸化炭素とメタンで構成されているこの星に普通の生命は存在を許されない。
でもここには私達の概念を越える生物がいる。
それらを研究区画にあるラボでは"フリースタイル"と総称している。
三種類のフリースタイルが確認されていて不定型、射撃戦型、接近戦型とわけられていた。
空を一筋の光が駆け抜け後ろで爆発する、射撃戦型の砲撃だ。
黒い真球状の形をしていて表面でエネルギーを発生、収束、加速させ攻撃してくる。
あの砲撃が直撃すれば私たちでも耐えられない。
精度は低いけど爆風や衝撃が恐ろしい。
「ERは2時方向にいる"砲台"を破壊してくれ」
仲間からの要請だ。
指示AIは作戦部の管轄だけど、いまいち頼りにならない。
あくまで従ったふりをするだけで、実際は仲間からの情報を頼りにしていた。
うつ伏せになりPSG1のスコープを覗き込む。
同じように姿勢を低くした仲間と共に禍々しいほど黒い体を捉え、トリガーを引いた。
7.62mmEN弾が命中し高硬度の装甲が紙のように引き裂かれ形が崩れて行った。
センサーが警告を上げ、私達は衝撃に備える。
射撃戦型のエネルギーがすべて解放され閃光と衝撃波、熱と爆音が襲ってきた。
資料によると以前、地表に自走式砲撃車を降ろしたことがある。
それから射撃戦型が現れたらしい。
気になることは地表に降りたばかりのころは人を襲うことは無かったということ。
先に攻撃したのはこちららしい。
敵意を持つ存在に対し身を守るために攻撃しているのではないか。
戦いながら私はそんな結論にたどり着いていた。
「ERはEユニット本隊と合流してポイントF4へ向かえ」
「了解」
ヘルメットに内蔵されたスピーカーからする無機的な合成音声に適当な返事をして、私たちは赤茶けた大地を駆ける。
地上に降りれば本来の役割を果たすだけ、私の存在理由はそれだけのはずなのに迷っていた。
これが終わったら私はどうなってしまうんだろう?
地面から現れた巨大なアメーバのような接近戦型に思考を中断される。
すかさず仲間に自分ひとりで戦えると告げて、ほかの仲間の応援に向かうよう言った。
戦闘中に余計なことを考えていたから気がつかなかったのだ、と自分を叱責し、EN弾を至近でたたき込む。
が、炸裂することなく接近戦型は触手を伸ばし、PSG1の銃身に絡みついた。
そのまま、PSG1を手放しサイドアームの短剣に持ち替え、フリースタイルの本体に刃を付きたてる。
柄に力を込め、一気に切り降ろす。
橙色の体液が雨のように降り注ぎ、ボディアーマーを染め上げた。
形は不定でもダメージを与えることができる構造に感謝した。
巨体が崩れ落ちると鈍い揺れと砂ぼこりで少し視界が悪くなった。
煙が晴れると不気味な半透明の体の中に腕のようなものが目に入った。
近づいて剣で切り裂くと再び体液が吹き出したけど、構わずその腕をつかみ引きずり出した。
……アンドロイドだ。
AIのある頭部は触手が貫いていてアンドロイドは完全に死んでいた。
触手がAIを浸蝕し回路の一部と融合している。
あまりの酷さに言葉を失いかけたまま、すぐに映像をラボに転送した。
『これは一体、どういうことなのだろう』
『File No.281に同様の記述がある』
会話を聞いた限りだと似たような報告が数件あるようだ。
TFS担当の深瀬です。TFS(Terra Forming System)と防御機構の設置完了しました。アンドロイド諸君お疲れさま」
宇宙服に身を包んだ蒼の顔が通信画面に現れた。
バイザーの奥にある顔が一瞬だけ微笑むと通信は切れた。
地上に降りてテラフォーミングに使われる装置の設置するのが彼の本当の仕事だった。
指定された場所にある輸送機に乗り込み狭い機内を見渡した。
降りて来た時の7割くらいしか乗っていない。
嫌な沈黙があたりに充満している。
それは神経ガスのように私の体を蝕んでいる、そんな気がした。
どうしてこんな用途に使われるのに感情があるんだろう?
ただ、苦しむだけなら感情を排除すれば良い。
戦うことに迷いも無く敵を恐れない、指示に背くことも無い。
ヒトの考えることはよく分からない。
今さっきまで戦場だった大地を見下ろしため息をついた。
細かい砂で赤っぽい空はかすかに紫に色が変わり始めている。
テラフォーミングが始まったらしい。
フリースタイルは酸素に耐えられず死んでしまうそうだ。
大気中の成分を変化させるために散布したナノマシンの作用で突然変異体の出現すら抑えることができるらしい。
そこまでできるヒトがこのような偏狭の惑星まで行くのかわからない。
母船に戻ると浄化室で汚れを落とされ滅菌処理を受ける。
そしてホルダーでメンテナンスされて地獄のような世界に降りる。
戦場と母船を往復する日々が続いていた。
仲間と呼べる存在は時間が経つにつれ入れ替わって行った。
今日、名前を呼び合った者が次の日には何も言わないただの人形に変わる。
その中で私は傷つくことも無く存在し引き金を引いていた。
"心"の傷は確実に増えていったけど……。