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* [[市街戦]] [#x0de9238]

暗い通路の中に男女の声が木霊している。
足元を照らすのはエプシロンの杖が放つ光だ。
左を見れば闇を溶かし込んだような水が流れていた。
「初期GM直属の治安維持ユニットのメンバーにだったとはね」
エプシロンが肩をすくめて言う。
「どういうわけか、戦闘用アンドロイドだけが集まってるって言うあれだろ」
「なぜ、そうなったのか気になるところだ」
カルポとメティスはどうしてそうなったのかわからないだろう。
エプシロンは薄々気がついているとしても、事実を知っているのはオフィーリアだけだった。
「お察しください」
「察せないから訊いているんだけどね」
壁の一番高い汚れを確認しながらエプシロンは、
「この先に武器庫が本当にあるのかい」
「はい。もうすぐですよ」
「街の下にこんなのがあるとはな」
「フィールドデータのメンテナンス用に設けられた通路なんです。知っている人や入れる人は少ないですよ」
急にオフィーリアは歩みを止めて近くの壁に寄った。
壁にそっと手を触れるとパネルのラインに沿って光が走り、複数のパネルが動き出した。
パネルの複雑な動きが止まると目の前には、大きな暗闇が口をあけている。
その光景に呆然とするエプシロンたちを置いて、オフィーリアはその中へと足を踏み入れていった。
暗闇の中に三人が立ち尽くしていると床が青白い光を放ち、あたりがぼんやりと浮かび上がった。
正面にオフィーリアの背中が見える。
「私たちに入った形跡は無いようですね」
振り返った彼女の顔は何処か嬉しそうだった。
「何処に武器があるんだ?」
きょろきょろと見回してカルポが尋ねた。
壁に取り付けられている縦2m、横80cm程度の箱を指差して、
「このボックスの中に格納されてますよ」
「プロテクターがあるなら使いたいんだが……」
「手のプロテクターなら右から二番目のボックスに入ってます」
言われた通りにカルポはボックスの前に立った。
すると何もしていないのにボックスのロックは解除され、その内側をカルポに見せた。
中空に二つのプロテクターが浮かんでいる。
ほかには何も無い。
「これ、使って良いのか?」
「右側のアイテムの扱いは通常のダンジョンのアイテムと同じ扱いですよ」
「じゃあ、左側はどうなっているんだい?」
問うたのはエプシロンだ。
彼女(正しくは彼)の手には新しい杖が握られている。
銀色の金属が幾重の螺旋を描いている独特の形状の杖だ。
ボックスに描かれているエンブレムを頼りに見つけ出したらしい。
「左側はアンドロイド用の武器です。まだ、使用者はいますから」
最後の言葉にエプシロンは細い眉をひそめ、
「ごめん。悪いことを訊いた」
「気にしなくて良いですよ」
言葉を続けながらオフィーリアは左側のボックスの列に近づいていく。
真ん中のボックスの前で立ち止まり、
「気にするならここへは来ませんしね」
終わりと同時にボックスが開き、鈍く黒い光を放つ銃身が姿を現した。
その銃の横には鋭く白い光を返す剣が一本。
オフィーリアは慣れた手つきで剣を鞘に収め、ベルトの左側に固定し、ライフルを圧縮空間に格納。
深く息を吐き出し、3人に振り向いた。
「メティスさんは良いんですか?」
エプシロンは杖の特性に気がついているようだし、カルポはプロテクターの装着具合を確認している。
が、メティスは何も持っていない。
背にある大剣も変わってはいなかった。
「愛着があるからな。これには」
「そうですか……。手入れもここでできますよ」
「手入れ、か。たまには汚れを取るのも良いかもしれないな」
片手でひょいと大剣を引き抜いて青白い光にその刃先を晒した。
大剣と身体が一体になっているようだとオフィーリアは感嘆の息をついて、壁にある操作卓から武装調整槽を呼び出した。
部屋の中央に光の粒があふれ始め、粒が台を形成し出す。
「二人も調整が必要なら、これでできますよ」
オフィーリアが簡単に使い方を説明すると三人は各々の武器を台の中央にある槽に沈めて、近くの操作卓で調整を始めた。
それを見届けてオフィーリアは別れの挨拶を告げてログアウトした。

 「ちょっと、ずるかったでしょうか」
と反省して身体を動かそうとしたが、あることに気がついてやめた。
ひざの上に何かのぬくもりがある。
猫だ。
何処から入ってきたのかわからないが、いつの間にかひざの上で眠ってしまったようだ。
短時間とはいえ、久しぶりの仮想情報空間戦は疲れてしまう。
疲れを意識すると急な眠気にオフィーリアは襲われた。
たまにはこうやって眠ってしまうのも良いだろう、と彼女はまどろみに身を任せた。
その様子を薄目で見ていた猫は、眠たそうにあくびをしてから、再び彼女のひざの上で身を丸めた。
ん、と短い声をあげ伸びをする。
どれくらい寝ていたのだろうか、と時計を見ると30分ほどしか経っていなかった。
まさか、12時間寝たと言う落ちは無いだろうか、と再び確認するがそれはないようだ。
ひざの上の猫はまだ丸くなって眠っている。
起こさないように気をつかいながら、再び仮想情報空間に接続した。
今度は遊びではなく、仕事のためだった。
メールボックスを確認すると何通かメールが来ている。
そのうちの一つはイクサイスシステムに関するもので、システムの更新には7日から10日ほどかかるという内容だ。
ずっと送り続けたレポートを反映することを考えると異例の短さだ、と思った。
ドライバの改良案をまとめあげて、チームに送ったところで、エプシロンからメールが来た。
「敵襲だ。連中、あちこちのユニットの拠点を落とそうとしてる」
仕事もきりのいいところだから、と言い訳をして彼女は再び、仮想の大地へと向かった。

 巨大なブレードがぶつかり合いその身を削り音を奏でる。
「お前ら人形はおとなしくしてりゃいいんだよっ」
「自我があるものを人形っていいのかっ」
叫びに叫びで返し、アンドロイドの男は考える。
このようなやり方をしてまで相手はアンドロイドを潰したいらしい。
いくらゲームとはいえ、アンフェア過ぎるのではないか。
相手の叫びは続く、
「人間に勝てないただの木偶人形がよおっ」
手加減不要、と男は考えて全リミッターを解放した。
背部のスラスターの勢いが増し、相手のブレードを押しきる。
相手は驚愕の表情を浮かべ、
「アーマード・ドール……ッ」
「今さら後悔したところで遅い。それに俺らの答えは―――」
男の声を補うようにノイズに塗れた声が、あちこちのスピーカーから流れ始めた。
「我々の答えは半世紀以上前に出ている。能力が少しだけ違う、彼ら彼女らと生きていこうと決めたのは」
「少しだけ?何処か少しだけなんだ……!?」
説明する例は何か無いだろうか、と男は思いつつ斬撃を続ける。
「台詞考えるのが面倒になったな。つーか、期限ぐらい守れよ。せっかちな連中が」
落ち着いた声が消え、地の声がスピーカーから流れ出した。
微かに頭をかく音とため息が聞こえ、
「ぶっちゃけ、誰がどちらにつこうが、俺は構わない」
それでこそ我らがユニット「サン」のリーダーであり、レギオン「ソーラー」のリーダーだ。
そのぶっちゃけ具合に快さを覚えながら、苦笑する相手の剣を跳ね飛ばす。
「ただ、俺らの答えは半世紀以上昔のあの星で出ているんだ。今でもその場に居合わせたアンドロイドがいるんじゃないかね」
懐かしい話だと思って聞いている奴がほかにどれぐらいいるんだろうな、と考えた。
その間も鍔迫り合いは止まらない。

さきのログインから現実時間で4時間、the 4th world内で16時間経っている。
夕焼けの街を警戒しながらオフィーリアは飛翔していた。
あちこちから煙が上がり銃声や剣のぶつかり合う音、爆発音や悲鳴が聞こえる。
その音を上書きするようにレギオンリーダーの言葉は続く。
「俺は彼ら彼女たちアンドロイドを機械としてではなくて、命あるものとして接したいと思う。それを力でねじ伏せようというのなら、力で応じよう。いや、もうしているわけか」
スピーカー越しの声に銃声が混じる。
「これを聞いてどっちに付こうか悩んでる奴や離脱を考えている奴もいるだろうな」
それは出るだろう、とオフィーリアは思う。
「どっちに付くかどうかの問題じゃない。アンドロイドをどう思うかの問題だ。答えを出したきゃオマエの傍にいるアンドロイドを見ろ。いなきゃその顔を思い出せ」
一拍をおいて
「恐らく、その時に思ったことが答えだろうよ」
電気的なノイズを発てスピーカーは沈黙した。
自分の知っている人たちは自分を見てどう思っただろう、と考えてオフィーリアは頭を横に振った。
あまりにも自意識過剰な問いだと思ったからだ。
建物の中やわき道から攻撃してくる敵に応戦しながら大通りを加速する。
先のメールを受け取ってから時間が経ったが、彼らは大丈夫だろうか。
そう思ったときだった。
横道から突如土煙が吹き上げ少女が滑ってきたのは。
瞬間、目と目があい少女が叫んだ。
「そのまま右手にぶちかましてくれっ」
叫びの終わりと同時にオフィーリアは動力系のリミッターを解除し、砲撃態勢に入った。
そして、ビルの谷間のような交差点に進入すると同時に解放した。
放たれたエネルギーは白い光の奔流となって、ビルの間を流れ敵を押し流す。
光が流れた後には何も残らない。
「助かったよ。ありがとう」
「エプシロン、無事だったんですね」
「ほかの連中も無事だよ」
それにしても、とエプシロンはつないで、
「すごい威力だったね。久しぶりに相手が吹き飛ぶのを見たよ」
「リミッターは解除済みでしたから。派手にやり過ぎたでしょうか」
「その程度の意思だった、ということさ。気にしなくてもいいだろう?」

相手のレギオンを構成するひとつのユニットは、何が起こったかもわからないまま、仮想の大地に消えた。
そのやり取りを高高度から見下ろしている集団がある。
ユニット第404飛行隊だ。
大型レーダを搭載した不可視の指揮機を中心として、同じく不可視の戦闘機8機が茜色の雲海を舞っている。
指揮機の中では4人の男女が眼下の光やどちらにつくか話し合っていた。
無線機を通じて戦闘機のパイロットも参加している。
「まぁ、答えは決まっているよな」
1番機のメインパイロットが言うと同意の声があちこちからあがる。
指揮官の男は
「では、こうしよう。ソーラー側の考えを肯定するなら進路を維持、否定なら離脱だ」
「指揮機の四人は考えがあってるのかよ」
呆れた声で言ったのは4番機のサブパイロットだ。
男があってなかったらこれから降りてもらう、と言っても指揮機にいる3人は笑うばかりだ。
こりゃ、答えがあってるに決まってるな、と4番機のサブパイロットは思った。
「離脱は今から10秒後だ。マスターアームはオンにしとけ。敵は撃ち落せ」
前面のディスプレイに表示されたカウンターは出現と同時にカウントを開始。
そりゃ脅迫だ、と4番機のサブパイロットは無線を切って呟いた。
コクピットに二つの笑い声が響く。
メインパイロットも同じこと呟いていたらしい。
笑っていても周囲の機体への警戒は忘れない。
カウンターが0に近づくに連れて時間の経過が遅くなっていく。
そして、0になった。
空には指揮機を囲う円陣が描かれたままだ。
「撃ち落されるなら今のうちだぞ」
2番機のパイロットが冗談混じりに言うと5番機のパイロットが口を揃えて、
「誰がオマエに落とされるか」
否定の言葉にその場にいた19人が笑った。
その笑いの中で1番機の後部座席にいたパイロットは呟いた。
俺はこんなバカたちと一緒にいられて幸いだ、と。
前部座席のパイロットには聞こえたが聞こえないふりをした。
「派手な花火を打ち上げよう」
指揮官の言葉を合図に8機は月明かりを透かしながら散開。
味方の位置と敵の位置がレーダマップに表示されている。
敵の表示のうち8個が音速で接近していた。
「180秒後に有効射程だ。先に落とされるなよ」
男の言葉に8機からばらばらの言葉が返ってきた。
しかし、意味は同じ了解だ。

乱戦状態の街中を人々が群れをなして走っている。
武器を持たない商業系ユニットに属する人間だった。
自分の身体だけならログアウトすれば済むが、商品だけはそうもいかない。
彼らにとっての武器であるそれを失うことは致命的だ。
圧縮格納しても余るそれらを背負う一団を護衛するのは同盟関係にある戦闘系のユニットだ。
激化する戦場のなかを走るにも関わらず、護衛対象に負傷が見当たらないのは護衛のおかげだった。
「こんな非常事態でも条約は有効なのかね」
足を止めることなく商業ユニットYenの男が先頭を走る大男に話かけた。
男は煩わしそうなそぶりを見せることなく、当たり前だ、と短く答える。
「条約が有効だとしても、破棄することは出来るだろう?」
呆れた顔をして男は返した。
「条約を破棄したとして、人間同士の繋がりまで破棄できるかよ」
男の答えにYenの男はすまん、と短く答えて何かを圧縮空間から復元した。
そして、先頭を走り弾を防ぐ男に掛け声と共に投げ渡す。
大型の剣だった。
態度で示すとこういうことだ、と笑いながら別の武器を手に持った。
今度は投げずにしっかりと両の手でホールドし、
「防御の手伝いもしよう。そうでなければ、人として恥だからな」
Yenの男の言葉に同調し、ほかのメンバーやほかのユニットの人間も武器を取り出した。
守から攻へ、後退から進撃に流れが変わる。


市街地から離れた谷間に第503航空隊の拠点はあった。
主に空輸や偵察などをこなす彼らは今回の戦いの傍観を決め込んでいた。
理由は簡単で空輸する対象がすべてのユニットだったからだ。
下手に意思を表明して客を失うよりは良い、と判断を下したのだった。
しかし、攻撃の波はそこに押し寄せていて、
「メインゲート付近に多数の人影を確認。レギオンは……FSですっ」
「よりによって荒っぽい客か」
ゲートの様子を写しているカメラが破壊され、正面にある画面のひとつが消えた。
管制室の慌しさが加速する。
アラートが響き、自動迎撃システムが作動。
塀にある機関銃が一斉に火を噴いた。
しかし、それもすぐに止まり滑走路内にFSがなだれ込んで来た。
向こうは400人とレギオン最大構成で、こちらは1ユニットの20人しかいない。
状況が不利にも程がある。
「答えを出すのが遅かったのか」
「そうとも限りませんよ」
通信士の声に男は眉をひそめて、
「どういうことだ?」
「これですっ」
そういって彼女が指差したのはレーダーだ。
FSを示す無数のオレンジの点の上を味方を示す白の点が急速接近していた。
男が点の名前を読む前に声がスピーカーから響いた。
「こちら第403降下部隊、これより第503航空隊拠点の敵掃討行う」


「悪魔の風ですね」
吹き荒ぶ気流を見てサブパイロットは言った。
コクピットの窓越しに見ても外を吹く風は恐ろしい。
「だが、俺らにとっては子守唄程度の風だ」
モニターには後部のハッチの様子が映し出されている。
答えたのはそこにいる装甲に身を包んだアンドロイドだ。
「この程度のそよ風に振り落とされるなっ」
降下部隊を指揮するアンドロイドが叫ぶ。
ほかのアンドロイドたちはその叫びをにやにやしなが聞いている。
頭上に降下の状態が整ったことを示すグリーンのランプが点灯した。
「降下開始っ」
落下傘を使うこと無く鋼の身体は風に舞った。
白い雲を引きながら向かう地上では、第503航空隊が滑走路を死守している。
落下地点は敵陣の中央。
この速度すら武器するつもりだった。
FSが慌てて対空砲火をはじめたが、既に時遅し。
第403の一団は敵陣中央に文字通り突っ込んだ。
落下地点は衝撃波で吹き飛びそこにいるのは第403のアンドロイドたちだけだ。
「さぁ、はじめようじゃないか」
隊長の言葉に返る言葉は無いが、返る音はあった。
各々の武器を構える音だ。
「さぁ、見せてやろうじゃないか」
すべての火器が一斉に火を噴いた。


部屋のコンピュータ端末の映像を眺めながら、男はコーヒーを飲んでいた。
画面にはジュピターの拠点が映されていて、男そっくりのキャラクターが横たわっている。
ステータスには重傷、その文字の下に大きく行動不能とある。
よりによって戦闘に参加できないとはなぁ、とため息。
自分を助けてくれた少女は今も戦っているのだろうか、と空になったカップをテーブルにおいて思う。
プレイヤーのコミュニティサイトを見るとフォーラムで活発なやり取りが続いている。
ゲームの枠を超えた議論も随所に見られる。
「まぁ、枠を超えた話だからな」
誰とも無しに呟き感情と共に書き込まれた文章に目を通していく。
話の流れが変わって来て、閲覧をやめようとした時だ。
ある文章に目が留まった。
「突撃、the 4th world……?」
嫌な予感がして一気に読み上げた。
すぐにメーラーを立ち上げエプシロンにメールを送った。


戦況はソーラーの抵抗によって膠着状態に陥っていた。
街を東西に走る街道を境に南にソーラー、北にFSが陣を構築しつつある。
その中心部の交差点では両レギオンの主力ユニットが防衛線を展開し、にらみ合いを続けていた。
ソーラーの防衛線の後方で、ジュピターのメンバーは来るであろうFSの総攻撃に備え、それぞれの武器の調整を行いつつ情報交換を行っていた。
先ほどまではいなかったメンバーの姿もあり、自己紹介を含めた情報の交換だ。
オフィーリアの目の前で、だるそうに壁に寄りかかっているのは術士のエウロパだ。
これでもメティスの姉だと言う。
驚いたオフィーリアにエプシロンは家族でやっているパターンも多いよ、と言った。
そうなんですか、とオフィーリアは納得したそぶりを見せたが、彼女が驚いたのは二人があまり似ていないことだった。
そのことを態度に出さず、あれこれはなしていた時だ。
通信端末を見ていたエプシロンが突然、立ち上がりサーフボードのような形態の杖に載って飛び出した。
何かあると思いオフィーリアも翼を展開し、エプシロンを追いかける。


特に深く考えたわけでもない。
身体が勝手に動いたとでも表現すれば良いのだろうか。
ただあるのは止めなければ、ということだけだった。
今、街の中心部に出現なんてしたら両軍の集中砲火を浴びるに決まっている。
交差点の中心にログインを示す白い光が集まりつつある。
その向こうではFSが銃器を構え、光に銃口を向けている。
速度を上げたい意思に反し、身体が悲鳴を上げた。
少し状態が変わっただけだと言うのにこの体たらくだ。
それでもエプシロンは速度を緩めない。
交差点に流れ込むように到達すると同時に二重の陣を大気中に展開し、その中央部に杖を突き立てた。
展開した決壊の氷にも似た青い光に9mm弾が火花を散らす。
間に合ったか、と彼が思うのと悲鳴が上がるのは同時だった。
エプシロンの展開した結界よりも、乱入者の幅が広く一部の者が結界の外へ出ているのだ。
容赦なく鉄の雨は降り注ぎ、人を肉の塊に変えていく。
結界の強度と幅はこれが限界だ。
唇をかみ締めながらエプシロンは正面の敵をにらみ付けた。
その彼の視界を覆うように黒い羽が舞い降りた。
同時にエプシロンの結界を覆うほど大きな、そして強力なシールドを展開した。
「エプシロンは負傷者の手当てをお願いします。この場は私が食い止めます」
オフィーリアの言葉に頷き、陣を治療系に切り替え負傷者の応急処置を行う。
そうしている間に治療を専門とする者たちが現れ、本格的な治療がはじまった。


乱入者攻撃の情報はすぐにソーラーの全ユニットに伝わった。
瞬時に交戦許可が降り、全ユニットは反撃に出る。
静から動に変化する中で戦いが動から静になった地域がある。
谷間にある第503飛行隊の基地だ。
戦闘は第403降下部隊の不利な状態で続いていたが、Yenを初めとする商業系ユニットが駆けつけたことにより、状況は一転して短時間で戦闘が終わったのだった。
今は第403降下部隊のアンドロイドや商業系ユニットの面々が第503飛行隊の指示の元、滑走路の補修に取りかかっていた。
現在も第404飛行隊とFSの飛行隊が制空権の激しい奪い合いを展開している。
そのような状況下で攻撃能力を持たない第503飛行隊が向かったところで何も出来ないだろう。
だが、地表で戦っているユニットに補給することなら出来る。
そして、彼らに出来る仕事がもう一つあった。


市街地での戦闘は激化の一途を辿り、両軍勢に大きな被害を与えながら続いていた。
指揮系統も寸断され、独自の判断で各ユニットがばらばらに動き、同士討ちも発生していた。
後方に設営した野戦病院付近でも、戦闘が始まりつつあった。
テントの隅で地図を囲んで複数の人間が、次の設営場所を話し合っている。
その様子をベッドの上から虚ろな目で見ている少年がいた。
少年の右腕はひじから先が失われていた。
仮想とはいえ、痛みがあるはずなのに少年は無表情のままだ。
その傍らに青髪の少女が立ちすくんでいた。
「乱入した奴の治療より、ユニットの連中の治療を優先したらどうだ?」
話を終えた治療班の一人が少女に話しかけた。
「防御に失敗したのは事実だからね。せめて、傷が塞がるまでは彼を優先するよ」
「彼女だって戦っているんだろ。こんなところで―」
「今は狙撃特化のユニットを編成して戦っているそうだ。今のところ、僕の出番は無いよ」
そういうと少女は腕の時計をちらっと見て、
「身体が元に戻るまで、後わずかか。どういう反動が出るか見当もつかないな」
「自分の身を案じてやったらどうなんだ?」
「案じたからここにいるのかもしれない」
彼女は自分の身を張って前線にいるのにね、と少女は力なく笑う。
そして、深く息を吸い込み吐き……出せなかった。
突如来た痛みに身をよじりよろめいた。
「これはさすがにきついね」
杖で身体を支えて少女が向かうのは外だ。
「お、おいっ」
「移動の邪魔にならないよう外にいるよ」
少女を追いかけて男も外に出たが、そこにいるのは治療班の顔見知りだけだ。
「エプシロン……」


ビルの間でエプシロンは身体の悲鳴を聞いていた。
身体は痛みに悶え、声をあげているのに精神は至って平静だ。
全く、こんな姿、他人に見せられないよ。
どれぐらいの時間が立っただろうか。
風が熱を持った身体を抜けて心地よい。
ぼんやりとしていた意識が急速に覚醒していくのがわかる。
意識がはっきりしていくのと同時に身体の感覚も戻ってきた。
「風が心地よいのは一瞬か。……内臓に酷い違和感があるな」
コンクリートの地面から身体をはがし、起き上がる彼に声が降って来た。
反射的に見上げ睨み付けた
「その程度の副作用で遊べるなら十分だと思わないか?」
「なかなか笑えない冗談だね」
連結していた杖を分離し、自前の杖を地面に置いて、引き継いだ杖を矛状に変化させた。
「ウォーミングアップに付き合ってもらおうか」
杖をボードに彼は加速した。
相手は攻撃を一切せず、余裕があるのか笑みすら浮かべている。
一気に空高く駆け上がり、相手に向かって一直線に加速する。
杖の推進力と重力を矛にのせる彼を見ても相手の笑みは崩れない。
矛がシールドと激突した。
光の殻の内側から相手は表情を変えずに、
「普段は冷静に見えて、思いのほか直情的だね」
「普段は優等生に見えて、思いのほか陰湿よりいいと思うよ」
そして、エプシロンは表情を変えて告げた。
「この勝負は僕がもらった」
「届いてもいないのに勝利宣言とは出世したね」
「これはホームラン宣言みたいなものさ」
矛の先が十字に割れた。
「砕けたバットでホームラン宣言しても無意味じゃないか」
「違うね、これは捉えたんだ」
「捉えた?」
「こういうことさっ」
十字に割れた四つの先がさらに十字に割れ、シールドを分解し喰らいついた。
分解は一瞬でガラスのようにシールドは砕けて散る。
躊躇いも無くエプシロンは相手に向かって矛を振り下ろした。


ビルの屋上、うつ伏せでライフルを構えているのはオフィーリアだ。
ここからでは見えないが、ほかの狙撃手も建物の高いところから狙っているだろう。
弾薬の残りを数えつつ、彼女はトリガーを押し続ける。
『こちら、R3。弾薬の残りが僅かだ』
『あー、こちら、R2。ぶっちゃけ弾切れだ』
『R2は地上のユニットと合流して撤退を』
『いや、さっき、ホールに敵のユニットが来るのを見かけた』
撤退は無理だから、ここで根性の一つでも見せてやろうかと。
おどけた調子でR2は言って、予告どおりのことをやってのけた。
オフィーリアの左斜めの後ろの背の低い建物が轟音とともに崩れた。
恐らく、爆薬でも仕掛けてあったのだろう。
煙の中に建物の形は残っていなかった。
「まぁ、死亡フラグのように見せかけて、生き残るのがしぶとい脇役だな」
聞こえてきたのはR2の暢気な声だ。
それも、彼女のすぐ後ろから。
R2も姿勢を低くしてオフィーリアの横にうつぶせになって、
「さすがに心臓に悪いわな」
「あまり、無茶はしないでくださいね」
「そろそろ、無茶しないとまずいぞ」
「地上のユニットの後退時間は稼げました。こちらもお暇しましょう」
スコープを覗き込むのをやめて、彼女はPSG1を置いた。
『この中、撤退と言っても、限界があるじゃないか?』
『さっきと同じように建物吹き飛ばして逃げたらどうだ?』
『R4、無事だったんですね』
『人を勝手に殺すな。……相手もバカじゃないから、同じ手には引っかからないだろうな』
「どうやら、R4の言うとおりらしい」
R2の目は地上の敵の一人を見ていた。
オフィーリアも見れば、対戦車ロケット砲でこちらに狙いを定めている。
「万事休すとはこのことかぁ」
他人事のようにR2は言う。
その横で風が吹き、R1の姿は消えていた。
声は無線機から聞こえ、
『皆さんは撤退を。ここは私が足止めをします』
地表付近で推進弾が起爆した。
『今のうちにどうぞ』


弾丸と砲弾がシールドに激突し、砕け散る。
時折、火の弾や氷の塊、突風も来るが、シールドを貫くことは無い。
が、シールドのエネルギー消費が激しく、オフィーリアはいくらか焦りを覚えた。
さすがに相手が人だとうまくはいきませんね、と思った。
こちらの戦力を想定し、それにあった戦い方を選択してくる。
破格のスペックのアンドロイドでも、単体なら潰せると推測しているのだろう。
上空にいるであろう飛行隊から敵の情報を聞きたいところだが、ジャミングによってこちらの通信は封じられていた。
相手は相当な準備をしていたと簡単に想像できる。
それに対し、俄仕立ての装備で応戦しているこちらもなかなかだ。
「意地、でしょうか」
推力をあげ、垂直上昇。
空を上るオフィーリアを追って、弾幕が吹き上がった。
私一人にこれだけユニットが集中するとは予想してませんでした。
ざっと数えて4ユニットはあるだろう。
後ろには月が、前には街並みと黒い山々、その向こうに無数の光が螺旋や弧を描いているのが見える。
球状のシールドを胸の前に筒状に変えて展開。
蓄積していたエネルギーすべてを透明な砲に注ぎ込んだ。
敵の攻撃に対し、無防備になるが、
「攻撃は最大の防御ですっ」
飛来する弾すらも喰らい尽くし、光の柱は地表に到達した。