[[PSO2]]

ブリアントザイドからの連絡を受けてわたしは件の少年の受け入れ準備をはじめる。



気を失っているが命に別状はなく、いずれ目を覚ますだろう、とブリアントザイドは言っていた。

一緒に送られてきた会話のログと少年が倒れていた場所の映像を見て引っ掛かりを覚えた。

数を倒していたから間違いなく、戦いの心得はあるのだ。

そのような人物がなぜ、あんな場所で倒れていたのかがわからない。

状況が不利になれば何かしらの形で帰るのが常套手段だが、それをしなかったということは何かしらの理由があるに違いない。

どこかの誰かのように山ごもりするつもりだったのかもしれないし、単純にテレパイプを持っていなかった可能性だってある。

リューカーがあれば楽なのにここにはない、そこまで考えて思考を止める。

状況だけから判断するのは危険だ。

ベッドのセットが終わる。

面倒なので新品のベッドを倉庫から設置し、整えただけで済むのだらフォトンさまさまだ。
面倒なので新品のベッドを倉庫から設置し、整えるだけで済むのだからフォトンさまさまだ。

そこに件の少年を背負ったブリアントザイドとマルカートがやってきた。

「やっほ、エオおねえちゃん!」

先ほどまで吹雪の中で戦っていたとは思えないほどの元気な挨拶。

「お疲れ様。人助けとはお手柄だね」

「えへへー」

「そのベッドでよいか?」

「うん、そのベッドで」

そっとブリアントザイドは少年を降ろしてベッドに寝かせる。

手馴れているように見える。

こういう機会が多かったのだろうか?

「しばらくは起きそうにないね」

まぶたをぴくりとも動かさない。

呼吸も脈も安定しているようだから、限界まで疲労しているのだろうか。

それだけではないような気もする。

「満身創痍だったのをマルカがレスタで助けた。けど、こういうのってあるのかな?」

普通なら瀕死であっても目を覚ますのだが、この少年は未だに目を覚まさず。

「寡聞ではあるが、このような事例は知らない」

「ないよー」

「わたしもない」

全員一致していると言うことはめったにない事例だろう。

もし、このまま、変化がないようならメディカルセンターに移送するべきだ。

呼吸も脈も安定しているようだし、生命には問題無さそう。

「エオ、話がある」

マルカートに聞こえないようブリアントザイドが耳打ちをする。

「どうしたの?」

「その少年にはIDがない。メディカルセンターに移送するのはしばらく待って欲しい」

「密航者か何かかな?」

「密航者なら偽造している。IDに詳しい朋友がいる。一日時間が欲しい」

「わかった。お願い」

ブリアントザイドは先手を打つのが上手だ。

味方にいると心強く、敵に回すと手強い、そういう存在だった。

「起きたら話を聞いてみる。まとまったら連絡するから」

青色のキャストは無言で頷いて、ベッドサイドで眠る少年を眺めているマルカートに向かって、

「マルカート、しっかり身体を休めて欲しい。疲れは溜まっているだろう」

「はーい」

このやり取りだけだと疲れが溜まっているのかわからないが、いきなり彼の元気は尽きるので油断ならない。

別にここで寝る分には構わないにしても、そろそろ彼には自分のペースを掴んでほしかった。

「気をつけてね」

軽く頭を下げてブリアントザイドが退室する。

寡黙だなぁ、と去っていく背中を見送って、視線をベッドで眠る少年にむける。
寡黙だなぁ、と去っていく背中を見送って、視線をベッドで眠る少年に向ける。

線が細い少年だ。

このか弱そうな少年があの大立ち回りを演じたのだから大したものだと思う。

「あ、起きそうだよ」

マルカートの言葉通り、少年のまぶたが強く閉じる。

明かりに反応しているようだ。

光を遮るように腕を動かして、


「ん……」

と声を漏らす。

そして、目を開けた。

しかし、薄ぼんやりと天井を眺めているだけで、こちらには気づいていない。

そう見えた。

さて、どうしようか、と考えているとマルカートが身を乗り出して、少年を覗きこんだ。

突然、視界に入ってきた顔に驚いたのか、少年の目に光が戻った。

理性の光だ、きっと。

「おはよー」

初対面なのにいつもの調子でマルカートが挨拶をする。

何を言うべきか少年も悩んでいるらしく、唇を微かに動かしてはいるが言葉にならない。

「マルカ、あまり大きな声で挨拶したらダメだよ。彼はけが人でさっきまで眠ってたんだから」
「マルカ、あまり大きな声で挨拶したらダメだよ。彼はさっきまで眠ってたんだから」

少年は上半身を起こして、

「いえ、ありがとう、ございます」

はっきりとした声で応じた。

「困ってる人がいたら助けるのが当然だってザイドおじさんがいってた」

おじさんではなく、お父さんに変更してもよさそう。

「自己紹介してなかったね。わたしはエオ」

「マルカートだよー」

間髪入れずにマルカが続ける。

「ラウト=アーデルです」

一音一音を確かめるように名乗る。

ここに自分は今、在るのだと確かめているように聞こえた。

「いい名前だね」

「格好いいね!」

とマルカートが続ける。

「じゃあ、ラウトくん」

「な、なんでしょうか」

動揺していると感じるけど、言葉を続ける。

「いくつか質問してもいいかな?」

ほんの少しの間をあけて、

「どうぞ」

と笑顔でラウトは応じた。

「年はいくつ?」

「17です」

「17か。大人の階段を登るお年ごろだね」

あはは、と合わる形でラウトが笑う。

このノリは好きではないかな?

「種族は?」

「ひて……人間です」

「ひとで?」

「人間です」

ひて……なんだろう?

この2文字からはじまる種族の名前をわたしは知らない。

そして、人間という古風な表現。

そういうふうに呼ぶ集団がいるのかな?

「おにいちゃんはアークスなの?」

マルカートが単刀直入に聞いた。

その質問は何となく控えてたのだけど、この子は本当に素直だ。

「えっと……多分、違うと思います」

「そうなの?」

マルカの疑問はもっともだった。

格好とテクニックを使っていた点ではアークスに違いないのに。

そう言えば、IDもなければアークスカードも空欄のままだ。
IDがないとブリアントザイドが言っていたのを思いだす。

アークスカードすら未入力だ。

何かあった時にこのアークスカードは自分の助けになるもので、本名か通称か、個人が識別できるものを入力しておくのが通例だった。

そう、多分、違うんだ。

「身長と体重とスリーサイズは?」

質問の趣旨を変えた瞬間にラウトの身体がびくりと震える。

「あの、僕男性なんですが……」
「うん。知ってるよ」

満面の笑みで答えると、

「え!?」

と大きな声を出した。

こういう反応もできる子なんだ、と一安心。

この反応が演技だったら大したものだ、と思いながら質問を続ける。

「あなたが倒れていたのはここ。凍土のエリア2」

マップをホログラフィックディスプレイに拡大して見せる。

ラウトは一瞬、目を見開いてディスプレイを見た。

「凍土……」

ラウトは恐る恐るディスプレイに手を伸ばす。

「指でこうやって動かすんだよ」

簡単に使い方を見せるとラウトはマップを自分の手で動かし始めた。

最初は彼が倒れていた場所を中心に周囲を眺め、使い方を覚えるとマップ全域を食い入るように見ていた。

まるで自分が知っている地形を探しているようだ。

「最近、見つかったばかりの場所だから、知らないのも無理ないね?」

「え、あ、はい……」

肩を落としてラウトは頷いた。

何を思っているのだろう?

「ラウトおにいちゃんはどこから来たの?」

「遠いところ、から」

心なしかラウトの線がさらに細くなったように見える。

「そっか、遠いところから……大変だね」

適切な言葉が見つからなかった。

「ラウトくんからわたしたちに質問はある?」

「特には、ありません」

「何かあったら言ってね」

「そうですね……」

そういって彼の視線は部屋を彷徨う。

正面にあるブックシェルフを見て、

「やっぱり、いいです」

ブックシェルフにはオブジェが飾ってあるだけだ。

植物の繊維を加工してできた紙に文字を塗料で記録し、束ねた本と呼ばれるものを並べるためのものだと聞いている。

紙の本に興味があるのかな?

「あれだけ戦ったあとだから疲れもしているよね。ゆっくり休んでいって」

「ありがとう、ございます」

力のない笑顔でラウトは礼を言った。

こういう表情ほど寂しい表情もないと思う。

マルカートにラウトの面倒を見るようお願いする。

「エオおねえちゃんはどうするの?」

「ちょっとおでかけ」

「いってらっしゃーい」

マルカートに見送られてわたしは部屋をあとにした。

*

天井を見あげれば、埃が光をあびてきらきらと輝いている。
久しぶりに来たセーフハウスで何をやっているのか?

ラウトの情報探しだ。

点と点を結べば線が、線と線を結べば面が、面と面を結べば立体が現れるものだよ、とフェイドは言っていた。

実際、そうやって探していけば正体が掴めないにしても全体像が見えてくるものだ。


アークスが利用できるネットワーク上に存在するデータベースを順に調べていく。
しかし、どこをみてもラウトという人物名が見当たらない。

頼みの綱であるキャンプシップの利用履歴にも見つからない。

「やっぱり、該当者なし、か」




そうなると彼は何かしら別の手段を使ってナベリウスに降りたことになる。

現時点だとアークスではない、という彼の言葉は正しい。

「エオ様」

名を呼ばれ振り返るとシェーナが立っていた。

「見つかった?」

「いいえ、見つかりませんでした」

「そっか、ありがとう」

情報収集能力に長けた彼女に見つけられないとなると、どこにも記録は残ってないのだろう。

「このようなことは本来、起こり得ないはずです」

とシェーナ。

「まぁ、普通は、起こらないよね」

生きている以上は何かに記録され、誰かに記憶されて当然だ。

こうやって話している内容はわたしとシェーナが覚えているし、キャストだからこれをありのまま記録して誰かに渡すこともできる。

何か移動手段を利用すれば誰がいつ乗ったのかが記録される。

移動手段だけではない。

お金や物品のやり取り、各種契約、何でも記録は残され、積み上げられていく。

アークスの場合は記録を残す傾向が強く、討伐の記録にもとづいてランキングを公表するぐらいだ。



戦闘中に得られた情報もスーツに内蔵されたセンサーを通して記録・送信されている。

歩けば足跡が残るように、何かしらのログが残る。

わたしが見ていたものは外に出ていて誰にでもアクセスできる記録、シェーナが見ていたものはアクセス制限された記録だ。

それらに残ってないとすると、

「やはり、密航者でしょうか」

「IDもアークスカードもないのにフィールドに降りたら、すごい目立つよ?」

「そうですね。エオ様の話を伺った限りでは、犯罪者の可能性も低いでしょう」

「うーん」

意図的に消して歩いているのだとしたら大した技術の持ち主だけど、そういう存在がフィールドで倒れているだろうか?

さっぱりわからない。

端末にメッセージが届いた。

キンドルからだ。

人伝いで情報探しをお願いしていたのだけど、

『ダメだった(;O;)』

ありがとう、お疲れ様。わたしもダメだったよ、と短く打って返信……しようと思って追伸を打つ。

もし、足あとを残さず生きていけるとしたらなんだろう、と続けて返信する。

「ザイドに任せるしかないねぇ」

彼が生きた17年には何があったのだろう?

まるでこの世界の住人ではないようだ。

すぐに返信が来た。

『幽霊、じゃないかな』

*

翌日、部屋に戻るとラウトはベッドから起き上がって、テラスから外を眺めていた。

「調子、よさそうだね」

「おかげさまで。もう動けます」

今にも別れのあいさつをしだしそうだ、と思っていたら案の定、

「今までお世話になりました。僕は、これで」

ラウトが最初に浮かべた笑みでそういった。

「行く宛もないのに?」

表情が笑顔のまま固まる。

「いろいろ気になったから調べさせてもらったんだ」

「……」

「何処にも記録が残ってなかったよ。ラウト=アーデルという人物はこの世界に存在していなかった。昨日、凍土に現れるまで」

ラウトの顔から笑みが消える。

わたしに本音を教えて。

「あなたがどういう事情であの場にいたのかわたしは知らない」

話してくれるまではこれ以上、踏み込んではいけない。
彼が自分から話してくれるまではこれ以上、踏み込んではいけない。

誰にだって触れてほしくないことのひとつふたつある。

わたしにだって、ある。

「ただ、これから先、あなたは苦労するでしょう。それだけはわかる」

それにしてもこのチームはお人好しが多い。

「何が、言いたいんですか?」

両手に力が入り、拳が震えているのが見えた。

「急いで出て行かなくてもいいよ。部屋に余裕はあるしね」

「そこまでする理由が僕には、わからないです」

「ひとつは気分的な問題だね」

うそをついてもしょうがない。

「気分……」

拳を開くぐらいには脱力させたらしい。

普通の反応だと思う。

「困っている人を、それもこれから先、絶対に困るであろう人を放り出して、平然としていられるほど落ちぶれたつもりはないんだ。だから、これはわたしの気分的な問題」

「……」

「もうひとつはいろんな人がいたら面白くなるから」

「何となく、わかります」

何となくでも伝われば幸いだろう。

「そのためにこのチームに入ってくれると嬉しいなって」

「チーム?」

「そう、チーム。ギルドやクランといってもいいかな。互助組織だよ」

ラウトが頷く。

理解できたようだ。

「でも、僕には」

「今、あなたが助ける側にまわらなくてもいい」

そういうは自分の面倒を見られるようになってから。

今のあなたにはまだはやいと思う。

だけど、いつかは、きっと——。
だけど、いつかは、きっと――。

「あ、ラウトおにいちゃん、エオおねえちゃん、おはよー」

振り返ればマルカートがニコニコしながら立っていた。

「おはよー、マルカ。元気だね」

「うん」

「おはよう、マルカくん」

はにかんだ表情をラウトに向けるマルカート。

友達が増えたのが嬉しいと思っているのだろうか。

「ねぇ、マルカ。ラウトくんをチームに誘おうと思うんだけど、どうかな?」

たっぷり1秒の間をあけてマルカートは全力で頷いていた。

よほど、ラウトのことを気に入っているようだった。

「ということでどうかな?」

「いつまでいられるかわかりませんが……よろしくお願いします」

そういってラウトはゆっくりと深く礼をした。

わたしもそれにならう。

「よろしくお願いね、ラウト」
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