アークスシップ内の少し外れ、ランプだけが灯る薄暗い路地裏の一角。
カフェを示す扉の前に、ブリアントザイドは立っていた。
この扉は、自動的には開かない。ありとあらゆるものが電子化及び自動化されている中、
自らの力で開く扉は一種の嗜好品のようなものであった。
木製のように見える扉を押すと、ぎいぃ、と年月を経たような鈍い音が響く。

「待ってたぜ」

ブリアントザイドが店内へ足を踏み入れるとすぐに、声がかけられる。
路地裏と同様にランプの明かりのみで照らされた薄暗い店内には、一人の男性キャストの姿があった。
橙色のランプの光のせいでボディカラーはよくわからない。
恐らく、赤。少なくとも暖色系だろう。

「アクルックスか」
「当然。俺以外の誰かが居たらとっくに蹴り出している」

ブリアントザイドの問いに、アクルックスと呼ばれたキャストは頷き、
冗談めいた口調でそう答える。

「変わらず、良い所だ」
「当然だろ。俺が店主なんだ。拘りはあちこちにあるぜ」

どうやらこのカフェは、アクルックスの所有物らしい。昼間は明るい光が差し込み
人通りの多い路地裏だが、夜の時間となるとまた別の顔を持っており
このカフェもそのひとつだ。

「…で、だ。アンタが突然俺に連絡を寄越してくるということは、俺専門の何かが必要ってことだな」
「うむ。君が推測する通りだ。まずは、これを閲読して貰いたい」

先程まで発されていた明るく冗談めいた口調は瞬時になりを潜め、低い、静かな声が
ブリアントザイドに向かって投げかけられる。
ブリアントザイドは返答と共にアクルックスの端末へ何かを転送した。
今日、ブリアントザイドがここへ訪れた理由はこれだ。

「…ふーむ」

アクルックスが自身の端末に転送されたものを開くと、電子パネルが複数開き、
幾つものデータが表示される。
そのデータは先程保護した少年、ラウトの記録で、エオに開示したデータよりも
遥かに詳細な内容が記載されていた。
ブリアントザイドがエオに話を通し、部屋を去った後に独自のルートから収集したものだ。
一部の者だけが閲覧可能なデータよりも、さらに深い所に眠っている記録。
記録は成されているが、一定時間で破棄されてしまう重要度の低いデータだ。
そこには本来ならば見ることの出来ない、フィールドへの各アークスの詳細な入退出記録や
エネミーの出現状況、使用されたテクニックやフォトンアーツといった様々な情報が
記録されている。表には全く出ない情報の欠片を、ここでなら掴めるかもしれない。
膨大な量のデータを、常人ならば視覚することもやっとな速度で流しながら、
アクルックスはブリアントザイドの説明を聞いていた。

「変な記録…は、この辺、か」

アクルックスが、ぴたりとデータの流れを止める。
データには凍土のエリア2の洞窟に突如何か生体反応が確認されたことが記されていた。
だがそこに詳細なデータはなく、生物であることだけが判明している状態で、
とてもではないが情報としては頼りない。
続けて、ログを追いながらエリアマップの再現データを開く。交戦記録があった。
テクニックの使用痕跡もある。
だが、使用されたテクニックの記録がない。
炎属性のテクニック、としか記録されていないのだ。

「さっきの話だが、アンタと一緒に行動してたニューマンの子供が、よくわからないフォトンを感じたと言っていたな?」
「うむ。その通りだ」
「マルカートって言ったか」
「それで正しい」
「そいつの情報は大きいな」

アクルックスはブリアントザイドが話したマルカートの言葉の中に何かを察したのだろう。

「そいつの話が本当だとしたら、この依頼の対象になっている奴は、この世界の存在じゃないのかもしれない」
「君のように違う世界や惑星の住人、ということかね」
「察しがいいな」

音声のない文字だけの表示ならば、アクルックスの言葉は驚愕と取れただろう。
しかしその抑揚は、ブリアントザイドが察して当然のような空気を含んでいた。

「俺と同じような存在なら、当然、IDがある筈もない。まぁ、IDくらいなら俺がどうにか出来る。
問題は、そいつの今後だ」

開かれていた電子パネルを全て閉じる。
再びランプの明かりだけとなった室内は、ブリアントザイドが足を踏み入れた時よりも薄暗く感じられた。

「アンタん所の天才フォトン使い、マルカートはよくわからないフォトンが“全部消えた”と言ったんだな?」
「うむ。確かにそう話していた」

アクルックスはなるほど、と小さく呟くと、ブリアントザイドの方へさらに歩み寄る。

「だとしたら、奴の性質は既にこの世界にほぼ順応している。根底は変わらないが、
表では確認することがほぼ不可な程微々たるものだ。元の世界を示す何がなければ
戻れなくなるぞ」
静かな声で、しかし強く発された言葉は警告だった。
言葉の意味を咀嚼し、目の前の人物を見据えるとブリアントザイドも言葉を紡いだ。

「異世界の住人ならば、元の世界へ戻りたいと願うことは必然なのだろうか」
「俺がそうだったようにな。俺はもう諦めたが、ここで時折そうして迷ってくる奴の相手もしてるのも、悪くないと思っている」
「ふぅむ」
「先に言っておくが、俺は生憎元の世界に戻る手助けは出来ない。せいぜい相談相手になるくらいだ」

アクルックスが今までどれだけ、このレアケースの対応を行って来たかを、ブリアントザイドは知っている。
知っているからこそ、彼に頼んだのだ。
長い付き合いと、信頼関係がなければ為せることではない。

「彼の処遇はどのように進めて行けば良いだろうか」

大方、状況の整理はついた。
後は今後の対応だ。

「そうだな。今の所は誤ってフィールドに迷い込んだ一般人として取り扱う。その辺は任せておいてくれ。
テクニックを使った形跡があるのだから、アークスへの適正はあると言って良い筈だ。
目が覚めて落ちついたらメディカルセンターで検査を受けさせておくように。
アンタと俺の後ろ盾があれば怪しまれることもない。それに…」

どうせアンタの所のチームリーダーは、これを放っておく筈がないだろう、と
アクルックスは笑いながら話す。
声のすぐ後に、ピッ、と電子音が鳴った。
ブリアントザイドが視線を向けると、アクルックスの手元で電子パネルが起動されており
室内の明るさが再び増していた。

「何かしらの歯車が噛み合えば、誰もが元の世界へ戻る切符を掴める。それがいつになるかは…俺にもわからん」

電子パネルに何かを打ち込みながら、アクルックスはブリアントザイドへ向かって
そう語りかけた。

「そうか」
「実際に戻った例も何回か見ている。割合としては低い方だが、可能性としては十分だ……よし」

こんな感じでどうだ、とアクルックスは電子パネル上のデータを
ブリアントザイドの端末へ転送する。
送られてきたデータを開くと、そこにはラウトの身分証明書が映し出されていた。
ざっと確認したところ、どこにも違和感はない。アークスカードが存在しないが
まだ彼は一般人扱いの為、その事に関しては何も問題はない。

「うむ。充分過ぎる程だ」
「了解。登録完了」

これで少年の身分はこの世界で証明された。
彼の存在は、この世界でも刻まれて行くことになる。

「やはり、君に依頼して正解であったな。アクルックス、君の支援は何時も的確だ。感謝している」
「俺とアンタの仲だ、いつでも力を貸すぜ」

体面上の問題が片付けは、後は当人と周囲が解決していく問題だけとなる。
ブリアントザイドはアクルックスに向かい、深々と丁寧に一礼をした。

「では、私は落ちつくまで出来る限り彼の支えになろうと思う」
「それがいい」

頃合いとしては、そろそろ少年が目覚めている頃ではないかと、ブリアントザイドは思案する。
付き添っているエオから質問を受けているだろうが、マルカートが共に居る為
緊迫した雰囲気や緊張感を与えることは然程ないだろう。

アクルックスにそろそろチームの元へ戻る旨を伝え、出口へ向かおうとする。

「ただし、背負い込むなよ」

そのブリアントザイドの背を、アクルックスが呼び止めた。
ブリアントザイドは足を止め、静かに振り向くと頷いた。

「心遣い痛み入る。私は、私の手が届き、私の力量の許す範囲でしか、行動を起こすことはしない。
その点では、今後君に憂虞を抱かせることもないだろう」

信念にも似た言葉は、静かでありながらも力強く、アクルックスへと返って行く。

「変わったな、キノスラ」

アクルックスは、安心したように笑った。

「私ももう若くはないのでね、タウリ」

ブリアントザイドも、小さく笑みを浮かべる。

「それはお互い様だ。群青色の彗星は今や群青色の明星。大成したな、アンタも」
「君に認めて貰えるのは幸いだが、私は然程大層な存在ではない」
「謙遜するのも変わらずか。引き止めて悪かったな」

気に留めることはない、と返答を返し、扉の方へ向き直ると、ブリアントザイドは出口へと歩を進める。
来る時と同じように、木製に見える扉を押す。鈍い音が響いた。
だが、そこで音は止まり、扉の閉じる音がしない。
どうしたのか、とアクルックスは再度ブリアントザイドの方へ視線を投げかけた。

「連星は共にある星が存在してこそ、と私は感じている」
「!」

ブリアントザイドの言葉に、アクルックスは、息を呑んだ。

「また君と、共に仕事を行えることを待っている―――銀朱色の明星」

最後の言葉と共に、開かれてた扉は再び響く鈍い音と共に閉じられ、周囲には静寂だけが残った。
しんと静まり返った中に、アクルックスの溜息だけが響く。

「こんな俺を、まだ待ち続けてくれるのか、アンタは」

アクルックスは天井を見上げ、呟いた。
その声は、どこか嬉しそうな声色を含み、ふわりと室内を満たして行く。



「本当、アンタには敵わないな―――――相棒」


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