ペオズと本の好事家の集いへ案内して貰う約束の前日
ラウトは自分の部屋で暖炉にあたっていた。

「いよいよ明日かぁー。楽しみだね、パパガイ」

ぱちぱちと爆ぜる薪の音を聞きながら、ラウトは止まり木に止まっている大きな青い鳥
ナベリウスパパガイに声をかける。
ナベリウスパパガイはそれに答えるように、けけっ、と小さく呆れたように鳴いた。
それもそのはず。ペオズの部屋で本を見つけ、彼から本を借りるようになって以来、
ラウトは暇さえあれば本を読み耽っていたからだ。

ペオズに借りた本を静かにシェルフに戻し、隅に1冊だけ分けて収蔵されている
紫色の厚い本を手に取る。
その時、こつこつ、と部屋の戸が叩かれた。

“誰か来たぞー”と言うように、ナベリウスパパガイが
ばさばさと翼を羽ばたかせてラウトに知らせる。
わかってるよー、とナベリウスパパガイに目配せすると
ラウトは本を再びシェルフに戻し、今叩かれた扉へと視線を移すと
「どうぞー」と声をかける。
ラウトの返事が届いたのか、自動扉が開かれた。

「夜分遅くにすまない」

開かれた扉より足を踏み入れ、ラウトに向かって静かに一礼をしたのは
ブリアントザイドだった。

「わ。ザイドさん、こんばんは…!」

思わぬ来客に、ラウトは目を丸くする。
時刻は確かに夜だが、ラウトにとってはそこまで遅くという程でもない。
尤も、隣の部屋のマルカートは既に夢の中だが。

「どうぞ、おかけになってください」

ラウトはブリアントザイドに座るよう促す。
しかし、ブリアントザイドは静かに首を振った。

「いや、そろそろ君も就寝する頃だろうと思っているのでな。
すぐに戻らせて貰うので、気にしないで欲しい」
「そうなんですか…。ところで、今日はどうしたんですか?」
「確か、ペオズと書物を見に行くのは明日の予定だったと思ってな。
ささやかだが、私からの餞別を受け取って貰いたい」
「え…?」

ブリアントザイドの手からラウトの手へと、見覚えのある箱が渡される。
きらきらと輝く黄色の8面体は、この世界の通貨を圧縮したものだ。
ぱちり、と箱を開き、額面を見たラウトの表情が疑問から驚愕に変わる。

「お、お金なら、僕も持っていますし…」

あわあわと動揺した声で、ラウトはブリアントザイドを見上げる。
ラウトの反応を予想していたのだろう、ブリアントザイドは静かに語りかける。

「何も、明日全て使うよう言うつもりはない。これから暫く、君が君の知識欲を
満たす為に発生する障害のひとつを、私は緩和したいのだ」
「で、でも、こんなに貰えません…!!」

表示されている金額は、ラウトが今持っている貯金を遥かに上回る金額だ。
桁の多さに目を回しそうな反面、これだけあれば、どれくらい本が揃えられるだろう、
という欲望も心の奥底で浮かび、ラウトは罪悪感に駆られそうになる。

「私は、君のように大きな趣味もなく、ヒューマンやニューマンのように
食事を摂ることもない。精々、自身のパーツの強化やメンテナンスだが
……生憎、それももう殆ど費用はかからないのだ」

やることは沢山あるが、通貨の使い道が全くない、とブリアントザイドは話す。
その言い回しに、陰はひとつもない。

「でも、どうして…」
「このチームに所属する若い者達に、志を失って欲しくはないのでな」

まだ迷うように揺れるラウトの瞳に、ブリアントザイドは言葉を続ける。
それは彼の嘘偽りない本心だった。

ブリアントザイドは、ラッテからラウトが何か本を探してくれる約束をしたという
話を聞いている。
ラウトに渡した通貨には当然、その本を買う分も加味していた。
本という新しい世界はラッテに良い影響を与えるかもしれないという、期待を。
そしてラウトには、好きな本に出来るだけ触れて欲しいという、希望を。
それを叶える為に今必要なものを、ブリアントザイドは渡したつもりだった。

「障害、そして、志…」

ラウトはブリアントザイドの言葉を何度も反芻しながら、自分のやるべきことと
必要なものを、考える。
ラッテに紹介する本を探すにも、アンゼルムに文字を教える本を探すにも
まずは自分自身の知識が足りなくては成り立たない。

この世界の知識でラウトに一番足りないものは、言葉の意味だ。
紙の辞書は、かなりの値段がするとペオズから聞いている。
もしかしたら、ラウトの持っている金額では到底足りないかもしれない。
ラウトがやるべき事、やりたい事に一番必要なもの、それは確かに通貨だった。

ブリアントザイドがどこまで知っているのか、ラウトは当然知る由もない。
知らないが、推測から至る結論はそれだ。

「ザイドさん」

ラウトは真っ直ぐ、真剣な眼差しでブリアントザイドを見上げた。

「僕の出した答えが正しいかはわかりませんが…」

ブリアントザイドは静かにラウトの言葉に耳を傾ける。

「ザイドさんの意図と想い、理解出来たと思っています。
僕は、僕の出来る事の為に、このお金、大切に使わせて頂きたいと思います」

しっかりとブリアントザイドの目を見つめ、そう答えた後、
ラウトは深く深く一礼をした。

「君の知識が、より一層深まることを願っている」

ブリアントザイドも、丁寧に礼を返す。
そして、長居してしまってすまない。と続けると静かに部屋を退室していく。
ラウトはブリアントザイドを見送ると、ばふっ、とベッドに横たわった。
ブリアントザイドとラウトの会話の間、止まり木に止まって静かにしていた
ナベリウスパパガイは、ばさりとラウトの近くに舞い降りると、小さく鳴いた。

「心配してくれてありがとう。明日が楽しみで仕方ないけど、ちゃんと寝るよ」

どうやら、“寝ろ”と忠告を受けたらしい。
ラウトはナベリウスパパガイにお礼を言うと、目を閉じる。
程なくして、規則正しい寝息が聞こえてきたことを確認すると
ナベリウスパパガイは静かに止まり木に戻り、眠りについた。

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