生体コンピュータ少女とパイロット

1

機体から離れるように歩いて、振り返る。
見た目はこの空軍の標準的なものだ。
性能も標準的でユニットの交換で幅広い任務に対応できるという。
運動性能も高く、ミサイルを打ち尽くしたあとの空中戦でも優位になれる、とも。
しかし、搭載している火器も火器管制システムも大幅に性能が向上し、ミサイルの撃った時点で勝負が決まっているご時世にどこまで意味があるのか。
最大の問題は今のAIだ。
「音声認識は甘い。反応も従来型よりも悪い。何が新型なんだかさっぱりわからん。予算削減の一環か? だとしたら勘弁してくれ。一緒にこっちの命も削れちまうんだぞ」
言い切ってからため息をつく。
まったく、こんな愚痴をこぼしている場合ではないのだ。
今回のフライトで得た感想も何もかもレポートにまとめねばならない。
再び、向きを変えて歩き始めた時だ。
かつん、かつんと誰かがタラップを降りる音がした。
振り返るとそこには見慣れないパイロットスーツらしきスーツを着た少女が立っている。
そこで俺は新型AIの正体を直感的に理解したのだ。

やらかした、と思った時には遅かった。
俺はこの10代前半の少女に見える人工生命体に振り回されていた。
「では、この問題への対処はこれで」
「いや、それなら、こちらの案のほうが」
「それは先ほどの対処と整合性が」
「……」
万事がこの調子だ。
黙っていると、強い視線を感じる。
顔は何を感じているのかわからないほどフラットだ。
ただ、目には力強さを感じる。
その視線の威力の前にはどんな走行も無力だろう。
「正しい。矛盾する」
「なぜ、黙ったのですか」
そりゃあ、プライドがあるからだ、とは口が裂けても言えない。
新しい機体に搭載されているパイロット支援システムは特殊だとは効いていたが、ここまで特殊とは聞いてなかった。
支援システムは学習機能を持ったコンピュータが主だ。
パイロットの癖を学習し、操作の補助を行うのがその役割で、鍛えれば操作の先読みやパイロットそっくりの動きができる。
どう特殊なのかも聞かなかった俺も俺だが、まさか、少女の形をしたものが搭載されているとは……。
「何か」
「いや、悪いが休憩していいか?」
「問題ありません。あなたが機長です」
「機長、か」
確かに機長になるが単座型で機長もへったくれもあったものではない。
「休憩ではなく、今日はここで切り上げる。明日、問題点をレポートにして提出する。それまでは機体の整備をしてくれ」
「整備の場所は」
「指示は受けているだろう?」
「肯定です」
「なら、よし」
「了解しました。整備を行います」
見送られながらブリーフィングルームを後にした。
まったく、先が思いやられる、と首をもみながら自室に戻る。
ソファに座るとそれだけでどっと疲れが押し寄せてきた。
やるべきことはあるのだから、このままゆっくりするわけにもいかない。
コーヒー一杯をゆっくり飲んで、それから仕事にとりかかろう。
我ながら名案だ、と腰を浮かせた時だ。
「どうぞ」
いつも使っているマグカップにコーヒーがたっぷり注がれていた。
「ありがとう」
気を落ち着かせるために一口飲む。
飲みなれた自分好みの味だ。
「なぜ、俺の部屋にいる」
「ここで整備をせよ、と指示を受けています」
マグカップをテーブルに置いて、俺は深いため息をついた。
いったい、これからどうなってしまうのだ、俺は。

2

部屋の隅を見ると何やら半透明のカプセルがおかれている。
大きさは2m程度、天井すれすれだ。
横幅は1mほどだろうか。
「整備ポッドです」
「お前のか」
「肯定です」
セキュリティを確保するため、基地内の施設はあちらこちらで認証が行われている。
個人に与えられる部屋も同じく。
この部屋にこのカプセルを搬入できた、ということは、俺以外の人間の許可は得られている、と考えるのが妥当だ。
「なぜ、俺の部屋なんだ?」
「ブリーフィングを行いやすくするため、と聞いています」
こんな真っすぐなやつに悪質なジョークを言うんじゃない、と内心で悪態をついた。
「わかった。整備はこのカプセルで行うのか?」
「肯定です」
「では、さっそく整備に」
「作業は完了しています」
「……何?」
「先ほど、完了しました」
時間を稼ごう、というのがそもそも無駄なのだ。
これは本腰をいれて戦うべきだ。
腹を決めて、コーヒーを飲む。
うまいのが癪だ。

3

「作業効率が落ちています。作業を中断し、休憩をとることをお勧めします」
とコーヒーの入ったマグカップが差し出される。
これは休むしかない、とマグカップを受け取る。
言い合っても勝ち目はない。
愚直、不器用な部分は変わる気配がない。
最初の評価を撤回するほどにまで進歩した。
信用して使えるレベルになったわけだ。
「何か?」
「砂糖いれたな」
「肯定です。脳のエネルギー源だと聞きました。口に合いませんでしたか?」
「ブラック派なんだよ、俺は」
取り替えようとする手を制して、俺は甘いコーヒーを飲んだ。

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