私の目になって

「いくら雨宿りだっておれはこんな古びた館は嫌だぞ。いったい、いつの時代に誰が作ったかわからないのに」
「数十年は昔だろうな」
俺の言葉にレイフが眉をひそめる。
埃で調度品から床まで白くくすんでいる。
「ジャック、もう少しましなところで休もうぜ」
「おいおい、どこにそんな場所があるんだよ」
俺は肩をすくめて言ってやる。
ここまでの道に建物らしい建物はなかった。
街まで行く頃には服も荷物も水浸しになっているだろう。
「わかった。雨宿りしている間だけだ」
「別にここに長居をするつもりはない。もしかして、お前、怖いの苦手か」
「苦手なわけあるか。埃っぽいのが苦手なだけだ」
「そうか」
と漫才をやっていると、奥のほうで物音がした。
「先客でもいるのかな?」
「ど、動物だろう」
「なら、調べないとな」
この巨大な玄関ホールだと音が響いて、どの位置からなのかはわかりにくい。
正面の通路から聞こえたような気はする。
腰のベルトからライトを抜き出し、ヘッドをひねる。
白い光がまっすぐに伸びるのがわかる。
これは確かに埃が多いな。
そのまま、ライトを正面の通路の奥に向ける。
見通しのいい通路を白い光が貫くように照らす。
「何もなさそうじゃないか」
とレイフ。
「そのよう……ん?」
奥に人影が見えた。
これは先客か、とライトを下げる。
「……私の目に」
何か聞こえた。
光が眩しすぎたか。
「目が痛いのか。すまな――」
「私の目になってぇっ」
うずくまっていた人影が上半身をふらふらさせながら迫って、それは途中までで加速をつけて迫ってきた。
「ぎゃあっ!」
横にいたレイフが悲鳴をあげて走っていく。
それに気を取られたのがまずかった。
「目になってぇっ」
化け物の突進をもろに喰らって俺は床に転がった。
「くっそ、離れろ……」
と相手の顔に手をあて引きはがそうと、
「……そんなにパワーないのな」
腕の長さの違いもあって、私の目になっておばけの手はこちらの顔に届かない。
腕が伸びるわけでもないし、何でもない。
「なんだ、お前」
レイフは戻ってこない。
あのバカは今度、お化け屋敷に封印してやろう、と思いながら俺はおばけの正体を調べてやる。
そのまま、押し倒してやると、やや動きが変わった気がするが気のせいだ、ということにしてやる。
「おとなしくなりましたねっと。そんじゃ、診察ー」
ぼろぼろの服を剥ぐ。
こいつの正体は機械人形だ。
アンドロイドやガイノイドよりも機能も単純だが安価なのが特徴で愛用者は多い。
関節やメンテナンスハッチの端子を見て、
「だいぶ、古い型なのだな、お前」
返事が返ってこない。
やはり、服を剥がされたのがよほどショックだったか。
そもそも、言葉を解する能力が失われたのか。
経年劣化のせいで髪はぼろぼろで、人工皮膚にも乾いてばりばりだ。
本来はきれいだったろうに……勿体ない。
「一番まずいのは光学センサーだな。とりあえず、見えるようにしてやるよ。これも何かの縁だ」
幸い、手持ちのカメラと端子の規格はあうようだ。
汎用ドライバもついているだろうから、何とかなるだろう。
カメラを頭の高さで合わせ、バンドで固定する。
ケーブルを繋いでカメラのスイッチオン。
やや、しばらくしてから、機械人形が身体を起こした。
まわりを警戒するようゆっくりと、見て、そして、ゆっくりと立ち上がった。
「お、見えるようになったか。よかった」
「私の目になって……」
「それじゃ足りないか?」
まぁ、その場しのぎだしな、と思ったら脛を蹴られた。
見えにくいという抗議の割にはクリティカルだ。
俺はしばらく脛を抑えて蹲った。

それが彼女との出会いだった。
この後、俺はレイフと一緒に彼女のレストアをはじめた。
作業量はとにかく、多く、出費もかさんだ。
とはいえ、誰かが直してやらなかったらかわいそうじゃないか。
人形は愛でられるためにあるのだから。

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