Feathery Instrument

Fine Lagusaz

1話 遭遇

ふと、気配を感じて男は目を覚ました。
猫や犬がいるならこの寒さから逃れるためにベッドにやってくることもあるだろう。
太もものあたりに重みを感じるがペットは飼っていない。
枕元においてある照明のリモコンを持つとすぐにスイッチを入れた。
「……誰だお前」
「有り体に言うと死神です」
相手の言葉に寝ぼけていた思考回路が蹴り起こされる。
ふざけているようには見えないが、どう考えても発言はふざけている。
「わー、わかりやすい美少女死神だ」
「身も蓋もないですね」
男の反応に少女はやや困った笑顔を作る。
男は面白がってさらに大げさなリアクションをしてみせた。
「だって死神来たってことは俺もうすぐ死ぬんだろ? もう終わりだぁっ」
これは本当に困りました、と言わんばかりに頬に手をあてて、
「気が早いですねぇ。当面は先ですよ」
「はい?」
彼は間の抜けた返事をした、と思いつつ、自称・死神の言葉を待った。
「今のあなたの魂を刈ったところでポイントが……」
「魂にポイントって嫌な響きだなー」
俺はポイントカードか何かか、1ポイント1円としてご利用できます、とセリフが続きそうで嫌だな、と肩を落とす。
それに気づいているのか無視しているのか、死神は笑顔で、
「幸福であればあるほどポイント高いんですよ。業績に繋がるんです」
「あーあー何も聞こえない。オカルトが世知辛いとか世も末だ」
耳をふさいで頭を左右に振る彼に彼女は、
「ずっと末法ですよ」
「そういう話じゃねぇよっ!」
「それでですね」
「人の叫びを聞け」
「話を続けます」
「俺の話はー?」
「質疑応答は終わってからお願いします。ええと、このままだとポイント稼げないのであなたには幸せになってもらいます」
「で、なんだ、幸せになったら刈るのか」
「それだとダメです。生きている間の累計ポイントなので幸せいっぱいに生きてもらわないと」
「また、気の長い話だなぁ」
「長くても向こう100年ぐらいですよ。私達にとってはあまり長くないですし」
今日、いますぐ死ぬわけではない、と男は胸をなでおろした。
「ふむ」
しかし、100年を長くないというとはどれだけ長寿なのだろう。
人間でいうならどういう感覚か、と彼が少し考える。
「焼き肉が焼けるのを待つような感じです」
「あー、俺は焼かれる肉か。大事に育てられる焼肉か」
「そうです。そして美味しく食べられてください」
大変わかりやすい説明で彼は自分の置かれている立場を理解した。
「……勧誘下手だな」
「わかりやすい説明が大事なんです!」
「だが、断る」
「そんなあなたの好みを調べてこの姿にして、言葉も選んだのに!」
「調査を最初っからやり直せ! だから、お前は阿呆なのだァッ」
強い男の言葉に自称・死神はうっすら涙を浮かべる。
「うぅ、酷い」
「そもそもだな。どこがどう死神なんだ。証拠は?」
見た目は人間の少女そのものだ。
戸締りのしてある部屋にどうやって入ってきたのかわからないが、どこか開いていたのかもしれない。
「じゃあ、試しに魂を抜いてみましょう」
「誰のだよ」
魂を抜くとは死神らしい、と男は少女を見る。
男と目があうと少女はにっこりと笑って、
「あなたのを少し引っ張るだけです。たまに失敗してごっそりいきますけど、たまになので大丈夫です」
「ちょ」
少女の笑顔が男いっぱいに広がる。
つまり、それはとても近づいているわけで、
「お花畑見えたりして気持ちいいそうですし、ほら、ほらー」
少女は左腕を男の背に回して、右手は胸の上で何かつかむ動きをした。
「ひぇぇ」
彼女が右手を動かすと彼の意識はすっと遠のいていく。
視界は白く霞んでいくが、春の陽だまりいるようなそんな暖かさも感じた。
ああ、これが魂の抜けていく状態か。
噂で言われていることは正しかったのだな、と男が思っていると、
「どうです。なかなか良かったでしょ」
少女の右手は男の胸にあり、それは魂を押し戻したということなのだろう。
「死ぬかと思った……」
「あー、今のでポイント下がりましたね」
「お前は布団の悪質な訪問販売か!」
「補填はしますよ、補填は。ほら、お試し期間も兼ねて」
「あー、バールで殴りたい」
「まだ、チェーンソーのほうが」
「実家に戻るのだるい」
「ということで! 一週間ほどお試し期間です!!」
話につながりがない、と男は眉間にしわを寄せて、
「部屋狭いんだから邪魔するな、マジで。あと壁薄いから騒ぐな、マジで」
「そうですか。じゃあ、もう少し静かにしてます。……こんな感じですか?」
静寂を維持できない少女を一瞥して、
「宇宙に放り出してやろうか、まったく。黙ってりゃ好みなのにな」
「?」
「何でもねぇよ」
「それでだな」
「はい、なんなりとー」
と嬉しそうに死神の少女。
「俺、夜勤なんで寝ていたいんだが」
「では、一緒に――」
「テンプレだな」
彼の言葉が意外だったという顔で、
「お好みではありませんか」
「果てしなく」
まったくもってそういうベタなものは好みではなかった。
「じゃあ、果てしなく激しく!?」
「いや、おとなしくしててくれ」
「はい」
死神の少女は部屋の隅っこに向かって、体育座りを開始した。
「そこのソファにでも座ってろ。床は体冷やすぞ」
男は部屋の電気を消して乱暴に布団をかぶった。
まったく、とんだ安眠妨害だ。

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