Feathery Instrument

Fine Lagusaz

5th 慟哭の森

彼女は自分たちのやっている実験について苦悩していた。 その疑問は実験という行為をするたびに突き付けられ苦しんでいた。 そして彼女は研究所を辞め自分の目で現実を見たいと決意した。

エオがフェイドと再会して一週間が経った。

例の爆発事故の手掛かりが得られるかもしれないということで洞窟や坑道を彷徨ったがこれと言った収穫は得られなかった。 ゼブリナ達と一緒に洞窟の主『デ・ロル・レ』に戦いを挑むと言っていた。

坑道では暴走した機械で溢れかえっていたが洞窟はアルタードビーストという種類のエネミーがいるらしい。 待っている間にエオは仕事を請け負った。

ラグオルの原生生物のデータ採取というものだったが依頼人の対応に少しだけ戸惑ってしまった。

いくつか疑問に思うところがあったので尋ねてみたのだが歯切れの悪い返答しか得られなかったのだ。

それでも報酬はもらえたし結果としては問題なかったがやはり納得はできなかった。 ラグオルヘ行くための主転送装置室の扉が上がりフェイドたちが出てきた。 怪我や疲れがあるようには見えないのでエオはほっとした。 お帰りなさいとエオが迎えると四人それぞれの反応をして別れた。 フェイドはその場に残りエオに話しかけた。

「あれだけ大きなワームが存在するとは・・・。まったく学者の考えることはわからないね」 「データどおりでしたか?」

「いや、一回りほど成長していたよ。あの生命力から既に十数体は存在するとみて良いね。そっちはどうだった?」 「原生生物のデータ採取をやってました」 「僕らの来た時点で“原生”と言えなくなったかも知れないね」 「ええ・・・。微妙に爆発前と違いがあるようです」 「詳しい話は後でしよう。ゼブリナたちも待っているだろうし」 フェイドに促され溜まり場に向けて歩きだした。 街で話すのにはあまりよろしい内容ではないし話すなら自室が一番だ。 歩きながら洞窟の様子をフェイドは話した。 エオの細かい質問にも丁寧に答えてくれたので洞窟のことがよくわかった。 「ポイゾナスリリーは鬱陶しいね。アンドロイドがうらやましいよ」 「毒液を吐くんですか」 「IPLv.がUltだとメギドを放って来るそうだ」 「闇耐性上げないと・・・」 「即死するだろうね。ゼロ曰くフットワークでかわせるらしいけど」 「そういうものなんでしょうか」 「みたいだね。あ、ゼロから預かっているものがあるんだった」 そういうとエオにアイテムを送った。 分類はSWの銃だ。 「ファイナルインパクトとギルティライトだそうだ」 「後でお礼を言わないといけませんね」 「僕からはこれ」 「赤のハンドガン・・・ですか」 25%の命中補正がありグラインダーで最大付加されている。

赤シリーズと呼ばれるほど種類の多いこの武器はリコが使っているとされるものだ。

誰かがリコに贈った物らしくハンターズが入手しているものは試作中の試作のようだ。

強度不足や威力の不安定さといった問題を抱えているものもあるが使い安さから愛用している者も多い。 「ブレイパスだと役不足だろうしね」 「ありがとうございます」 地表に降りた時に早速使おうとエオが考えている間に溜まり場に着いた。 「よう」 最初に声をかけてきたのはジムだった。 続いてゼブリナとルーフが声をかけた。 「お疲れさん。フェイドもうちのパーティに入らないか?」 「あまり団体行動は得意で無いから迷惑かけそうだけど」 「まぁ、確かにレスタや補助テク遅かったな」 笑いながらジムは言った。 「それでも良ければいれてくれないかい」 エオたちは顔を見合わせてから一斉に言った。 『ようこそ、スプリングストームへ』 「これでフルイド代が助かるよぉ」 「おいおい、そんなこと言ったらフェイドが逃げるだろう」 苦笑いしながらゼブリナはルーフを小突いた。 ルーフはぺろっと舌を出しながらごめんごめんと笑った。 「それにしても洞窟のエリア1は暑くて敵わないな」 「状態異常にならないアンドロイドが羨しいよね、ほんと」 二人はジムとエオを交互に眺めた。 「キュア系のユニットが確保できればいいけどよ」 人間ってのはほんと大変だねぇと言わんばかりの口調でジムは言った。 「しかしシノワはテクもどき使えるのになんで俺ら使えないんだろ」

「それは・・なんか腹立ちますよね。パーツ剥取ればわたしも使えるようになるかな」 エオの一言に空気が凍りついた。 「あの、何か・・・いけないこと言っちゃいました?」 しばらくの間をおいてフェイドが口を開いた。 「随分と独創的だな、と思って」 作った本人が言うセリフじゃないけどと小声で続けた。

「相変わらず何も無いんですね」 エオはフェイドの部屋に訪れていた。 話すことはほとんど溜まり場で話してしまったしフェイドに話すことも無い。 ただなんとなくフェイドと一緒に歩いてきただけだった。 「ごちゃごちゃしているのも面倒だからね」 コーヒーメーカーを操作しているフェイドの背中にエオは違和感を覚えた。 自分のことを頼らなくなったからだろうか。 フェイドも一人の大人であるし自分のことは自分でできるのは当たり前だ。 「口に合うか知らないけど・・・」 差し出されたカップを受け取りながら頭を軽く下げた。

「僕がコーヒーいれたのも久しぶりだね・・・。手本を見せた時以来だから七年かな」 「あの時から味は変わっていませんね」 「相変わらずまずいかい?」 「まさか」 カップをおいてエオは両手を振って否定した。 「おいしいですよ」 「ならよかった」

フェイドが端末を取り外してホロキーボードを叩くとセントラルドーム地下の様子が表示された。 各エリアごとに色分けされており見やすい。 恐らく自分で集めた情報を参考に作ったのだろう。 「こう図にすると裏であれこれやっていたことがよくわかる」 「この点はなんですか?」 「リコのメッセージカプセル。エオも一つくらいは見ただろう」 「ええ、見ました。あちこちのエリアにおいてあるみたいですね」 「話によると遺跡にもあるらしい」 「遺跡というと坑道の下の、ですか」 「まだ僕は行って無いんだ。エオは?」 「わたしもまだ・・・。一応、IPLv.Ultでも大丈夫なんですけど・・・」 「そのレベルなら問題ないかな。恐らく僕はVHが限界だよ」 フェイドは自分を情けない男だと思った。 エオのレベルと二倍近い開きがあったからだ。 「どうかしましたか?」 「いいや。それより明日空いているなら一緒に仕事請け負わないかい?」 「いいですよ」 「内容はエオが自由に選んで良いからさ」 「いいですよ。待ち合わせ場所はギルド前で時間は・・・」 「10時頃で良いかな」 「はい。わかりました」 そういうと立ち上がって二つの空のコップを手に台所へ向かうエオ。 「僕がやるから」 「いえ、やらせてください」 一瞬の間をあけフェイドが口を開いた。 「一緒にやろうか」 「そうですね」 そうして二人はカップと皿を片付け始めた。

「おはよう、エオ」 「おはようございます」 二人が顔を合わせたのは10時少し前のことだった。

ギルドの中に入ると既にエオが手続きを済ませていたので依頼人の姿が見えた。 「昨日は失礼しました」 詫びの言葉から始めたこの依頼人はアリシア・バズという名前だ。 エオが昨日、請け負った依頼は彼女のものだった。 今回の依頼内容を確認し地上へ降りる。 アリシアの手には氷杖ダゴンが握られていた。 「エオが攻撃で僕がサポートするよ」 「無茶しないでくださいね」 「無茶も無理もしないさ」 フェイドがシフタとデバントを三人はかけレーザーフェンスをくぐった。 セーフティが働いていることを示す赤い光が奥にあるゲートの上に見える。 亀のような体をしたエネミー『バートル』が地中から現れた。 雄叫びを上げると同時に青と赤の光の粒子に体が包まれた。 「補助テクはかけた」 「行きます」 ファイナルインパクトが火を吹きバートルの群れに着弾する。 数十秒後、エネミーの残した染みが一面に広がっていた。 「・・・呆気ないものだね」 フェイドは端末の画面を眺めながら言った。

今日は全体的に異常フォトンの濃度が高くエリア1から2まですべてVH以上のようだ。 「アリシアさん、大丈夫ですか?」 この光景にショックを受けたのか顔色が悪い。 「ええ、大丈夫です」 「先へ行こうか」 三人は次のエリアに向かい歩き始めた。

地面に大きな影が映り巨体がエオ目がけ降って来た。 衝撃をシールドと全身で吸収しL&K14コンバットのトリガーを引いた。 その間にジェルンとザルアがかかりヒルデルトの攻撃力と防御力は下がる。

フォトンの弾丸はヒルデルトの分厚い皮膚を貫きその巨体は断末魔の叫びと共に崩れて行った。 「大丈夫ですか?」 倒れているアリシアに手を差し伸べながら言った。 「はい、ありがとうございます」 空を見上げながら誰とも無くフェイドは呟いた。 「こんな凶暴じゃなかったのにな・・・」 そのまま歩き続けると三人は小さな部屋に入った。 「あ、あれ。あそこにいるの子供ですよ」 ひどく衰弱しているように見える。 「近づくかい?」 フェイドの問いに頷き杖をしまった。 それに習いエオとフェイドも武器を外しゆっくりと近づいて行った。

アリシアが優しく手を伸ばし触れようとしたところで空高く飛び上がり枝を伝い姿を消した。 「子供でもすごいですね・・・あ、消えた」 足取りを追っていたらしいが範囲外に消えたようだ。 「逃げちゃいましたね」 「人に対する警戒心は強いようだ」 「さっきの子供はあっちの方向のようです」 「確か気象端末が置いてあったか・・・」

「なんとかして操作できませんか?パイオニア1のデータと照らし合わせてみたいんです」 二人に断る理由は無い。 数分後、三人は気象端末の前に立っていた。 「コントロールパネルは大丈夫のようですね」 エオの言葉に頷くとフェイドは腕の端末と気象端末を接続した。 「すべてのログはあの時間で止まったままらしい」 フェイドの手は休む事なく動き続ける。 「メインコンピュータへ接続するのは無理か・・・」 腕を組むとフェイドは唸った。 「ちょっと良いですか?」 「ああ」

エオが慣れた手つきでキーボードをたたき始めるとディスプレイを文字が滝のように流れて行く。 ぴたりとその流れが止まり『CONNECT』の文字が表示された。 「どこに繋がった?」 「環境観測施設のデータベースです」 エオは端末に拡大表示させてアリシアに見せた。 フェイドも横から覗き込んだ。 日付入りで色々な人が記録しているようだ。 最初の欄にはヒルデベアを発見した時の様子が書き込まれている。

大型の哺乳類を発見、名前をヒルデベアとする。

体はとても大きく攻撃能力は高いと推定されるが性格は極めておとなしく攻撃されることはほとんど無い。 生態にコーラルの生物と類似点が見られるのは興味深い。

「・・・」 三人は沈黙のまま次の記録に目を通す。

ヒルデベアと姿は似ているが攻撃的な個体を発見しました。

持ち前の脚力で間合いを一気に詰めて(すごいジャンプです)殴りかかってきました。 ライフルで応戦しましたがかなり堅いです。 名前はヒルデルトになるそうです。 最近、森の様子が変なのですが原因はこれの存在かもしれません。

ヒルデベアを含む原生生物の大半が凶暴化してきた。

セントラルドームでの待機命令がでたのでこれが最後の記録となるかも知れない。 今日であったものはメギドをぶっ放してきやがった・・・!! 側にいたグルグスを直撃しグルグスは死んだ。 一体、この星に何が起こっているって言うんだよ・・・。 ラボはヒルデトゥールと名付けたようだ。 希少種だからそう遭うことは無いだろう。

「最初はおとなしかったんですね」 何かに気が付いたのかエオは小さな声を上げた。

「さっきの子供の位置が分かりました。ドーム前の広場に繋がる転送装置のある場所です」 「ここかな」 自分の端末に映し出されているマップを指さしながら尋ねた。 「そうです。どうしますか?」 「行きましょう」 途中、ヒルデルト二頭に挟まれたがそれを退けながら先を急いだ。 その間にアリシアはヒルデルトの遺伝子を解析し結果を出した。 「これがこの惑星の真実・・・」 言葉を失い立ち尽くすアリシアの端末にはその結果が表示されていた。 「後天的に書き換えられた跡・・・?」 「僕にはさっぱり」 苦笑いしながらフェイドは解析結果を覗き込む。 二重螺旋状のDNAが二つ並べてあり相違点がまとめてある。

「生命体としては異常な構造なんです。しかも、後天的に変化させられたような・・・」 フェイドはアリシアの言葉になんとなく頭を振るしか無かった。 エオはわかっているようだ。 そういえば遺伝子工学関連の文献を眺めているエオを見たことがある。 その時の知識を活かしているのだろう。 「あの扉の向こうですね」 アリシアが確認するように扉を指さした。 安全装置の作動を示す明かりは消え三人が近づくと扉は静かに開いた。 「この部屋の奥です。・・・危ないっ」 鈍い衝撃音に驚きながら顔をあげるとヒルデルトが行く手を遮っていた。 「違う。ヒルデルトじゃない・・・まさか」 「ヒルデトゥールだって!?」 フリーズトラップが作動しヒルデトゥールは動きを封じられた。 L&K14コンバットがフォトンの弾丸を連続で放ち命中する。 堅い・・・、エオは焦り始めた。

いくら補助テクニックがかかっているとは言えメギドが直撃すればひとたまりも無い。

動力源であるフォトンエネルギーがゼロになることはメモリ消失の危険性がある。 それはアンドロイドにとって記憶と人格の消滅を意味する。 効果終了まで後、0.2 0.1・・・駄目、間に合わない。 凍結が解けヒルデトゥールが顔を天を仰いだ。

握り締めている機関銃は絶えることなくフォトンの弾丸を撃ち続けているが効果が無い。

突然、ヒルデトゥールの体が光に包まれ吹き飛びそのまま力無く地面に崩れて消えていった。 「大丈夫かい」 「はい。・・・グランツ、ですか」 「レベルは低いが効果はあったようだな」 フェイドはふうっと息を吐き出した。 エオもすっと力が抜けていくのを感じた。

子供のヒルデベアはとても衰弱していた。 三人が近づいても逃げようとしなかった。 「今のこの惑星の環境はこの子はにはかわいそう」 手を伸ばしたいが何かに阻まれているようだ。 振り返りエオたちを見ながらアリシアは言った。 「この子をパイオニア2に連れていくと言ったら・・・どう思われます?」 突然の問いに二人は顔を見合わせ考えた。 結論がでるまでそう時間はかからなかった。 「わたしは・・・そのままにした方が良いと思います」 「僕もその意見に賛成するよ」 二人の言葉に頷きアリシアは呟いた。 「この子・・・やっぱりここに残していった方がいいのよ」 しばらくアリシアはヒルデベアの子供を眺めていた。 「戻りましょう。パイオニア2へ」

アリシアのリューカーで三人はパイオニア2へ戻るとアリシアは礼を言うと雑踏に消えた。 ギルドで報酬を受け取った後もエオとフェイドは暗いままだった。

何か話そうと思っても口は動かず足だけが動いて気が付くと二人は人気の無い区画に迷い込んでいた。 二人はそろって顔を上げると目に飛び込んできたのはラグオルだった。 足を止め先程までいた惑星を見ていると横で紫の煙が舞った。 相変わらずまずい、と苦笑いしながら煙を吐き出す。 「あれで本当によかったのか・・・わからない」 フェイドの気持ちを表すかのように煙は消える事なく天井近くを漂う。 「でもマニュアル通りの対応です」

「小鳥がケガをしていて地面に落ちていた。これを連れ帰り治療するのはよくない。何故なら戻した際に親が人の匂いに警戒して育て無いから・・・」 「理屈はそうだけど心では理解できない、ですか」 「そういうことになるかな」 「冷たい考えかも知れません。だけどあれで良かったんです、きっと」 「そう、思いたいね」 フェイドはタバコの火を消すと携帯していた灰皿の中にほうり込んだ。 「相変わらずまずいタバコだ」 「だったら止めれば良いのに」 「まずいから吸うんだよ。別に依存症というわけじゃない」 「?」

「適当なストレスを与えてパフォーマンス向上を図る。ちょっとしたおまじないのようなものだ」 「おまじないですか?」 意外と子供も染みたことを考えているとエオは思った。 「嘘。本当は戒めの要素が強い。そのことを忘れないように・・・」 「そういうことですか」 かすかに笑いながらエオは言った。 「何かおかしいことでも言ったかい?」 「いいえ、なんでもありません」 「なんでもないならどうして笑うのさ」 「本当になんでもありませんよ」 笑いながらエオは歩きだした。 その背中を追いかけるようにフェイドも歩きだす。 「あ、ちょっと待て。逃げるな」 「逃げてませんよ」 「走っているじゃないかっ」 先程までの暗い気分はいつの間にか収まっていた。 ここで悩んでも仕方ない。 現実は現実で等身大のまま受け止めよう。 エオはそう思った。 そしてこのことも気持ちも忘れないでいようとも思った。

前へ / 次へ / 惑星ラグオル彷徨記インデックスに戻る