Feathery Instrument

Fine Lagusaz

4th SS

相変わらず賑やかな溜まり場に入るとゼブリナたちはいつもの席へ向かった。 「よぅ・・・?」 ゼブリナはあることに気が付いた。 「ジムがいない・・・」 「ラピレやっているんじゃないか?」 ゼロの言葉にゼブリナはため息交じりに頷いた。 ホロキーボードを叩きジム宛のメールを送信する。 送信中の文字が消え送信終了といつもならなるのだが今回は違った。 「ネットワーク接続エラーのため送信不能・・・?」 エオがメッセージを読み上げその場の四人は顔を見合わせた。 「そういえばネットトラフィックが増加しているそうですよ」 前に読んだあの記事が関係しているのかな。 ラボの人と話せれば何か分かるかもしれないとエオは思った。 「何が原因なんだかな・・・お、メールだ」 ゼブリナに届いたメールを全員で覗き込む。 本文を開いたところでまた驚いた。 「今度は文字化け・・・」 ルーフが呆れながら言った。 「珍しいこともあるんですねぇ」 「感心してる場合じゃないだろ。なんとなく読めるな・・・」 差出人はジムだ。 本文の半分位は文字化けしているがかろうじて意味が理解できる。 「迎えに行って来るか」 入り口に向かって歩き始めるゼブリナの後ろをエオは追いかけた。 「別に俺一人で良いんだぞ」 「どんな人なのか気になりますから」 「ヒューキャスト、アンドロイドだな」 「あ、そうなんですか」 「それでもって背がとても高い。すぐにわかるはずだ」 ・ ・ ・ ・ 「すごい人の数ですねぇ」 きょろきょろしながら場内を見回すエオ。 男女、職業問わずさまざまな人がいるようだ。 一人だけ飛び抜けて背の高いアンドロイドが見える。 ちょうど券を買おうとしているところらしい。 「あの人ですか?」 「お、そうそう。あいつだ」

ラッピーレース、通称ラピレ。

パイオニア2において公認されているギャンブルのひとつでラッピーの可愛さもあり賭け事好きだけではなくラッピー好きまで集まっている。 本物のラッピーではなくAIで再現したホログラフィのラッピーだ。 AIはラボのもので稼働試験を兼ねているという話もある。

ジムに近寄ろうと数歩進んだところでエオは小さな声を上げ立ち止まった。 「ん、どうした?」 「額のところに9がいくつも並んでます」 目を凝らしてもゼブリナには数字が読めない。 「マジか?」 「マジです」 「さすがにそれはやばいだろ。止めないと」 走りだそうとするゼブリナをエオの細い腕が掴んだ。 「もう、無理です」 「ん」 ジムはすでに購入ボタンを押していた。 「おい、そこの黒いのっ!!」 ゆっくりと振返った黒いヒューキャスト。 「お、ゼブリナ。どうした?」 「なかなか来ないから迎えに来たんだ」 「このレースだけ待ってくれ」 背の高いジムが両手を合わせ頭を下げる。 「仕方ないな。ところでどれに賭けたんだ」 「あれ」 「あー・・・あれか」

ゼブリナの指さすところには最近、調子の良いらしいラッピーの名前があった。 「いいや、その下」 「その下?」 その一つ下を指さして見るがまた首を横に振られる。 「ハルラララ、ですか?」 「ご名答・・・ってこいつ誰。ゼブリナの子供か?」 目にも留まらぬ速度でゼブリナはジムにラリアットをかました。 金属に骨がぶつかる音がしてゼブリナは痛みに悶えながら叫ぶ。 「どうやったら人からアンドロイドが生まれるんだよっ!!」 「あ、よく見たらレイキャシじゃないか」 「よく見なくてもレイキャシールだろう・・・」 エオとジムが沈黙しながらじっと互いを見つめている。 アンドロイド独自の方法で情報交換でもしているのだろうか? 「小さっ!!」 「でかっ!!」 「あー、期待した俺がばかだった」 せりふの最後の方は歓声にかき消され聞き取れなかった。 レースが始まったのだ。 鮮やかな黄色のラグラッピーが砂煙を舞い上げながらひたすら駆ける。 「いつも見ている光景ですね」 「ああ、だな。賭けとなると変わるらしいが」 地上で何度か見かけたことのあるハンターズの姿もちらほら見える。

エネミー狩りするなり依頼を請け負うなりして稼いだ方がはやいとゼブリナは思った。 「ハルラララって勝ったことがないようです」 「ぇ」 ゼブリナは端末のホロディスプレイを覗き込んだ。 負けを示す印が延々と続いている。 「なんかのバグか?」 「ではないようですね」 「負けても走り続ける姿が健気で可愛い?」 ゼブリナが怪訝な顔をしながらコメントを読み上げた。 「そう言われればそうですね」 話をしている間にラッピーたちは最終コーナーまで進んでいた。 問題のハルラララは最後尾で激しいわけでもない攻防戦を繰り広げている。 「一位はハヤテってラッピーみたいです」 「見事に外したな」 「あー、勝つと思ったのに」 ジムの言葉に唖然とする二人。 「なあ、ジム。ラピレは何回くらい来てるんだ?」 「週に一回か二回ぐらい」 「ハルラララのことぐらいは知っているよな?」 「ああ、何度も勝ったことがある優秀なラッピーだろ」 「一度も勝ったことのないラッピーらしいですけど・・・」 「へぇ、それは知らなかった。全財産すっちまったよ」 言葉も何も失い二人は立ち尽くした。 「さてと溜まり場行こうか」 「大丈夫なんですか?」 「心配しなくても良いよ。ゼブリナ、行こうぜ」 「ああ」

再び溜まり場に戻りルーフの元へ駆け寄った。 「っとジム連れて来たぜ。ゼロは?」 「お疲れさま。ゼロはラボへ行ったよ」 「あいつも大変だな。とりあえずこれでメンバーは揃ったか」 ゼブリナは腰を下ろすとエオに座るよう促した。 静かにエオも席に着いた。 「ゼブリナさんとルーフさん、ジムさんの三人ですか?」 「ゼロは助っ人なんだ。固定メンバーとしてエオを加えたい」 「わたしは歓迎するよ」 「俺も構わない。ただ・・・」 「ん、どうした?」 「名前も知らない奴とは組めない」 レース場でのギャップに戸惑いながらエオは話し出した。

「自己紹介がまだでしたよね。エオ・ラグズフィアといいます。レンジャーです」 ジムの端末と個人情報を交換した。 エオの経歴を読んだようだがさほど驚いたわけでも無いようだ。 ジムの過去は凄まじいものでエオは驚いた顔でジムを見てしまった。 「ジムだ。見ての通り、ハンターをやってる。よろしく頼む」 「こちらこそよろしくお願いします」 ゼブリナがすっと立ち上がり呼吸を整えた。 それに続いてルーフとジムが立ち上がる。 エオ立とうとするがジムに頭を押さえられてできなかった。 『ようこそ、スプリングストームへっ!!』 ゼブリナがエオに手を差し出すと二人も手を伸ばした。 そして四人の手が重なった。 「それでは今夜は歓迎会ということで七時にF-47へ集合ね」 「ジムの部屋だぞ。良いのか?」 「構わん。そこそこ広いからどかーんと来い」 笑いながらジムは位置情報をエオの端末に転送した。 エオの部屋から二階ほど上の区画にあるようだ。 端末の画面右上に未読メールを示すアイコンが表示されている。

「あ、ディスさんからメールです。・・・マグが治ったので取りに来てほしい、か。ちょっと行って来ます」 出て行こうとするエオをルーフが呼び止めた。 「エオー、この後さマグの慣らしも兼ねて坑道散策しようよ」 「今日は異常フォトンの濃度が高いな。腕慣らしにはいいだろう」 「そんで良い大剣でれば最高だな」 「慣らしにはちょうど良いでしょうし・・・行きます」 「先に降りて待ってるからね」 「わかりました」 エオは急ぎ足でディスのところへ向かった。 渡されたカーマは外装が再生され進化直後同様の輝きを放っている。 素直にエオは感動していた。

“ただいま、マスター” “おかえり、カーマ”

「ありがとうございます。すごいです・・・」

「わたしの技術なんかたかが知れているさ。ちゃんと大切に接してやるんだ、いいな?」 「はい」 「また何かあったらおいで。何も無くても客は歓迎だ」 「それでは」 エオが見えなくなるとディスは小さく溜息をついた。

マグのAIの記憶領域を解析時に覗いてしまったがあの爆発の恐ろしい状況が記憶されていたのだ。 覗くのではなかったと悔やんでも仕方がない。 ディスが驚いたのはマグの性能だけではなく装備者であるエオのAIもだ。

マグは装備者とシンクロすることにより装備者の能力を高める生体防具でハンターズになると配給される。

そしてマグには装備者を認識するようにできていて装備した際に装備者の情報を記録する。

有機物である人間(ニューマンも含む)と無機物であるアンドロイドでは記録の内容が違う。

その特徴はしっかりと覚えていたディスだったがエオのマグを見た時、エオが人間ではないかと錯覚した。 記録内容が限りなく人間に近いのだ。 恐らくAIの構造が通常のアンドロイドのそれとは根本的に違うのだろう。 人の脳と同じ構造のAIらしい。 そしてエオのAIの性能は最新のアンドロイド用AIを軽く凌駕する。 さらにこのAIはマグのAIと似ている部分がいくつか存在している。 「拡張エモーショナルAI・・・フェイドだな」 天を仰ぐとディスはディスプレイを閉じた。

-坑道エリア1- Irregular Photon Level VH

思い思いの武器を手にしているゼブリナたちとエオが合流したのは数十分後だった。 「意外とはやかったな」 「あまり話もしてませんでしたから。あの・・・坑道は初めてなんです」 「エネミーの特長さえ掴めれば大丈夫さ。フォローはする」 ゼブリナが胸を叩きながら言った。 「わたしに補助テクは任せてくれれば大丈夫」 「前衛は俺とゼブリナで抑える」 ラストサバイバーを掲げながらジムが言う。 「それぞれの得意を活かせばいいだけ、ですね」 転送装置のある部屋を抜けると広い部屋に出た。 作業機材なども見ることができる。 「今のところは反応なし、か」 レーダーには一つも点が見られない。 「先に誰か来てエネミー狩りでもしたんじゃないか」

「坑道の警備システムだし生産ラインは今でも生産し続けているってウワサだよ」 「あ、反応が出ました。接触まで距離200です」 赤と青の光がエオたちを包んだ。 「グッジョブ」 親指を立てたジムをせかすようにゼブリナは叫んだ。 「そら、お出でなさった」 列をなして金属の体を持ったエネミー『ギルチック』が現れた。

その列の中をゼブリナとジムが泳ぐように抜けて行きそれぞれの武器でなぎ払う。

吹っ飛ばされ床に転がるとすかさずラゾンテとフォトン弾がたたき込まれ破壊された。 「エオは戦い慣れしてるんだな」 「ありがとうございます。・・・まだ来ます。このパターンはカナバインです」 空中にフォーメーションを組んで緑の機械が飛んでいる。 その中心には指示を出しているカナンがいた。

ルーフのラフォイエが炸裂し落ちて来たところにジムの冷凍機雷が起爆して動きが止まった。

ゼブリナの冷気を帯びたフォトンの刃が装甲を切り裂くが止めを刺す前に動き出した。 「やべ、凍結終了かよ」 「叩き落とすぞ」 エオのクラッシュパレットが高速で移動するカナディンたちを捉えた。 フォトン弾とギゾンテの集中砲火を浴びてカナディンの群れは消滅した。 「この調子で行きましょう」 『おーっ!!』

エリアのあちらこちらに設置されている回復装置、通称『温泉』 緑色の湯気のようにナノマシンが漂っていることから温泉と呼ばれている。 「ふぅ、長い戦闘の後に入ると落ち着くわ」 「年寄りみたいなこと言うなよ」 「かなりトラップ消費しちゃいました」 「異常フォトン濃度が高すぎだ。俺らには厳しすぎたねぇ」 ジムの言葉に四人はため息をついた。 場所は坑道エリア2、フォトン濃度はUlt・・・ 「テレパイプもリューカーも使えないなんてな」 端末経由でテレパイプやリューカーを選択しても反応が無い。

普段はスーツにある皮膚電極を使い脳波を感知して武器やテクニックを選択できる。

万が一、それが故障した場合に備え端末からもできるようになっているが全く使えないのだ。 「緊急転送装置も駄目みたい」 「ジャミングされているようですね」 エオは坑道のデータベースに強制アクセスしているらしい。 ディスプレイには技術者しかわからにような文字が並んでいる。 「さっき戻れたのは運がよかったかなぁ」 苦笑いしながらルーフは言った。 「今から引き返すとしても途中でアイテムが切れる可能性もある」 「ジャミングの範囲がわからないので闇雲に動くのは危ないですよ」 端末を操作しながらエオは続ける。 「この近くにジャミングされてない区画があります。そこから行きましょう」 「それじゃそこに行くしかねぇな」 「決まった、行こう」 幸い、エネミーに遭遇する事なくその区画にたどり着くことができた。 向こう側には大型の転送装置が見える。 「あれがモニタールームへつながっている転送装置ですか?」 「ああ、いつもなら軽く殴り込みに行くところだけどさすがにな」 ルーフがリューカーを貼りながら二人をせかした。 「二人ともーはやくー」 「おう。ん、どうした?」 「いえ・・・扉のそばに人がいた気が・・・」 「見えないのか?」 「ただのノイズかも知れませんね」 システムには一切の問題は見られず緑のアイコンが点灯していた。 二人が入ると光の中に四人の姿は消えた。

「あー、死ぬかと思った」 「ほんと危ないところだったねー」

黒いヒューキャストの奇怪な運動を眺めながら紫のヒューマーと黄色のフォニュエールが話をしている。 恐らく慣らしか何かなのだろうがやたらと目立っている。 下に降りてエネミー狩りでもやっていたのだろうとフォーマーは思った。 データディスクも渡せたけど問題はこれからどうなるのか・・・。 自分には全く見当がつかないなとホログラムの夕焼けを見上げた。 「お待たせしました。アイテム整理終わりました」

聞き覚えのある声に先程のパーティを振り返ると黒いレイキャシールが駆け寄っていた。 「え、エオ!?」 驚きの声を上げると黒いレイキャシールも気づいたらしい。 「フェイド・・・?」

エオの周りにいた三人は互いに不思議そうな顔をしてフェイドたちのやりとりを見ている。 「本当にフェイドなんですか?」 「そうだよ。そういうエオこそ本当にエオなのか?」 「はい・・・エオです。無事で良かった・・・本当に・・・」 エオの頬を涙が伝う。 そのまますっと流れ落ちるとポロポロと続いて床に染みを作った。 「また生きて会えて嬉しいよ。本当につらい思いをさせたね。ごめん」 「どうして謝るんですか・・・」 「言葉のままだよ」 エオの肩に手を乗せてフェイドは優しく言った。

ゼブリナたちには良く聞き取れなかったが何か話した後、エオはくるりとまわってフェイドを紹介した。

パイオニア1で一緒に研究していたとエオが話すとゼブリナたちは驚いていた。

フェイドも一緒にいいですか、というエオの問いにゼブリナたちは快く返事をしてくれた。

コンロなどそれぞれ道具や材料などをジムの部屋に持ち込んだ。 ジムの部屋もアンドロイドのハンターズ仕様なのだがエオのと比べ広い。 そして見慣れない機械がいくつかある。 「・・・?」 「それ試し斬りの的なんだ」

エオが不思議そうにその機械を見ていると後ろで準備をしているジムの声がした。 「的、ですか?」 「切れ味試すためにわざわざラグオル行くのもたりぃし」 これ自体を斬るわけではないらしい。 その証拠に刃の跡が一つもなく滑らかな表面は輝いている。 「小型のVRシステムか・・・。良く入手できたね」 「年代物で拾い物だからいつぶっ壊れることやら」 「後でいいから触らしてもらえないか?ちょっと興味があるんだ」

「別に構わないぜ。あんたがフォースじゃなきゃラストサバイバーも貸したところなんだが・・・残念だ」 「職業変えしたら貸してくれよ」 笑いながらフェイドは言った。 エオはまわりの反応を見て一安心していた。

フェイド自身もこの雰囲気が嫌いでもないようだしゼブリナたちもフェイドを嫌っているようでもない。 ただ何処か警戒している面はあるようだがそれは仕方がないだろう。 「ねぇ。フェイドは何を研究していたの?」 「AIが専門だ。エオのAIは僕が作ったんだ」 「ほかの部分は他の人が?」 「ああ、あちこちの研究仲間が自分たちの得意とする部分を作ってね・・・」 フェイドの顔がふと暗くなった。 「フェイド?」 エオの呼びかけにはっとしてさっきの柔らかい顔に戻った。

「暗い話は後にしようか。今日はエオがゼブリナ君たちのパーティに入る日だからね」

準備もほとんど終わりそうになっていた。 エオはジムの的を借りてひたすらトリガーを引いていた。 的が出現した側から撃抜いて行く。

これだと僕はエオの足手まといにしかなりそうだとフェイドは苦笑しながら見ていた。 「よぅ」 軽いあいさつをしながらゼロが入って来た。 後ろには青い空色のハンターズスーツの少年と少女が続いていた。 「SS参加おめでとう、エオ」 「あいがとうございます」 エオはゼロに少し頭を下げ礼を述べた。 「初めましてエオさん。ゼロの弟のスカイリーです」 「フェイです。よろしくね」 フェイドはゼロを見ていた。

パイオニア1の記録の入っているデータディスクをラボに届けたがその時にゼロとすれ違っていた。 どこか常人とは違う雰囲気が印象に残っている。 ゼロから目を逸らすとフェイと名乗った少女が見えた。 青いハンターズスーツ、青く長い髪は見覚えがある。 「もしかしてあのフェイさんかい?」 「あ、おじさん?」 「あの時は本当にありがとう。おかげで助かったよ」 「良いの。おじさんだって倒れてる人みたら助けるでしょ」 「まぁ、確かにそうだね」 フェイが離れるとすぐゼロが話しかけてきた。 「見慣れない顔だな」 「フェイドだ。フォーマーをやっている」 「ゼロだ。よろしくな」 フェイドは差し出された手を握り返すと同時にギルドカードも交換した。 互いに端末の画面で確認する。 スクロールさせながらゼロの経歴を読んでいると視線を感じた。 顔を見上げるとゼロの顔があった。 「あんたもか?」 「・・・エオと同じところで働いていたよ」 「あのディスクはそこでか?」 「そうなるね。ある程度の書き換えはしたけど」

フェイドはエネミーに関する情報だけ抜き出し簡単な考察を加えたものを渡していた。 「安心しろ、チーフには何も言わない」 「ありがとう。それにしても互いに大変そうだね」 「ん?」 「なんでもないよ。準備も出来たようだしそろそろ始まりそうだ」 気が付くと部屋には料理の良い香りが漂っていた。 材料の一部はラグオルで調達してきている。

野生している植物や一部の生物には例の異常が見られないので物好きなハンターズが採取している。 その物好きなハンターズのうちにはSSのメンバーも含まれていた。 乾杯の音頭はゼブリナが取ることになった。 「エオのスプリングストーム参加を祝って乾杯っ!!」 『かんぱーいっ!!』 グラスが重なり合い心地よい音を立てた。 エオのグラスにもお茶が入れられている。 さすがにエオが人間そっくりに作られていても飲むことは無いだろう。 そう思いながらゼブリナは料理を口に運んでいた。 「このお茶はなんでしょうか?」 「独自のブレンドかも知れない。飲めばわかるよ」 「そうですね」 フェイドと同じようにエオもグラスを口に近づけ・・・飲んだ。 「今・・・エオも飲まなかったか?」 「あ、はい。おいしいです」 「んー、何茶だがさっぱりわからない」 アンドロイドは食物を摂取することは不可能なはずだ。 ゼブリナの中で常識という言葉が壊れかけている。 フリーズしているゼブリナの肩をジムが叩いた。 「世の中、いろんなアンドロイドがいるもんだ」 「まぁ、そうだな」 細かいことは気にしないことにしよう。 「あ、エオ。それ取ってくれない?」 「はい、ルーフさん」 エオは手前にある小皿を手渡した。 「ありがと。おいしい?」 「はい、皆さん料理が上手なんですね」 春巻きを小皿に盛りながらエオは言った。 「ちなみにそれはゼブリナが作ったんだよ」 「レシピはゼロから教えてもらった。あいつのうちは男が料理担当なんだ」 頷きながら春巻きを口の中に運ぶ。 なかなかの味で今度、ゼロにレシピを教えてもらおうとエオは思った。

「母親もゼロの妹も料理がダメなんだって。前にラボへ持ち込んだ時は致死量の毒が検出されたとか」 「止めろ、思い出しただけでも寒気がする。・・・すまない、父さん」

「今日は頑張って生き延びるって・・・。最期の最期まで俺らのこと気遣ってくれるなんて・・・」 どんよりとした空気がゼロとスカイリー周辺に漂い始めた。 「な、なあ、そんなに酷い料理じゃないんだろう?」 「ゼブリナは食ったことが無いからそんなことが言えるんだよ」 「兄さんの言う通り、食べればわかるさ・・・ね・・・ウケケケ」 「うす気味笑い上げてるけどいつものことだから気にしないでね、二人とも」 汗のアイコンがちらつきそうな顔でルーフは言った。 「どんな料理なのか興味はあるけどね」 フェイドがエオを見ながら言ったのでエオはびくっとして箸を止めた。 「まさか・・・」 にこにこしながらフェイドはエオを見続けている。 まさかわたしを人柱にするつもりですかなんて口が裂けても言えない。

「極めて高い腐食性を有するため生物、無生物にかかわらずダメージを与える・・・」 何処から取り出したのかレポートを読み上げるルーフ。 「それなら彼らがここまで壊れるのもわかるよ」 「どう調理したらそうなるんでしょうか?」 「わたしも少し気になるかな」 「そういえばエオも料理べただったね」 思い出したようにフェイドは言った。 「う」 エオにとってはあまり思い出して欲しくなかったことらしい。 「エオも料理がダメだったのか?」 「最初のころだけですよ」 「アンドロイドなら最初から出来るのが普通じゃないか?」

「基本的な言語と運動はあらかじめ記憶させておいたけどそれ以外は僕らが教えたんだ」 「なかなかぜんぶ覚えられなくって苦労しました」 エオは恥ずかしそうに笑った。 「繰り返して練習して・・・気が付けば教えた僕より上だし」 「フェイドも料理できるのか?」 「ある程度は、ね。ゼブリナ君は?」 「荒っぽいものだけならな。それから呼び捨てで構わない」 「男の料理って奴かい」 「まあ、そんな感じだな」 そんな他愛もない会話が続き時間は過ぎていった。 エオたちが解散したのは日付が変わってからだった。 ・ ・ ・ 「フェイド」 「なんだい?」 フェイドとエオは人気の途絶えた道を肩を並べて歩いていた。 等間隔で設置された照明が二人の顔を照らしていた。 「これからどうするつもりなんですか?」 「一人のフォーマーとしてラグオルに降りるつもりだよ」 「何が起こっているか調べるため、ですね」 「エオはゼブリナたちと一緒に行動するつもりなんだろう?」 「そのつもりです」 「それからこれ。例の部屋から持って来た」 エオは差し出されたディスクを受け取りながら尋ねる。 「もしかして・・・」 「中身はその目で確かめてほしい」 「わかりました」 二人は転送装置の前で立ち止まった。 「僕は居住区画のH-14なんだ」 「わたしはL-04です」 「そっか。それじゃ、おやすみ」 「あ、はい。おやすみさない」 フェイドは転送装置に入るとエオの方を振り返った。 そしてその姿は光の向こうへ消えた。 彼が生きていた。 自分はまだ彼の生きている証しとして存在することができる。 そのことがとても嬉しくエオは感じられた。 エオは自室に戻るとネット端末の前に座りこれからのことを考えていた。 渡されたディスクがディスプレイを映し出している。 「・・・」 ド演奏会にディスクを挿入しフォルダを開いた。 適当なファイルを選択し開くと何かのデータが表示された。 そのデータには見覚えがあった。 以前見た時と違うのは詳細な情報が追加されていることだ。 「そんな・・・」 パイオニア計画は移民計画ではなかった。 裏には何か巨大な別の計画が見えかくれしている。

その計画が機械から生命まで幅広い分野まで関わっていることはわかったが肝心な部分が抜けていた。 実験の方法、内容、結果は揃っているが何のためにやったのかが無いのだ。 フェイドが自分の足で調べることにしたのも頷けた。 「これからはもっと忙しくなるかな」 そう言ったエオの口元には微かな笑みがあった。

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