Feathery Instrument

Fine Lagusaz

10th 心のかたち

報酬は君のもの、か。 ディスクの中身を解析しつつ色とりどりの床を進む。 暗号キーなのは間違いないんだけどな。 思いの外プロテクトが堅く依頼人はフェイドに中身を見せる気はないらしい。 「ま、そんなものかな」

端末から自室のコンピュータを呼び出し解析をはじめるとあっさり中身が見えた。 そんなものかな、と再び呟いた。 トラップの爆風に顔を背け隔壁をくぐり抜ける。

宙を滑るような高さで迫ってくるダブチッチを炎の壁で動きを止めジェルンとザルアを唱える。 ソウルイーターが機械の身体を刻みパーツを切断する。

さすがに力押しはできないな、と自分の能力を確かめつつ目的の場所に向けて走る。

数度の交戦を繰り返し辿り着いた狭い部屋には大きめの端末が設置してあった。

ディスクを挿入するとプログラムが勝手に起動し必要なデータの転送を始めた。

アクセスされた日時をリストアップすると数時間ほど前にこの端末を操作したようだ。 坑道にはパイオニア1ラボの残した情報が腐るほど存在する。 宝探しをする人間も同じぐらいいるのか、いや、僕もそうか、と苦笑い。 転送している間に何かないかキーボードを叩き探す、 「整ったネットだ・・・」 これだけの情報網なら大規模なデータのやりとりもスムーズに行えるだろう。 例の爆発までは使われていたようだが、 「誰かがいるのか?」 いくつかの代理サーバを仲介してパイオニア2と通信した形跡がある。 発信場所は坑道のエリア1のとある部屋だ。 自分やエオのような生存者がいるのかもしれない。 体力に限界を感じるからこれ以上、一人での突撃するのは無謀な行為だろう。 一度、戻らないことには始まらない。 急いで部屋をでると機械音が耳に届き次に青い光で視界が満たされた。

「あまり良い依頼がないなぁ」

ため息交じりで紫のハンターズスーツに身を包んだゼブリナがギルドの受付にあるパネルを操作していた。 それを横から覗き込む黒のレイキャシールと黄色いフォニュエール。 「前なんか黒いフェイクとかいってデルセイバーの群れに囲まれたんだぜ」 魂の抜けかかった表情のゼブリナにエオは同情した。 想像を絶する地獄を見たのだろう。 「エオはフェイドと一緒じゃなかったの?」 「いえ、今日はちょっと大切な依頼があるので一人で行くそうです」 「珍しいな。いつもエオと一緒だと思っていたが」

「一人でいたいときもありますよ。・・・わたしが何かしていなければいいのですが」 「そう自分を責めちゃダメだよ」 うんうんとゼブリナが頷いたが、 「たまには自分が人に迷惑をかけていると考えるのも大切だ」 「それは誰に対する言葉?」 ルーフの問いをさらりと流しゼブリナはある依頼を請け負うことにした。 決定の文字を叩くと依頼人の呼び出し画面に切り替わった。 「そういや、あの馬鹿とスカイリーはどうなった?」

「二人とも元気です。この前はツインブランドを取って来て貰ってしまいました」 「ほう、あの両刃剣を手に入れたのか」 威力もそこそこ高くあの形状から欲しがっている人間は多い。 「扱いやすくて良い剣です」 そこへ依頼人のエリ・パーソンが姿を現した。

詳しい話を聞いて、自分たちがパイオニア2やラグオルで探す、という流れになるだろう、とエオたちは考えていた。 だから、エリの取った行動はとても衝撃的であった。 話を聞いてこれは下に降りるしかないとわかりギルドの外に出た。 ゼブリナは振り返り役割のチェックをしようとした。 そこで後ろにいるメールを送っているエリに気が付いた。

メールの相手であるカルスという名前をエオは何処かで聞いたはずだが思い出せなかった。 「一緒に降りるつもりですか?」 エオが尋ねると少し困った笑顔を浮かべ、 「そのつもり、でしたけど」 ゼブリナがエリの腕を引っ張り見張りの兵士から離れる。 「あのな、捕まるぞ」 「でも私だって彼を探したいんです」

真剣な目で見られてしまうとゼブリナは危ないからついてくるな、と言えなくなってしまった。 「ルーフ、その服の予備はあるか?」 「まさか・・・ゼブリナにそんな趣味が」 「ねぇよっ!!この依頼人に貸して一緒に降りるんだ」 「IDはどうするつもりですか?」 「あ・・・」 頭を抱え悩むゼブリナの背中に寄りかかりルーフも考える。

降りた方が良いですよ、とエオは言おうと思ったがやめて端末のキーボードを叩き始めた。

ゼブリナの顔が辛そうになり、エリの顔に一筋の冷や汗が流れた頃に端末を操作を止めた。 「エリさん、端末を貸してください」 「中身は・・・見ないでください」 頬を赤らめエリは言ったが気にせずにエオは、 「別に中身に用はありませんから」

心なし不満そうな顔をした気がするが深く考えないで作成したデータを転送しエリに端末を返した。 「・・・偽造、ID?」

エリは小首をかしげエオの顔を見たが法に触れることをしたはずなのに平然としていた。 「内緒にしてくださいね」 「あ、服取ってくるよ。エリさんも来て」 「はい」 「俺らは?」 尋ねたゼブリナではなくエオに向かってルーフはこう言った。 「ゼブリナの監視よろしく」

あれから数分経ってフォニュエールの戦闘服に身を包んだエリと一同は坑道に降り立っていた。 「とりあえず、俺らから離れなければ大丈夫だ」 エリにヴァリスタを渡しゼブリナは言った。 「エリさんのサポートはあたしとエオでするよ」 「トラップの破壊とエリさんの盾になればいいんですね」

「涼しい顔して酷なことを言うのねぇ。前衛のゼブリナが叩き切るから盾にはならなくていいわよ。ね、ゼブリナ」 「当たり前だ」

赤い刃をもつパルチザンの柄をしっかりと握りゼブリナは頷いて隔壁の奥に広がる空間に目をやった。 エオはファイナルインパクト、ルーフはテクニカルクローサーを握り直した。 「敵影は今のところなし、突入後の出現率は68%です」 「でてくる連中が雑魚であることを祈るばかりだな」

ゼブリナの言葉に頷きエオは隔壁を抜け広大な空間に飛び出し引き金を絞った。 空中に浮遊していたトラップが爆音と共に炸裂し消えて行く。 状態異常を引き起こすトラップがいくつかあるようだ。

センサーが警告を上げると同時に複数の光の渦が目の前に展開され楕円状の飛行機械が姿を現した。 すかさず照準を合わせ銃弾を雨の如く浴びせる。 回避運動で急降下したところをゼブリナのパルチザンが薙ぎ払う。 上昇をルーフのテクニックが妨害しパーツをばらまきながら散った。 「この調子なら楽そうだな」 依頼人であるエリを見ると慌てた様子もなく冷静そうに見える。 「あ、彼から返事です」 エリの声に耳を傾けつつ三人は警戒を続ける。 この坑道の何処かには機械系エネミーの生産工場が存在するという。 迂闊に気を抜けば命を落としかねない。 「エリ?…なのか?き…だめだ。…にいるんだ。」 途切れ途切れに男の声が空間に伝わる。

かなりの深い傷を負っている、もしくは衰弱している、と誰でも簡単にわかるだろう。 カルスを心配するエリたちと違うことをエオは考えていた。 一体、何処で彼の名前を聞いたのだろうか。 まるで記憶の奥底に封印されているようだ。 「エオー、先に進むぞ」 気が付くとゼブリナたちは歩きだしていた。 慌てて追いかける。 彼は生身の人間ではなくて自分と同じアンドロイドなのではないのか。

生体フォトンを持つ人間、フォトンエネルギーで稼働するアンドロイドはあの爆発に巻き込まれ消えていった。 しかし自分と同系AIなら耐え得る可能性がある。 ここで出てくるマグが良い例だ。 正確な理由はわからないがエモーショナルAIは例の爆発に耐えられる。 いや、フェイドのように奇跡的に助かった人間なのかもしれない。

少なくともこの推測をエリやゼブリナたちに話すべきではないとエオは結論を出してエネミーに対し全能力を投入した。

「エリ、私なら 平気です。さっきのはほんの冗談」 メッセージを聞きながら本当に冗談なのか、とエオは小首をかしげた。 「実は 事故の後ずっと、地下の坑道に隠れていたんだ」 ここまでひとりで潜ってきたとするならかなりの腕前か、強運の持ち主だ。 冗談が多いのでゼブリナは軽い雰囲気のレイマーを思い浮かべた。 「早く会いたい。早くここへ来てくれ」 「よかった。無事だったようです」 無事なのなら向こうから出てくればいいのにどうして動かないのだろう。 何か動けない理由があるのか?

傷を負っているのか、病に罹っているにしても先の元気な声から判断するとそうではなさそうだ。

「もう、人が悪いんだから。カルスって、昔からこうなんですよ。冗談が好きで…だけど。それが、全然 イヤミじゃないんです」 どう思っているかで捉え方は変わってしまう、とルーフは小さく苦笑。 とても彼のことをエリは思っているに違いない。 「すごく頭も切れるし、あたしの悩みも親身に相談に乗ってくれて…」 これは間違いなく彼のことを好きになっている。 それほどまで純粋に思えるのは素敵なことだとルーフは思った。 「…あっ、ノロケちゃいました?」 「いえ、そんなことはありません」 エオの笑顔をも心なしか引きつっている。 張り詰めていた緊張が根底から破壊され跡形もなく崩れた。 「命を賭しているのになんだかなぁ、調子が狂-」 途中でグランツの光にかき消されあたりは静かになった。

「…でもまだ、あったことないんですよね。初めて会うの、嬉しいような 怖いような…そんな気持ちです」 「ま、期待は禁物だな」 「…あ あの、すみません。余談ばかりしていないで先を急ぎましょう…」 歩きだすエリを守るようにまわりを固めた。 そしてエオは思考を続ける。 先程のエリとカルスのやりとりには強い違和感がある。

冗談にしては鬼気迫るものがあってとてもではないが冗談で片付けることができない。 しかし付き合いの長いエリが言うのだから冗談なのだろう。 「恋は盲目、とも言うがね」 ゼブリナはエオの耳元で囁いた。 思考を読まれたのかと少し驚いたがその言葉に頷いた。 何がどうであれ実際に会って見ればはっきりすることだ。 そう結論づけたところであることに気が付いた。 人工網膜に映るマップに自分たちと同じ識別信号がひとつ見える。 「フェイド・・・・?」 その名を呟きつつエオはその信号に向かって走りだした。 ゼブリナたちもその背中を追いかける。

隔壁が開くとエオは武器を銃からツインブランドに持ち替え人型機械の群れに突撃した。 奥の壁にフェイドが寄りかかっていたから、 「わたしの邪魔をしないでください」 声は極めて落ち着いていたがその分、冷たく感じられる。

ゼブリナたちが追いついたころには、すべてギルチッチは破壊されエオがフェイドの体を起こしていた。 特に目立った外傷はなく出血もないが、胸のあたりに焦げた跡がある。 ギル系に撃たれたのだろう。

ルーフが慌てて駆け寄りレスタを唱えると光となった粒子がフェイドの体を走り抜けた。 同時にフェイドの指が微かに動いた。 声にならない呻きを上げ頭を押さえ立ち上がろうとするのをエオが支える。 「もう、いいよ。ありがとう」 「案外タフだな」 「御蔭様でね」 ルーフに短く礼を述べそして尋ねた。 「僕も手伝いたいのだけどいいかな」 少しゼブリナは一呼吸おいて一言、 「頼むよ」 「でもフェイド、身体は大丈夫なんですか?」 「この通り」 フェイドは膝を拳で叩いて笑う。 「幽霊じゃないな」 「そうだったら、おもしろいかもね」 エオの顔がすっと暗くなってフェイドは慌てた。 「すまない、ちょっと悪い冗談だった」 「いえ、いいんです」 ゼブリナがひょいとフェイドの首をつかみ物影に引きずり込んだ。 後を追いかけようとしたエオをルーフが呼び止めた。 「ゼブリナも説教するのよ、一応」 「フェイドは理詰めで返す人です。大丈夫でしょうか?」 感情論を持ち出すと理論で完全に否定し打ちのめすのがフェイドだ。 それはエオがよくわかっていることで心配するのも自然なことだ。 「大丈夫よ」 そうこうしている間にゼブリナとフェイドが戻ってきた。 特に二人とも変わった様子はなくとりあえず一安心だ。 先程まで気を失っていたとは思えない的確な補助が入り戦闘は楽になった。

「あ、またメッセージが来ました。『そのまま行くと、坑道への入り口がある。そこから入ってきてくれ』どうやら近づいてきたみたいです。急ぎましょう」 端末のマップを開きゼブリナは位置を確認した。 坑道は縦横無尽に掘ってあるため迂闊に行動すると道に迷うことになる。

特に未開拓のエリアに踏み込んだ場合、小まめに居場所を確かめることが重要だ。 その一点とは例の端末で調べた時にでたポイントだった。 カルスとその発信者が一緒とは限らないが可能性はある。 「・・・この場所にいるかもしれない」 フェイドはマップのある一点を指さして言った。 「でもどうしてわたし達が近いとわかるんでしょうか」 「言われるとそうね」

「メールに現在地の情報は含まれていません。けど歩く速度から計算したのかも」

歩く速度から計算するとしてもエネミーとの交戦時間もいれて計算するのは至難の業だ。 ・・・やはりアンドロイドなのかもしれません。 本当にそうだとしたらエリはショックを受けるでしょうね。

でも人がアンドロイド、アンドロイドが人を好きになってはいけない決まりはありません。 「それもそうなんだけどね」 小声でフェイドが返事をした。 慌ててエオは口を押さえるのを見てフェイドは小さく笑い、 「大丈夫、僕だけにしか聞こえてない」 そっと息を漏らしエオはファイナルインパクトを握り直して、 「・・・わたしはそう思うんです」 「そうであると願いたいね」

低空で忍びよって来た飛行機械に一閃、ツインブランドに斬られて小規模の爆発を起こす。 「ちょこまかとうざい連中だ」

赤のパルチザンとヴァリスタを巧みに操っていたゼブリナが嘆き、ルーフも首を縦に振った。 「カルス…こんなところに…?」 こんなところに一人で逃げ込むと考えるより複数で逃げ込んだ可能性もある。 ゼブリナはほかの生存者を一瞬だけ考えたがすぐさま頭を横に振った。

どうして生きているのにパイオニア2に連絡したりハンターズに助けを求めない? もう半年近くあの爆発から経っているのに食料がもつのだろうか・・・。

「思えば長いこと、メッセージだけのつきあいでしたけど、いよいよ本当に会えるんですね」 期待と不安の入り交じった声。 今度は不安の強い声で、 「ああ、カルス…危険な目にあってなければいいんだけど」

「情報関係を集中に扱う区画らしい」 フェイドは端末を叩きながら辺を確かめていた。 敵が出てくる様子もないので一休みすることになった。 予想以上に長引いている戦いにエリの顔に疲労の色が見える。

その顔を見てエオはメニューを開きスターアトマイザーを選択、狭い部屋に光が満ちた。 「身体が、軽い・・・?」 「ハンターズでもあまり使わないだろ、これは」 「アンドロイドの秘密兵器のようなものです」

回復手段の限られているアンドロイドにとってスターアトマイザーは奥の手だ。 価格も高いため滅多なことがない限り使うことはない。 「奮発するね、君も」 「大切な方を探しているなら、はやく見つけたいですから」 無言でフェイドは頷きシフタとデバントを掛け直した。 大切な方と言うことはエオも人ではないと考えているのかもしれない。

もうしばらく進めば例の場所にたどり着くのだが、それで本当によいのだろうか。 自分のエオに対する気持ちが本当ならここから先に進んでもいいが、 「どうなんだろうね、僕は」 自嘲気味に呟き顔を上げると長い通路が目に見えた。 「フェイド、この先なのか?」 「後、小部屋二つ抜ければ目的の場所に着く」 「それじゃ、さくっと行こうか」 何処か寂しそうにゼブリナは笑い赤のパルチザンの柄を肩に乗せた。 それを合図に五人は歩き始めた。 が、それはエリの声に止まってしまい、 「受信です!『きちゃ、だめだ帰れエリ』…???…どういうこと?」 エリをはじめその場にいた全員が困惑した。 しかし直線距離にして100mを切った今、先に進むしか選択は無い。

出現する機械を切り崩し、撃ち貫き、破壊し、五人は目的の部屋にたどり着いた。 歓喜の声はない。 あるのは坑道特有の機械音だけだ。

沈黙が続いたがその沈黙を破ったのは目の前にある機械音を発していたものだった。 「エリ…よかった、無事で」 誰よりも穏やかな声だ、とエオは感じた。 声に含まれる深い感情、恐らくエモーショナルAIなのだろう。 「カルスが…機械…!」 四人はエリにかける言葉が見つからなかった。 それでも話、事態は進んで行く。 エリとカルスの二人で。

「エリ…オンラインでの君とのおしゃべりは、本当に楽しかった。こんな姿、見られたくはなかったけど…いつまでもウソをついているのはイヤだったし…」 「・・・・・・」 「何より…君に会いたかった…会って話がしたかった…」 エリの口が微かに動き何かを言おうとするが、音にならない。

「パイオニア2がラグオルに着いたら…会ってすべてを明かそうと思った。そんなときだ。あの大事故が起きたのは。詳しいことは、ワタシにも判らない」 震えが止まらない。 言いたいことがあるはずなのに。 拳に力が入り頬を熱いものが伝う。 「ただ確かなことは…そのときから、何者かにハッキングを受け始めたのだ」 ハッキングという言葉にフェイドは焦りを覚えた。

これで先のメッセージのやりとりがめちゃくちゃだったことの説明ができてしまう。

「見えないものに体を侵食されていく…自分が 自分でなくなっていく…そんな感覚だ…」 ただのコンピュータに対するハッキングなら、違和感も恐怖もない。 それがAIになると話が変わる。

「解る…自分でないモノが、何か有機体の肉体を欲していること…パイオニア1のメカを改造し、意のままに操り、パイオニア2からの調査隊を手に掛けていること…」 エリは両手で顔を覆い隠し静かに泣いていた。 カルスの声は絶対に聞き漏らさないように。

「エリには…来てほしくなかった。もしかしたら自分でない自分がエリを殺してしまうかもしれない。でも、自分でない自分がエリを呼んでしまうのだ。でも…よかった、エリが無事で…最後に、エリに会えて…」 両手を離しカルスを真っすぐ見てエリは言った。 「最後…?最後ってどういうことよ。カルス?」

「ワタシは ハッキングに懸命に抵抗した。しかし…ネットワークも断絶し、オートリカバーも もう限界だ…」 割り込む形でフェイドは声を発する。 「エオ、バックアップの準備をするんだ」 「はい」 端末に追加メモリをたたき込みカルスと接続する。 その間にもカルスの言葉は続き別れを述べて行く。

「最終的には、システムをダウンするしかないという結論に達した…もうすぐシステムは落ちる…ワタシは、いなくなるのだ…」 「待って!待ってよ、カルス!!」 接続した端末には二つのカウンタが動いている。 一つはシステムダウンまでの時間。 もう一つはバックアップが完了するまでの時間だ。 圧縮保存では転送が間に合わない、非圧縮ではメモリに入らない。 これ以上、データを削除すると人格の復元すらできなくなる。 「どうしよう。どうすればいいの?あなたがいなくなるなんて、そんな…」 こちらの様子に気が付きエリが端末を差し出した。 すばやく接続し残りのデータを一気に転送する。

システムダウンするのと端末にバックアップ終了の文字が点滅したのは同時だった。 「カルス…」 名を呼ばれてもカルスは返事をしない。 沈黙が降り立った。

金属が剥き出しで冷たい天井、壁、床。 物もあまりなく人にいる空間だとはあまり思えない。

それでも誰かの住む部屋だと思えるのはテーブルの上にある一輪の花の効果だろう。 「何もないところですけど・・・」 そういってエオはエリに水を差し出した。 軽く頭を下げコップを手に取り小さな水面に視線を落とした。 何か気の利いた言葉が出てくればいいのに。 「バックアップ、なんですよね」 頷き先の状況をどう説明しようか考える。 まず、バックアップを取ったのが記憶領域全域と人格領域の一部であること。 これらから人格を復元しカルスというAIを復活させる。 理論上は可能なのだがハードに当たる部分が確保できない。 「ハードがあれば・・・会えるんですか?」 「もしかすると、ですけど会えるはずです」 エオの顔を見て、 「可能性は低いんですね」 「AIが実験段階のもので、そう簡単に入手できるものではありませんから」 「・・・そうだ。ラボに持っていけば・・・」

確かにラボなら復元作業をすることも可能のはずだしパイオニア1の残した成果なのだ。 喉から手が出るほど欲しいに違いない。 「エオー、入って良い?」 どうぞ、と言うと静かにルーフが入ってきた。 「えっと・・・ルーフ、さん」 「名前覚えてくれていたんだ。ありがと」 こちらこそ、お世話になりました、とエリ。 フォトンチェアに腰を下ろし、 「それにしてもAIだったなんてね」 「本当に驚きました・・・」 「でも、好きだって気持ちに変わりはないんでしょ」 ゆっくりと顔を上げ寂しそうな笑みを浮かべる。 「変に思うかも知れませんが・・・そうです」 「機械のように人を殺していた女の子がいたの」 何の関係があるのだろう、少なくとも関係の無い話はしないはずだ。

「それでも人として接してくれた人がいる。実験用のニューマンでも・・・。好きなら相手の立場や種族は関係ないよ。自信を持って好きって言わなきゃ」 自分のことを話している、とエオは気が付いた。 ゼブリナのことを言っているのだろうか。 ニューマンの歴史はアンドロイドよりも浅く差別問題も残っていたはずだ。

ハンターズではあまり種族差を意識しないが外に出ると強いことがよくわかる。 「大切な人と一緒にいたいと思うのは自然なことですよ」 自分はフェイドと一緒にいたい。 いつ終わりが来るかは分からないがその時まで一緒にいたい。 まわりがどう思うと関係は無い。 「そう、ですね。少し楽になりました」 その時、エオの端末が電子音を発しメールが届いたことを告げた。

「ここの設備だと復元作業はできない。ラボに持って行くしかない」 大容量のディスクのラベルにはAI:CALSと書き殴られていた。 手渡すとエリは大切そうに抱いて、 「ありがとうございます。・・・あの、報酬は?」 「依頼は彼を探すことだから、いらない」 「意外といいところあるのね」 ルーフの言葉に笑って僕はそんなに欲深くはないよ、と言った。 「ラボに持っていくことにしました。・・・それではここで」

頭上をロケットバイクや車が駆け抜けてビルの谷間に消える光景をぼんやりとルーフは眺めていた。 後ろから声をかけられて振り返ると私服に着替えたゼブリナが立っていた。 「浮かばない顔だな、どうした?」 先程のやりとりの一部始終を話すとうーんと唸った。 「異種混合の世界だ。拒否する方が問題ある」 「良かった、これで否定されたらどうしようかと思ってた」 「あはは、遊ぶ対象が無くなる心配か」 笑顔から真顔になってゼブリナは続けた。 「ま、オマエの言いたいことが伝わっているといいな」 「うん」 たまにはこう言う表情を見るのも悪くないな。 しかしいつものが一番良い、と心のなかで呟いた。 「それじゃ、何か食べるか。疲れたろ」 「そうだねぇ、ゼブリナを食べようか」 「ははは、冗談じゃねえ」 「冗談だよ。本気したいの?」 顔を赤らめ潤んだ瞳で見上げられゼブリナは半歩バックステップ。 「ばかいえ。行くぞ」 「あ、ちょっと待ってよ」 エリとカルスも幸せだと思えるようになるだろうか。 いや、もう一度かもしれない。

二人が再会できる日が来ると良いとゼブリナは思いながら仮想の青空を見上げた。

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