Feathery Instrument

Fine Lagusaz

フェイドの記憶

薄暗い森。 見上げると分厚い雲から降って来た雨が顔にぽつぽつと当たった。 セントラルドームから何とか抜け出して森エリアまで来たのは良い。 ただ場所が悪かった。 異常フォトンレベル最大値“Ult”のエリアに入ってしまったのだ。 「真実、か」 ポケットの中のデータディスクがすべてだ。 上にいるはずのパイオニア2に届けないといけない。 だけど疲労は限界に達し身体の関節はあちらこちらで悲鳴をあげている。 回復と補助のテクニックの使いすぎで精神的疲労も大きい。 大木に寄り掛かるとずるずると身体が地面についた。 レーダーにはエネミーの反応は欠片も無く気が緩み始める。 こんなところで・・・寝たら・・・ダメ・・・なのにな・・・。

A.U.W. 3076 -パイオニア1- 「シミュレートは完璧か・・・。パイオニア1の発進までには・・・間に合うかな」

僕はディスプレイに映っている結果とパイオニア1の発進予定を見比べながら呟いた。 パイオニア1とはパイオニア計画の第一陣だ。 大規模な移民計画と言ったところか。

星一つ半分滅ぼしてそれでほかの星へ移ろうと言うのだから迷惑な計画かもしれない。 ある者は星と運命を死ぬべきだと言うだろう。 正論だが自ら好んで星と心中する人間なんて皆無に等しい。 「僕だって死にたくは無い」 ま・・・当たり前か。 設計図にある水色で半球状のAIがこのアンドロイドのAIだ。 アンドロイドを作るのはこれが最初で最後だろうな。 だから僕はこのアンドロイドにすべてを賭けようと思う。 僕らが死んでもこいつは生き続ける。

自分たちの生きた証を残したい、身勝手な願いを背負わされるのだからいい迷惑だろう。 その生きた証は後もう一息で完成しようとしている。 型番はE/BH-00、名前はエオ・ラグズフィア・・・ 起動はパイオニア1発進直前だった。 起動信号を打ち込むとゆっくりと目を開きこちらを見た。 「僕の名前はわかるかい?」 心臓の鼓動が加速していくのを感じながら尋ねた。 「フェイド・・・フェイド・ブレイム博士」 どうやら順調に動いてくれているらしい。

「パイオニア1、発進まで残り四分です。クルーは所定位置で待機してください」 「ということになっている」 しかしエオの顔は無表情のままだ。 その感情表現機構をフルに使うまでにはだいぶ時間がかかると見える。 「パイオニア1、パイオニア計画の第一陣・・・」 「そうだ」 自分の作ったAIがしっかりと稼動していることがとても嬉しく思えた。 辞書と話しているような錯覚はあるが・・・。

簡単な検査を兼ねた会話をしているとゆっくりとした振動が床から伝わってきた。 「箱舟が動き出したか・・・棺桶にならないことを祈るばかりだ」 天井を見上げながら呟く僕をエオは首を傾げながら見ていた。

エオの起動から二ヶ月ぐらい経った。

起動直後の無表情さは無くなり複雑な感情表現もするようになってE2AIも正常に発展してきているようだ。 「レンジャーのライセンスを取得・・・ですか?」 僕の言葉にエオは目をぱちくりしながらそう返してきた。

「この世界で生きていくならそれが一番手っ取り早いからね・・・。もっとも一番危険でもあるけど」 「訓練はしていましたが大丈夫でしょうか?」 “訓練”というのはシミュレータソフトを使いAI上で再現しただけのものだ。

それでも実際に動いたのと同じ経験ができるのだからアンドロイドの能力は素晴らしい。 試験の結果は見事に合格。 射撃精度の高さ、武器の取り扱い・・・基本的な項目はほぼ満点だったらしい。 別に機械なら満点で当たり前じゃないか? そう思う人もいるかもしれないがそうもいかないのだ。

理由は簡単だ、アンドロイドの頭脳であるAIは人の感情を擬似的に再現している。 それが機械特有の正確さに微妙なぶれを生じさせているのだ。

欠点や欠陥と言えるかもしれないが人とやっていくのには都合のいい事でもある。 エオのAIは普通のAIとは違うから感情によるぶれが発生しやすい。

その証拠に“突然の状況変化に対する反応”という項目では合格ぎりぎりの点だ。

合格と言う結果に一番驚いていたのはライセンスを取得したエオ自身で信じられないと何度も言っていた。 「でもやることがないですよね」 「それもそうなんだよねぇ」

パイオニア1にはハンターズギルドが一応、存在しているが依頼がほとんどないので依頼の報酬で生活費を稼ぐのは不可能に近い。 本星にはハンターズギルドがあって仕事は山ほどあった。 どれを選んでも血生臭い嫌な仕事だったが・・・。

“だった”と過去形になっていたのは僕自身がフォースのライセンスを取得していたからだ。 研究の傍らギルドに行って適当な仕事を引き受けていた。 本星に愛想尽きた原因は嫌な世界を体験した事だ。 その嫌な世界をエオに引きずり込もうとしている自分が少し嫌になる。 「どうかなさいましたか?」

「いいや、気にする事は無いよ。それにエオにはここでの仕事があるから大丈夫さ」

研究室のエオは生き生きとしていた。 自分の居場所はここなんだ、と言わんばかりに。

僕も後ろからしっかりと支えてくれる存在がいるので心置きなく研究に没頭できる。 この安心感は一人のころ考えられなかった。

最初、僕はエオを生きた証のつもりで作ったけど僕の中で何かが変わり始めている。 その証拠に今まで付き合いのあった仲間と居る時間が増えた。 人の優しさとかそういうのは少々、邪魔に感じていたのだけど・・・。

A.U.W. 3077 -惑星ラグオル- エオが起動してから二年。 僕らパイオニア1クルーは惑星ラグオルに降り立った。 しばらくしてセントラルドームの建設がはじまった。

ラグオルの生物の行動パターンを調べるために“森エリア”を歩き回ったけどこういう時に相棒がいると心強い。 ラッピーという原生生物がいる。 一応、コーラルにも生息はしていたが希少種のため目撃例は少ない。

これが見た目とは裏腹に強靭な生命力とどんな装甲も一撃で貫くのではないかと思えるほどのくちばしを持っている奴だ。

はじめて出会った時、可愛い見た目に油断してしまい見事に撫でようと伸ばした右手の指の骨を砕かれた。 すかさずテクニックで応戦し追い払いレスタで応急処置。 その最中に後ろからもう一匹(一羽?)来たがエオが追い払ってくれた。 傷を癒せたが心臓に悪すぎる。

そのころすでに僕の中でエオは生きた証としてではなく頼れる相棒となっていた。

そう気づいた時は戸惑ったがすんなり受け入れてしまえばどうと言うことはない。 事実を捻じ曲げるなんて誰にも出来はしない。

A.U.W. 3082 -惑星ラグオル セントラルドーム- 本星では第二陣であるパイオニア2が発進準備に入ったらしい。

惑星ラグオルに移住する事を先発隊である僕から一言言わせてもらうなら無謀、だ。 パイオニア1の中では不気味な噂が絶えない。 噂の類を信じるなら研究者なんかやるな・・・そう言われればそうだ。 だけどそうじゃない、その噂にはちゃんとした裏づけがあるのだから。 こうして手元にデータもある。 海を隔てたガル・ダ・バルにある海底施設。 セントラルドームの地下に広がる遺跡と呼ばれる謎のエリア。 そして遺跡の地下に眠るダークファルスという何か。

パイオニア1のデータベースをメンテナンスしたときに軽くデータを引っ張り出してきたものだ。 強固なプロテクトも内側からは脆い。 今の所何も言われていないからばれてはいない。 もっともばれた時は命なんて無いだろうけど。

このパイオニア計画はただの移住計画ではないのはわかっているけどあまりにも知らないことが多すぎる。 僕らはとんでもない箱舟に乗ってしまったらしい。 「はぁ」 溜息をついても何も変わらないな。

最もこんな風にデータを広げていられるのは自室であるこの部屋だけで尚且つ、信用できる人間がいる時だけだ。 「フェイド、お茶にしませんか?」 「ありがとう、エオ」

起動した時は作った僕自身もどうなるかと思っていたけど経過は至って順調だ。 自分たちで作っておいてなんだけどここまで来ると人と区別がつかない。 機械としての生きた証というより子供という生きた証になりそうだ。 研究仲間の評判はとてもいい。 彼らにはエオの部品の確保もしてもらったので良くないと困る・・・。

僕と同じように“生きた証を残す”ために部品を提供してもらったけどやっぱり生きているという経過を楽しめなければ勿体ない。 僕らにとって生きている証なんだ、エオといることは。 そしてエオと一緒に茶を啜る。 アンドロイドと茶を飲むというのは普通ではありえない光景だ。

エオのフォトンジェネレータはシェイス・アベイル博士の特別製で人間の食物をフォトンエネルギーに変換できる。 もちろん、“味覚”も設定はしてあるがどうなっているかはわからない。

メンテナンス時にはAIの全領域にアクセスできるが覗こうとは思えずそのままにしてある。

数十世紀昔のコンピュータならば操作しないと必要な情報は取り出せなかったけど今は違う。 ちゃんと人と話すことが出来る、知りたい事があれば聞けばいい。 「苦いとおっしゃられたので前より苦味を4%ほど減らしてみました」 「4%ねぇ・・・」 もう少し人に優しくになれないものか、エオ。 「本当に何が起こっているんでしょうね」 エオは不安そうにディスプレイのデータを見つめていた。 あれこれ考えているらしい。 「僕にはわからないよ。ただ嫌な予感がする」 「わたしも、です・・・」 二人で不安な顔をしていると来客を告げる電子音が鳴った。 「誰かと約束した?」 「いえ、してませんよ」 「誰だろう?」 扉を開けずにカメラの映像を確かめる。 見知らぬ顔だが服装からハンターらしいことはわかった。

さすがにマイク越しで会話するのも失礼だろうからロックを解除し扉を開けた。 「フェイド・ブレイムだな?」 男の険しい顔に思わず一歩下がってしまう。 「ああ、僕がそうだよ。何か用でもあるのかな?」 「黒いレイキャシールがいるだろう?」 どんな意図があるのかわからず後ろにいるエオに目で隠れるように合図する。 何とか通じたようでエオは首を縦に振り物陰に隠れた。 幸い、この男には僕が邪魔で見えていないらしい。 「助手としているけど今はいない。ちょっと用事があって出かけたよ」 「レイキャシール自身に用事は無い。ただ貴様に話がある」 いきなり貴様は無いだろう。 しかしこの男、かなり様子がおかしい。 目が血走り息も荒い。 「そのレイキャシールは貴様をなんて呼んでいる?」 「普通に名前で呼んでくれているけど」 「な、なんだとーっ」 両耳を塞ぎ男の叫び声を遮る。 「貴様、レイキャシールはメイドだぞっ!?」 「女性アンドロイドのレンジャーがレイキャシールだろう・・・」 一般的な知識はこれのはずなのだがこの男は全く聞いていない。 外見を見れば確かにメイドというのもわからないわけでもない。 護衛と介護を兼ねてレイキャシールが作られたという話もある。 気が付くとこの男の後ろには様々なハンターズの男たちが集まっていた。 とても異様な集団に見えるのは気のせいか? 「普通、メイドならマスターに対しては“ご主人様”だろっ」

ああ、そういえばレイキャシールをメイドとして崇拝し悶えている集団がいると聞いた事がある。 嘘だと思っていたがまさか実在するとは・・・。

「僕はマスターになるつもりは無いしメイドとして接するつもりも無い。助手として手伝ってもらってはいるけど」 「貴様にレイキャシールと一緒にいる資格は無いっ!!」 こんな連中と過ごして時間を無駄にするつもりは一切無い。 そろそろ立ち去ってもらうことにしよう。 お茶だって飲みかけだし冷めたらまずい。 「はいはい、そうですか」 「貴様なんだその態度はっ」 むしろ君にその言葉をそっくり返したい。 この狭い通路でこんなのは使いたくないが一発ラフォイエでも喰らわそう。 手を構えた次の瞬間、目の前に氷のオブジェが誕生していた。 「よくわからない人たちですね」 メイドと呼ばれた事が不愉快なのか不機嫌そうなエオが立っていた。 手には凍結機能を有する赤い剣『カラドボルグ』が握り締められている。

アンドロイドの場合、その武器に合わせて身体を最適化する機能がありヒューマンやニューマンに比べエクストラの成功率が格段に高い。 「命中精度もかなり上がったんだね」 「ええ、最近の外は物騒ですから自然と鍛えられちゃいます」 カラドボルグから散弾銃ブリザードアームズに持ち替えた。 通路にいた集団にどよめきが広がる。

逃げようとしたところに凍結効果のあるフォトン弾が雨あられと降り注ぎ氷のオブジェが増えていく。

扉を閉めるとロックをしっかりとかけなぜか侵入者迎撃システムまで起動させる。 「そこまですることは・・・」 「フェイドの貴重な休憩時間を無駄にはできません」 ものすごい剣幕で言われ言葉を失う。 「そ、そうだね。お茶も冷めるところだったし」 再び席につくとエオが入れなおしてくれたお茶を口に運ぶ。 程よい苦味と香りが口の中に広がった。 「お」 もう少し人に優しくというのは撤回しよう。 「どうですか?」 「おいしいよ」 湯気の向こうにエオの笑顔が見えた。

A.U.W. 3084 パイオニア2到着一週間前 -セントラルドームの自室- 外を見るとラグオルの衛星が青白い光を放っている。 昼間の喧噪が嘘のように感じられる。 「今日で最後のメンテになると思う」 「どういうことですか?」 クレードルの中からエオが尋ねる。 「後はクレードルのオートメンテナンスに任せても大丈夫ってことだよ」 「わたしのことが・・・邪魔になったんですか?」 不安そうにエオがこちらを見る。 「そんなことはないよ。ただ君に自立してほしいんだ」 「確かにこのボディなら単独で稼働できますけど・・・」 「けど?」 「やっぱり信頼できる人にメンテナンスしてもらいたいです」 エオの顔はクレードルに隠れて見えない。 ただ穏やかな表情なんじゃないか、そう思った。 「今日はいつも通りのメンテとプログラムをいくつか転送する」 「どんなプログラムですか?」 「自動修復のユーティリティの類と・・・」 これは伝えるべきか否か。 ダークファルスの干渉を防ぐプログラムなんて言えない。 エオが何かしらの干渉を受ける可能性は減ったが僕自身は防御策が無い。 あまり不安させるのは良くない。 「ま、そんなところかな」 「わかりました。よろしくお願いしますね・・・」 スリープモードに移行したらしい。

AIのマップを見るとナノマシン同士が高密度なネットワークを構築していることがわかる。 もしかすると数世代先の処理能力を持っているかもしれない。 理論上は状況に対応して進化していくがここまではやいとは・・・。 特に異常らしいものは見当たらない。 プログラムの組み込みを済ませるともう一度、AIをチェックする。 「よし、問題なし」 クレードル前にいってエオの頬に触れる。 「・・・」 通常モードに復帰したエオと目があってしまった。 「おはよう」 さっと引っ込めた指先は焼けそうな位熱く感じられた。

A.U.W. 3084 パイオニア2到着一日前 -セントラルドーム- 「あしたの午後にパイオニア2が到着するそうよ」 セントラルドームの休憩所に僕とエオ、そしてシェイスはいた。

日当たりの良いここから森一帯が見渡せ研究員から軍人まですべての人間の憩いの場となっている。 最近ではめっきり人が減っていた。

突然変異したラグオルの原生生物の出現によりラボでは解析のために総力を上げているのだ。 僕は解析システムのメンテ、エオはその助手。

最近はエネミーの行動パターンを解析しAIに応用しようとあれこれ試している。 これは思いの外おもしろくあれこれいつも思考を巡らせているのだ。

シェイスは異常フォトンの解析担当なのだがなんとか休む時間を作ったらしい。 腰まで届きそうな黒い髪が白い光を気持ち良さそうに浴びていた。 ここにいるとき位は実験とかの話は無しであって欲しい。 ずっと同じことに固定されているのは好きなことでもただの苦痛だ。 気分切り替えにこのコーヒーはちょうど良い。 「シェイス、抜け出して大丈夫なのか?」 「休憩分の仕事はしたから大丈夫よ」 「こんな状態で移民なんて無謀ですよね・・・」 外ではエネミーとの戦闘の跡が生々しかった。 生物なんて言い方ではなくただの敵になってきている。 最初にエネミーと表現したのは誰なのだろう。 出所はわからないまま静かにこの表現は広がっていった。 「エオちゃん、身体の調子はどう?」 「フェイドやシェイスさんのおかげで元気です」 「そういえばなんでこんな奴だけ呼び捨てなの?」 いきなりの質問に僕は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。 なんとか呼吸を整えコーヒーを飲み込む。 エオはというと動きがぴたりと止まっている。

もしかすると今の質問でAIがフリーズしたんじゃないかと不安になりそうなくらい固まっている。 「えっと・・・あの・・・その・・・」 俯いたエオの顔がどんどん赤くなってきた。 見ているこっちまで恥ずかしくなりそうだ。 そんなエオをシェイスは期待を込めた眼差しで見ている。 「その・・・フェイドは・・・特別、だから・・・」 手にしたコップを危うく落としそうになる。 冷静を装ってコーヒーを啜ろうとするがかたかたと震えていた。 「特別ねぇ」 「あ、あははは」 乾いた笑いしかでてこない。 「そろそろ休憩は終わりっと。わたしはそろそろ研究室に戻るわね」

かたかた震えている白衣の男と顔を真っ赤にしたアンドロイドを置いてシェイスは戻って行った。 まわりには僕らしかいない。 言うなら絶好の機会だ・・・何を言うんだ? 「そっか、特別か・・・」 間がもたない、そんな気がしたからそんなことを言った。 「特別じゃダメ、ですか?」 「いいや、ありがとう。嬉しいよ」 エオの問いに口が自然と動いた。 これって告白という奴なんじゃないのか? いや、僕ははっきりいってないから違うのか。 「僕らもそろそろ戻ろうか」 「・・・はい」 僕の後ろを五歩くらい離れてまだ顔の少し赤いエオがついてきた。 歩く速度を落としてエオに合わせる。 だけど何を話せばいいのかよくわからない。 「フェイド」 「ん」 「これからも一緒に・・・」 「ああ、ずっと一緒だ。エオは僕の・・・」 次の言葉が出て来ない。 二人の歩みが止まる。 呼吸を整えて言葉を選びながら紡いでいく。 ややこしい言葉はいらない。 「僕の・・・僕にとっても特別な存在だから・・・」 「あの、わたし・・・先に行きますねっ」 駆け出すエオの背中に声をかける。 「S54のパターンを調べたい。準備を頼むよ」 「任せてください」 エオの声はとても嬉しそうだった。 僕も嬉しい。 「フェイドーっ!」 随分離れたところからエオが叫ぶ。 ちょうど僕らの研究室の前だ。 「なんだよーっ」 僕も叫んで返す。 何かわからないことでもあったのだろうか? 「好きですーっ!!」 思いっきり空気を深く吸い込んだ。 「僕もだよ、エオーっ!!」 「何がーっ!」 そう来たか。 どんなに叫んでも音の漏れない防音構造に感謝することにしよう。 「僕もエオのことが大好きだよーっ!!」 「ありがとーっ!」 そうしてエオは扉の向こうに消えた。 「あー」 壁に頭を押し付けながら嘆く。 「僕もばかな奴だーっ」 でも後悔はしてない。 素直な偽りのない言葉だったから。

A.U.W. 3084 パイオニア2到着予定日 -セントラルドーム- 端末のタイマーが鳴る前に目が覚めた。 タイマーを止めて軽く体を動かすと関節がぱきぱきと音を発てた。 青い半透明の扉が開くとエオが入ってきた。 「ちょっとはやく目が覚めたんですね」 起こしに来たが空回りだったのが少し不満らしい。 前もこんな仕草を見せていたかもしれなけど気づいていなかった。 互いに少しずつ変わって来たんだな・・・。 「ああ、今日の分はさっさと終わらせないといろいろ面倒な気もするからね」 「午前中はかなりハードになりそうですね」 「よろしく頼むよ」 「はい」 素早く朝食を済ませると研究室へと向かった。 朝一だと思ったが見慣れた顔がすでにいくつかある。 「よう、フェイド」 操作卓に座っているトパースがこちらに顔を向けていった。 「おはよう、トパース。今日は忙しそうだな」 「だなぁ。忙しいのは軍じゃないのか?」 操作卓の設定をしながらトパースの背中は言う。 「どういうことだ?」 「研究のことしか興味ないもんなぁ、フェイドは。あ、エオにもあったか」 「冗談はいいから続けてくれよ」 苦笑いする僕の方に向くとまわりを気にしながら話はじめた。 いすを回し互いに向かい合う。 「軍が数日前からあれの殲滅戦を展開し始めたらしいんだ」 「よりによってこんな時期にか?」 「上の考えていることはよくわからないねぇ」 顎の不精髭を触りながらトパースは笑う。 「同感。あれを“殺す”ことってできると思うか?」

「俺は思えないね・・・。なんつーか、実体をもたない幽霊のような感じがしてよ」 「感情が集中したらどうなるだろう」 「もしあの話が正しければ感情と共鳴するか吸収するかして・・・」 二人でそれぞれ最悪のシナリオを思い浮かべたのか会話が途切れた。 あの話とはダークファルスが思念体ではないかというものだ。 「はぁ、作戦とやらが成功することを祈るばかりだな」 「僕もそう祈ることにするよ」 そしてこの話題に触れることはなかった。 最初は少し不安もあったが忙しさにそのことは消えていた。 「あー、後もう一息と言ったところだなぁ」 伸びをすると朝と同じようにぱきぱきと音がした。 時計を見ると11:27を示していた。 「ふぇい、あ、ブレイム博士」 「ん?」 「どんな感じですか?」 「もう少しだよ」 「わたしはなんとか終わりました」 「お疲れさん」 「通信の様子が見たいので外へ行って来ます」 そういえば超長距離通信は魔法陣使うから派手って話だ。 「あ、そうだ」 アイテムパックから武器を選択しエオに転送した。 「ブレイパス、ですか?」 「ちょっとした改造済みさ」 「ありがとうございます。では」 エオが出て行こうとするところをなんとなく呼び止めた。 「いや、なんでもないよ」 「そう、ですか。後から来ませんか?」 「そうだな、はやく片付けられたら行くよ」 「られたらじゃなくて片付けてください」 笑顔で今、とんでもないことを言われた気がする。 確かにもう一息だし大丈夫か。 「わかった、気をつけてね」 「では」 エオが出て行ってからトパースがくるりとこちらを向いた。 「エオも変わったねぇ。かなり女の子やってるなぁ」 「ああ、僕もそう思うよ」 適当に返事しながらいつもの三倍くらいの早さで処理し始める。 「お、火ついたなー。愛の力ってすげぇ」 「うるさいよ」 「おー、怖い怖いっと。俺もやるか」 ディスプレイ右上のエネルギーセンサーが激しく震えた。

ログを見ると間違いなく変化があったが今は何も無かったように反応が消えていた。 「なんだろう?」 嫌な予感がしてきた。 通信要求を示すアイコンが点滅したのでそのまま許可した。 森エリアにいるエオが映し出された。 「まだ時間はあるみたいですよ」 「そっか。そろそろ仕上げだから」 「待ってます」 しばらくの間、画面からは草が風に揺れる音だけ聞こえてくる。 なんの脈絡もなく風の音に交じって電子音が聞こえて来た。 画面の向こうのエオが不思議そうな顔をした。 そしてこっちのセンサーも何かを感知したようだ。 「セントラルドーム地下に強力なエネルギー反応?」 「ん、なんだこの反応は?」 見る者を驚愕させるほど異常に高い数値が表示される。 画面にノイズが交じり始めグラフが途切れ出し地鳴りも聞こえて来た。 不思議と覚悟が決まっていた。 アラートがセントラルドーム内に響き渡り研究室に悲鳴と怒号が飛び交う。 「ここのすぐ右がシェルターだ。慌てるなよ」 トパースがシェルターまで誘導をかけているらしい。

入り口に人が集中し動けなくなっているのをトパースが一人ずつ引きずりだしていた。 最後に一言だけ礼の言葉をエオに言いたい。 あのプログラムが理論通り起動すればエオは助かる。 死に別れなんて洒落にならないけどね。 「さよなら、エオ。今まで本当に」 ありがとうの言葉がでなかった。 白い光のようなものが部屋を頭の中を満たして行く。 脳の奥から刺すような痛みに悲鳴を上げる。 痛みはあるのに身体が何処にあるかわからなくなった。 それもほんのわずかな間で痛みも感じなくなって来た。 なんかあっけない死に方だな。 エオが生きた証になる日がこんなにはやく来るなんて夢にも思わなかった。 僕は死んでも構わない、だけど・・・

エオ、君は強い。生きてくれ。

ごめん。 ずっと一緒にって約束したのにね。 嘘はつきたくないんだ。 本当にごめん・・・。

ぴたん

なんだ?

ぴたん

冷たい。

ぴたん

水・・・?

ぴたん・・・

「う・・・」 タイルは剥がれ配線が見える天井・・・ 頭を抑えながら体を起こしまわりを確かめる。 ぼろぼろになっているが間違いなく研究室だ。 人の気配が待ったくない静けさとコンピュータの動作音の差が不気味だ。 「・・・みんな、は?」 本当に誰もいない。 エオと連絡を取ろうとするが端末は沈黙を保っている。 トパースやシェイスたちはシェルターに避難できたのか? だるい体を引きずりながら扉に近づいて行く。 壊れているものもあるが一部設備は動いているらしい。 一部の操作卓は淡い光を放っている。 扉に近づいても開く気配がないので横にあった非常ボタンを叩いた。 手動で扉を開け通路にでても誰もいない。 割れたガラスからざらついた風が吹き込み頬にあたる。

途中、自室に戻りハンターズスーツに着替えてシェルターの前にたどり着いた。 特殊装甲の扉の向こうからは何も聞こえない。 もちろん聞こえないのが当たり前だけど。 IDとパスワードを叩くが反応がない。 蹴っ飛ばしても当然、開くわけもなく・・・。 「仕方ない。壊すか」 ターゲットを分厚い装甲に定める。 爆発を一点集中させるようにしてラコニウムの杖を振った。 轟音が轟き白い煙があたりに立ち込めた。 煙が晴れるとぽっかりと黒い穴が開いていた。 ライトを取り出し点けて見たけどやはり誰もいない。 照明の電源を入れると瞳孔がきりきりとして痛い。

なんとか持ち込めたであろう端末やデータディスクが散乱しているが人がいない。 「こうなったらあの部屋にいくしかないかぁ」

セントラルドームの中央コンピュータ室にはすべてのデータがそろっているはずだ。 普段、僕のようなただの研究者では入れない。 それは普段の話でいつもとは違う。 高度に暗号化されようがどんなに堅牢な扉があろうが壊せば関係ない。 さすがに最後の扉は慎重に破壊したけど。 この部屋だけ取り残されたように何処も壊れていなかった。 恐る恐る操作卓に触れて必要なデータを探し始める。 今まで見たことのないデータばかりだ。 パイオニア2到着日に展開されていたあの作戦は初めてではなかった。 過去にも下のあれと接触している。 しかもあれのサンプルを持ち帰り生物実験をしていたらしい。 実験場所がガル・ダ・バルだったのか・・・。 今まで繋がっていなかったことが結び付いて行く。 「なんてことを・・・やっていたんだ」 生体実験の資料として写真が載っているが元の生物の面影すら留めていない。 一部のデータは論理的にも物理的にも破損していて読み込めなかった。 復元しながら必要なデータをディスクに転送する。 パイオニア2との通信を試みたものの繋がらない。 軌道上で待機しているのだろうか。

ディスクを抜き出すとあるだけの回復アイテムと武器を引き出しエントランスへ向かう。 あれだけ人が闊歩していたエントランスに誰もいないのは不気味だ。 扉は壊れているのか開きそうにない。 あきらめて別ルートを探すしか無さそうだ。 なんとか転送室から森エリアへ転送されたがUltの森に飛ばされた。

元々、体力がなかったし最近は研究室にこもりっきりで体が鈍っていたのだろう。 見事に惨敗し雨降る薄暗い森で力尽きることになった・・・・・・。

誰かの声が聞こえる。 体を起こすと頭に貫かれたような痛みが走る。 「・・・」 目を開くと光が直撃した。 その光を遮るように青い髪の毛の女の子が目に飛び込んで来た。 見知らぬ顔だ。 雨は何時の間にか止んでいたらしい。 目を細めながら空を見上げると目に染みるような青が広がっている。 そのまま少女に目を移す。 ハンターズスーツから察するにレンジャーのようだ。 「第一陣の人なの?」 「まぁ、そんなところかな」 恐らくパイオニア2の調査隊第一陣という意味なのだろう。 「テクニックの使い過ぎなんでしょ」 余程酷く見えるらしい。 ゆっくりと立ち上がろうとするが全身のだるさがきつい。 木に手をついていると少女は何かを差し出した。 「ディフルイドとディメイト。少しは楽になると思う」 「ありがとう」 封を切り喉に流し込む。 だるさがあっと言う間にとれていった。 治療ナノマシンの作用で傷口もあっと言う間に塞がっていく。 「困った時はお互い様よ」 「確かに・・・ところで名前は?」 少女のまわりに天に高く光の柱が伸びる。 リューカーを使ったのだろう。 光のなかで少女は振返りながら名乗った。 「フェイだよ」 光の柱は輝きを増し僕と少女を飲み込んで行った。

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