Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第六章「死を司る者」

『気をつけてな、二人とも』 『それじゃ、行って来るよ』 『また来るかも』 『今度は子・・・なんでもない』 『あ~っ、ウィル一次元刀はダメだよ』 『冗談、冗談♪』 『冗談でそれは危ないだろ、おい』 『また来るわね』 『それじゃ、兄さん。いってきます』 『ああ、気をつけてな二人とも』

モルルから出発して数時間。

「死の匂いがする」 「やっぱりここは違う」 「やっぱりというと」 「ミンツ辺りでも行こうかな、と思ってたけどルート変更」 「この先は王都インフェリアだけど」 「別にわたしはかまわないから」 「ならいいけど」

いざないの密林入り口。 死者の魂の漂う森。 光は届かず霧に覆われている。

「早く抜けたい」 「同感ね」

二人ともこの空気が嫌いらしい。 普通の感覚を持つ人間ならこの場所は嫌う。 が、例外的な感覚を持つ人間がいた。

「相変わらずの場所だな・・・」

黒い服に身を包み黒いマントを羽織った男。 見るからに危ない晶霊術使い。 そしてこの雰囲気に似合っている。 大型の鎌を持たせれば死神を名乗ることもできそうだ。 口元をニヤリと歪めると霧の中へ消えていった。

「レイルの両親、作家さんなんだよね。本は読んだことあるの?」 「無いかな」 「インフェリアで本買おうか」 「そうだね」

人どおりは少ないはずなのに道はある。 過去、何人この道を通り抜けられたのだろうか。 何人がこの空気の中土に還ったのだろうか。 レイルは後ろに何かの気配を感じた。 振り返るしかしなにもいない。

「来るよ」

横にいたウィルが緊張した声を出す。

「わかってる」 「来た」

大きな鎌、頭からすべてを覆ったマント、覗く顔には目も皮膚も何も無い。 死神をそのまま形にしたような怪物デス。 図鑑で得た知識が頭に過ぎる。 青く透き通る杖を手にして構えた。 横から黒い風が吹いた。

「・・・ダークフォース」

黒い風が吹きデスが消え去る。

「こんなところに・・・・・・人か」

木々の横からその男は現れた。 まるでレイルたちには無関心のような口調。 さっきまで死神の浮かんでいた場所に目を向けながら呟いた。

「助けてくれてありがとう」 「こんなところ・・・・・・通るとはね。興味がわいた・・・」 「?」 「?」 「えっ」

二人で同時に短く叫んでしまった。 興味がわいたとはどういうことだろうか。 向き合いながら小声で相談する。

「どうしよっか」 「一応助けてもらったしお礼もしたいよ」 「それにここになれてそうだから道案内してもらいたいわ」

利用しているようで気がひけるがこの際仕方ないだろう。

「いいよ。むしろお願いするかな」 「お邪魔・・・させてもらおうか」

普通の人とは違う空気がする。 何かこう・・・そうだ「死」の匂いだ。 この人からはそんな匂いがする。 そうレイルは思った。

「タナトス・カノン・・・それが名前だ・・・」 「あ、え、あ、と。レイル・ウィンドといいます」 「ウィル・エア。ウィルでいいよ」 「レイル君にウィルさんか・・・よろしく頼もう」

自己紹介する辺り、悪い人では無さそう。 もっとも悪人が人を助けるわけない。 そういえばさっき唱えたのはダークフォース。 闇の晶霊術、デスは闇耐性のあるモンスター。 それを闇の晶霊術で葬るということは・・・・・・かなりの実力者。 な・・・強い・・・。

「考え事・・・か」 「え、あ、まぁ」

「そう慌てることはない・・・。それに・・・ウィルさんと同じように接してくれてかまわない・・・。こちらもその方が気楽」 「はぁ、わかったよ。ところでなにしていたの?」 「ここで寝ていた・・・」 「なっ」 「自分のような人間には・・・最適な場所でね」 「何に?」 「死と闇を研究するのには」 「!!」

僕が感じていたのはそれか・・・。

「この森は深い・・・ゆっくり行こう」 「そういえばタナトスはこの森になれてるの?」

レイルの横にいたウィルがタナトスにたずねた。 ウィルとタナトスの間にレイルがいる形になる。 少し前かがみになるから髪の毛がさらさらと流れた。

「なれている・・・とても・・・」 「そ、そうなの」

ほとんどフードに隠れて顔は分からないが一瞬だけ笑ったように見えた。 背筋に寒気を感じていた。

「だいぶ暗くなったわね」 「うん」 「この辺なら・・・大丈夫」

川沿いの少しだけ開けた場所。 いつもと変わらない空気があった。 適当に寝袋を取り出し準備をする。 晶霊灯を取り出しカバーを外す。 淡く青い光を放っていた。

「晶霊灯、少し暗いな」 「ここは・・・・・・死者の漂う場所・・・。光の届かない場所・・・」 「なるほど。この森周辺の晶霊の分布が違うんだ」 「モルルで作っている人が・・・いるらしいが・・・本当のようだ・・・」 「兄さんを知っているの?」 「名前だけ・・・」 「ケイって有名なのね」 「一部の人間には・・・」

ため息つくような仕草を見せた後にフードを取った。

「!」 「!」

二人で驚く。 白い肌、シャギー入った黒髪、冷たい青い瞳。 整った顔でなかなかだ。

「俺の・・・顔に何かついているのか・・・?」 「い、いや」 「そう・・・・か」

パンを千切って口に運ぶ。 静かな食事。 会話がないわけではない。 タナトスが淡々と話をしているのだ。 今までの自分のことをただひたすら。 人と話すのが億劫のようで違うらしい。 彼も両親がいないこの三人の中で一番悲惨かもしれない。 両親がいない殺されているのだ。 盗賊に。 あれはインフェリア兵に間違いない、と最後に言った。

「まだ会える可能性のある僕は幸せなのかな」 「生きていても会いたくないわたし」 「幸せの数は・・・人の数ほどある・・・」 「難しいこと言うわね」 「哲学的なんだ」 「当たり前のことさ・・・。そろそろ寝た方がいい、ここもそう持たない」

そのまま木の幹に寄りかかり寝てしまった。 さっきまでとは違う表情を見せていた。

「もう寝ちゃったの?」

ウィルがタナトスを見ながら言った。

「僕が14、タナトスが16、ウィルが17。最年少か・・・」 「年なんか関係ないよ」 「うん」

たき火を消すと晶霊灯の青い光(これは水晶霊の光)があたりを照らしている。

「お休みレイル」 「お休み、ウィル」

寝袋に潜ると瞳を閉じた。 どれくらいたったのだろうか。 異変の気づいて目を覚ました。 白い霧が立ち込め数メートル先も見えない。

「なっ」 「敵・・・」

かすかなタナトスの声が聞こえる。

「エアスラストっ!!」

風をおこす。 霧が吹き飛びウィルとタナトスの姿が見えた。 急いで駆け寄る。

「どうなっているの?」 「完全にこっちが囲まれているようね」 「俺が・・・やろう」 「え、だって敵の姿は」 「気配は・・・感じる」

二人より一歩前に出て詠唱を始めた。 きいたことの無い呪文だ。

「闇の晶霊たちよ。我が元に集いてすべてを無に還せ。エターナルダーク・・・」

唱え終わった瞬間、視界が暗闇に消えた。 視界が戻ると霧も無くなり気配も無くなっていた。

「今の晶霊術は?」 「オリジナルの晶霊術・・・」 「すごいね」 「そんなことは・・・ない」

恥ずかしいのかまた木の幹に寄りかかりすぐ寝てしまった。

「わたしたちも寝直そうか」 「そうだね」

と言いつつ寝られない。 うっそうとした木々の向こうに見える小さな星空を見上げる。 夜空に星が瞬くように・・・ 僕らに未来がありますように・・・ こんな状況下で何を祈っているのだろう? レイルは心の中で苦笑した。

・・・・・・・・・。 ・・・・・・。

「やっと抜け出せたわね」

伸びをしながらウィルは本当、「やっと」という風にいった。

「タナトスのおかげね」 「俺も・・・楽しかったから・・・」 「それでは・・・」

と歩きだしたところで後ろを振り返るとタナトスの顔のアップ、しかも無表情、があった。

「なーっ」

思わず叫んでしまう。

「一緒に旅させてほしい・・・」 「・・・」 「興味を持った・・・と言ったはず」 「あー」

記憶を辿り該当するものが見つかりまた叫ぶ。 今度叫んだのはウィルだけだったが。 さらにその後、レイルは小さくあっと叫んだ。 お礼をすることを忘れていた。 本当に利用するだけして捨てるところだったのだ。

「歓迎するわ、タナトス」 「これからもよろしく」 「よろしく・・・」

そんなこんなで仲間が一人、タナトスという晶霊術士が加わったのだった。

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