Feathery Instrument

Fine Lagusaz

「・・・なんだ・・・?」 その影に気づいたのはタナトスだった。 タナトスが怪訝な顔をしたので兄さんが近寄った。 「これは一体・・・直接確認したい。セイ、高度を上げてくれないか?」 こくっとセイは頷き船体を傾けた。 雲の中に入ったけど誰も何も言わなかった。 言えるような気分ではなかったんだと思う。 「こいつは・・・一体」 目の前の光景はとても信じられないものだった。 空に要塞のようなものが浮かんでいるのだから・・・。 その向こうは空と言うには青すぎる。 そう、宇宙だった。 要塞の中心で光が点滅した。

蒼い旅最終章「Re…」

「初弾必中・・・とはいかなかったようだね」 さすがはセイ。 見事な舵さばきですべて避けた。 まさか試験飛行で相手を見つけられるとは思わなかった。 やることは決まっていた、無言のままその要塞に近づいて行く。 何事もなかったように船をつけることができた。 「最初のように歓迎してくれないんだな」 「余裕・・・でもなさそうだ・・・」 セイが一歩前に出ると銃から光が放たれた。 何かの叫び声と倒れる鈍い音が聞こえた。 顔を見合わせると一気に中へ駆け込んだ。 中は広いホールになっていて奥に長い通路が見える。 そのままホールと通路を走り抜けると別の部屋に出た。 「どういう構造になってるんだ・・・?」 兄さんはクレーメルコンピュータを起動させるとここの構造が表示された。

「ここが現在位置か。この上には大きな部屋があるぐらいだ。ほかにも通路があるのだろうがわからない」 「上に行けばたぶんわかるね」 今はとにかく上に行くしかない。 「そうしなくてもわかるぞ」 老いた男の声が部屋に響く。 その声には聞き覚えがあった。 フィグだった。 「さすがにここで邪魔されては困る・・・」 短い詠唱を終えると突然人が現れフィールさんが叫んだ。 「この人達です。わたしを街で襲ったのはっ!」 「ほう、あなたが壊したのか」 「こ、壊すって人を・・・人をどう思っているのですか・・・っ」

「ただ新しい世界を作るためにはそれなりの犠牲が必要なのだ。彼らはその犠牲だよ」 冷静に語られフィールさんは怒りは行きどころを無くしてしまった。 代わりに兄さんが続ける。 「まぁ、ここは俺が相手するからお前ら先行け」 「・・・わかったよ」 「れ、レイル」 「わたしも残ります。タナトスさんとセイさんはレイルさんと一緒に」 二人は無言で頷き僕らは再び駆け出した。 一瞬だけ振り返ると兄さんはフィグを厳しい目で睨みつけていた。

長い螺旋階段を上り続ける。 窓からは黒い空が見える。 扉らしいところにたどり着いた。 “らしい”というのは氷で固められているのだ。 恐らくフィグが固めたのだろう。 セイが氷奏石を掲げ詠唱した。 氷が消え去り扉が姿を見せる。 全員がそれぞれの武器を握り締め扉を開けた。 「・・・一足遅かったな」 落ち着いた口調でウィルバーが言った。 「何が遅かったのかしら?」

「インフェリア、セレスティアへ同時侵攻をかけている。既に戦艦は抜錨している」 「指令は後ろの機械がだしているのでしょう?」 セイの言葉にウィルバーの顔がぴくりと動いた。 「ここは城内戦は想定されていない。わかりやすい構造になっているよ」 それでもなぜか余裕のウィルバーに不安を覚える。 「どうしてそこまで話すんだ?」 「良い質問だな。それは簡単だ-」 背後で声がした。 「俺たちが勝つからだ」 「それは・・・どうだろう?」 ウィルバーの動きが止まる。 握られていた大剣が床に刺さり腕が垂れた。 水奏石が完全に動きを止めていた。 「さすがに腕を上げたか」 「そうじゃないと困るんでね」 大剣を握り直すのと同時に僕は水奏石を剣に変えた。 ウィルも一次元刀を構える。 二人掛かりでも苦戦するだろう。 柱の陰から見覚えのある長髪の女性が出てきた。 「セロラ・・・さ、ん・・・?」 「あの時は・・・ありがとう。おかげでまた戦えるわ」 何かをこらえるようにセロラは言った。 僕は複雑な気持ちになっていた。 どうしてそこまでして戦おうとするのだろう? 「自由が欲しいんですか?」 最初にあった時、セロラさんが言った言葉を思い出す。 だからそう尋ねた。 「そう、自由が欲しい。これはあたしたち平民の戦いなの」

「確かに自由は欲しいですよね。この戦いに勝ったとしてどうするつもりですか?」 静かにこのやりとりを聞いていたウィルバーが口を開く。 「俺達のやり方で新しいインフェリアを作る」 「そしてまた不満をもつ人が現れて争いになって・・・また繰り返すんですよ?」 「それがどうした。人の歩んで来た歴史そのままではないか」 後ろから風が吹いて来た。 振り返るとフィグが兄さんとフィールさんを凍りづけにして立っていた。 「・・・何を・・・したんだ?」 「見ての通りのことだが」 視界がかすむ。 涙を流しているわけじゃない。 意識が薄れている・・・のか? このままだと・・・このままだ・・・と・・・。

何処だろう、ここは。 静かに目を開くと自分の家にいた。 「・・・夢?」 変な夢を見ていたかもしれない。 夢・・・どんな夢だっけ。 思い出せない。 「レイル、飯できたぞ」 「あ、わかった。今行くよ」 居間に行くとフィールさんがいてタナトスがいてセイがいる。 「あれ・・・ウィルは?」 「ウィルってお前の知り合いか?」 皿を並べていた兄さんが動きを止める。 「え、ウィルだよ。覚えて無いの?」 「わたしも知りませんね・・・」 タナトスとセイも頷く。 「何でみんなウィルのこと忘れてるの?」

「フィグの晶霊術に耐えるとはな」 「そうそう凍りづけにされたらたまらないわ」 ウィルの手には二つの刀が握られていた。 それがフィグの晶霊術を防いでいる。 「しかし咄嗟に二刀流したのは良いが戦えるのか?」

「さすがに二人同時は無理かもね。だけど今、動けるのはウィルバー。あなただけでしょう」 「その通りだ。動けないのはお前も同じだろう」 「それはどうかしら・・・」 「ほぅ」 二人の視線が激しく火花を散らす。

「こんなの変だよ」 「変だな」 兄さんが頷く。 もしかして気が付いてくれたのか。

「そう、この世界は作り物だ。ウィルは直撃しなかったからここにはいない・・・ただ」 「ただ?」 「お前が起きるまであれこれ試した。試したがどうにもならない」 でも兄さんは少し嬉しそうな顔をしている。 違う、これは楽しいんだ。 「じゃあ、さっきまでウィルを忘れていたのは?」 「記憶の正しさを確かめるための演技だ」 少し力が抜けた・・・。 心配しただけ損した気分。 「皆さんそろったようなのでそろそろですね」 「ああ・・・そうだな」 「氷属性まではわかったから後はセイがやる。レイル、手伝って」 「うん。でもどうにもならないんじゃ?」 「それはお前が抜けていたからだ」 木漏れ日のさす外に出る。 何処までもモルルそっくりだ。 でも僕らしかいない偽物だ。 タナトスが陣を書き終えてセイと僕の二人で詠唱を始める。 陣を中心に光が舞い始める。 その光は布を切り裂くようにこの偽りの大地を壊して行く。 視界がまた真っ白になる。

「口だけではないようだな」 「当たり前でしょう」 刃が交差するたびに激しい火花が散る。 一次元刀を受け止める剣。 武器の能力には頼れない、技術の戦いになっていた。 壁にはセロラが寄りかかっていた。 「ウィルバー・・・術が解けた」 「なんだと」

横に目をやると先程まで氷塊に閉じ込められていたレイルたちが武器を構えていた。 「そう簡単にはやられないよ」 「そうだろうな」 ウィルバーが力を弱めた瞬間、ウィルが一気に踏み込み大剣を押しのける。 「ぐ・・・まだ・・・終わらないぞ」 切り口から膨大な血を流し口から吐きながらウィルバーが呻く。 「ウィルバー。例のあれをやるつもりか・・・」 駆寄るフィグにウィルバーが何か耳打ちする。 ただ僕はそれを見ているだけだ。 フィグが何かを呟いている。 それが詠唱だと気が付いた時には遅かった。 フィグが力を失い倒れるとウィルバーがゆっくりと立ち上がる。 「すまんな、フィグ。俺らの世界はちゃんと実現する」 セロラはウィルバーの言葉に耳を貸さずひたすらキーを叩いていた。 「何をしている、セロラ」 「この戦いを止めるだけよ」 その声には感情が籠もっていない。 「これで最後。このキーを叩けばすべてが止まるわ」 「裏切りか。なんのために戦って来たんだ?」 「さぁね。ただ人らしいことやらない人についていくつもりはないの」 「そうか・・・ならば死ねっ」 ウィルバーの振り下ろした剣から衝撃波が発生する。 水の流れがそれを受け止める。 「これで二度目ね、ありがとう」 そしてセロラは最後のキーを叩いた。 鈍い音を立てていた機械が止まる。 「ふふ、せめてフィグの敵だけでも討たせてもらおう」 黒い影がウィルバーを覆い始める。 「自分自身にあれをかけるつもりなの?」 セロラさんと同じことを僕は考えていた。 インフェリアでセロラさんと戦っている時のあれだ。 “がしゃり” 金属と獣の足音を混ぜたような不気味な音がした。 その姿は人の姿をしていない。 「お前らさえ倒せば邪魔をする者は・・・いなくなるっ!!」 再び衝撃波が僕たちを襲う。 兄さんが一歩前に出て衝撃波を打ち消した。 「俺でも意外とできるものだな。さっさと片付けるぞ」 返事の代わりに攻撃を始める。 爆煙が晴れてもそこにそれはまだ立っていた。 かすり傷程度、と言ったところだ。 「効かないな」 今にも笑い出しそうな声でウィルバーは言った。 その力の強大さに嬉しいのだろう。 「一点集中で破るしかないようだね」 「的当ての時間?」 セイの言葉にウィルバーは不快そうな顔を見せる。 人の姿から掛け離れた姿でも中身は一緒らしい。 「いい度胸だ」 背中から光が複数放たれる。 何かに反射するように曲り僕たちに襲いかかる。 白い煙に姿が見えなくなる。 「他愛もない」 僕たちの立っていたところへ近寄って行く。 しかし何も残っていない。 そう僕らはウィルバーの後ろにいた。 ぎりぎりのところで水奏石を使い光線を乱反射させてかわした。 「行くよ。貫通斬っ!!」 強固な皮膚を深く抉る。 腕と一体になった剣を振ってくるのを僕が受け止める。 「子供の分際で」 「今だとそんなこと関係ないさ」 ウィルと顔を見合わせ同時に離れた。 そこへタナトスの鎌がウィルのつけた傷をさらに広げる。 それでも体液は出てこない。 セイがトリガーを引いた。 足に連続で当て凍らせて行く。 動きを封じたところで兄さんが突撃する。 「これが俺の自信作だ。食らえっ」 傷口に埋め込み一気に距離置いた。 次の瞬間、ウィルバーの装甲をまばゆい光が焼き尽くして行く。 巨大な光の半球がウィルバーを包む。 煙の晴れたところで僕はありったけの水晶霊を水奏石に注ぎ込む。 「これで終わりにするよっ」 青い刃をウィルバーの体に突立た。 獣の叫びに似たような声を出しながらウィルバーは崩れていった。 黒い雲のようなものをばらまきながら・・・。 その崩れて行く姿を見ながらすべてが終わったと僕は思った。 ・ ・ ・ 活気の戻った王都の中心に僕らは立っていた。 あの戦いの後はいろいろな行事によばれて大変なことになっていた。 セロラさんはあの戦いの中姿を消した。 その後の行方は分からない。

もう一度、旅をしようという話になって僕らはここに立っている。 兄さんはフィールさんとインフェリア城に招かれている。

技術者として必要とされているしまぁ、いいか、といい加減な返事で承諾してしまった。 フィールさんは兄さんのサポートをするらしい。 セイとタナトスは晶霊兵器の研究に携わることになった。 とはいえ二人とも外に出ることには変わらない。 僕とウィルはインフェリアをまわることにした。 終着地点は王都インフェリア。 それぞれ僕らは僕たちの道を歩み出した。 言葉はいらない。 たぶん、同じことを祈ってるから。

いつかまたインフェリアのどこかであえることを・・・

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