Feathery Instrument

Fine Lagusaz

インフェリア城の屋上からは王都の街並み、そして海が見える。 こんなところから見られるようになるとは思ってもいなかった。 モルルの時、見えたのは緑の木々と穏やかな沼だった。 こういう眺めも嫌いじゃないかな。 「ここにいたんだ」 ウィルに後ろから声をかけられた。

レイルが振り向くとゆっくりとした足取りでウィルが近づいてきて横に並んだ。 「うん、良い眺めだなって」 「わたしもそう思うよ」 二人で壁に寄りかかる。 海から吹く風は街を駆け抜け様々な空気を吸い込み抜けて行く。 この風には人の生活感のようなものが感じられた。 それがレイルには新鮮に思えたのだった。 「平和ね」 「それが平和じゃないのが辛い」 レイルの言葉にウィルが黙ってしまう。

しばらく無言のまま風に吹かれるが居心地の悪い雰囲気に耐えられずレイルは言った。 「そろそろ戻ろうよ」 「そうね・・・」 二人が戻ろうとした時だった。

「我々はインフェリア解放戦線である。我々は暴虐な王と貴族から民を解放するために結成された。数時間後に王都へ攻撃をかける。繰り返す、我々は——」 「何だ?」 「どういうこと、なの?」 何が起ころうとしているのか不安になりながら城内を駆ける。 向かうはロエンのいる作戦室。 扉を勢いよく開けた。 全員の顔があった。 「とんでもないことになった」 ロエンが言わなくてももうわかっていた。

第十七章「決戦」

「現在の状況だ」 机の上に王都インフェリアを中心とした地図が広げられる。 その上に船の模型を手際よく置いていくロエン。

「インフェリア解放戦線を名乗る連中はこのように艦隊を展開し海上を完全に封鎖している」 「ということは脱出路は陸路のみか」 ケイの言葉通りだ。 避難するための時間はほとんど無かった。 「市民の避難は始まっているのでしょうか?」 「今、空いている兵士をフルにまわして避難させている」 「わたしも行ってきます」 「そうしてもらえると助かる」 「では」 小走りでフィールは部屋を出て行った。 「戦闘開始は三時間後と連中は言っている。それから・・・・」 一拍おいて続けた。

「圧倒的な戦力差があり連中が必ず勝つと宣言し我々に降伏するように言っている。兵士にも危害は加えない。狙うのは王と王妃、そしてアレンデ姫のみだ。目的は王制打倒らしいな」 そこでロエンは大きなため息をついた。 「でも、自分たちで変えようとしているんだよね」

「レイルなぁ、そういうのが信じられないから、待てないからこうしているんだろう」 「・・・・そう、だよね」

「連中の戦力だがクレーメルエンジン搭載艦が23。歩兵は約4000と見ている。こちらは軍艦が10隻だけで苦しい。そのため、陸に上がるところを徹底的に叩くしかない」 「水際・・・・か。乗り込めないのか・・・・?」 タナトスの問いに答えたのはロエンではなくセイだった。

「実験段階の船だけどクレーメルエンジン搭載艦が一隻。武装はほとんど無いけど速度は十分だせる」 「一隻だけではどうにもならんな・・・・」 ロエンは頭を抱えた。

外の風は心地よく吹いているが今はそんなことはどうでも良かった。 こんな事になるとは思わなかったと一人の兵士が大きくため息をついた。 「なぁ」 艦隊の様子を見ていた兵士の一人が隣の兵士にきいた。 「なんだよ」 「変だと思わないか?」 「そりゃ、変だろうな。いきなり大艦隊なんだからよ」 「そうじゃないって。船を良く見て見ろ」 双眼鏡を手渡し見るように促されると仕方なく覗いて見た。 「普通じゃないか」 「人影がないだろ?」

「向こうはクレーメルなんちゃらを積んでいるんだろう?帆船と違って人の出る理由がないじゃん」 「違う、艦橋を覗いて見ろ」 渋々と双眼鏡をのぞき込む。 艦橋には人影はない。 「みえないだけじゃねぇのか」 「動きも変なんだよ。なんか、こう操られているというか・・・」 「おいおい、あんな大きなもの操るなんて・・・」 「俺、ロエン隊長に報告してくる」 そう言うと城へ駆けて行ってしまった。 「持ち場勝手に離れるなよ・・・たくっ」

「それは本当なのか?」 「ただ確かめる術もありません。でも俺はそう感じました」 「そうか・・・とりあえず持ち場に戻れ」 「はっ」 大艦隊を自由に操ることができるのか? そうだとすると船の見えるところに操縦者がいるはずだ。 しかしそれを探す時間はない。 そして調べる人員もいないか。 「こんなのでたぜ」 ロエンが顔を上げるとケイがいた。 「ちょっとした細工をして見たんだが」 「そういう話は後にしてくれ」 「人の話は最後まで聞けよ。この写真を見ろ」 壁に艦隊の写真が投影される。 複数の写真が表示されグラフもでていた。 「艦橋に人はいないな・・・。無人なのか?」 「23隻のなかで人がいるのは3隻のみでほかは無人のはずだ」 「なんでわかるんだ。そんなことが」 「これさ」 ケイの手の上に小さな風の流れがあった。 「風奏石を使ったのさ。風は何処でも吹くからな」 いつの間にか風奏石を使えるようになっているケイ。 そこは気にせずロエンは話を続ける。 「なるほど。そして中枢の船を叩けばほかは黙るんだな」 「理屈はそうだが自動操縦になったらやっかいだ」 「やるしかないだろう。作戦を組み直す、時間が無いからな」 「俺も手伝おう」

インフェリア解放戦線を名乗る集団が攻撃予告をして二時間半が経過した。 王都インフェリアから人の姿は消え活気も無くなった。 沿岸部と城壁付近に兵士は配置され戦いに備えている。 インフェリア港にレイルたちはいた。 「これがそうなんだ」 レイルは双胴の船を見た。 試験型クレーメルエンジン搭載艦「トライデント」。 高速性と安定性を両立させるためこんな形なのだ。

水晶霊と雷晶霊が動力になっていて稼働時は中心の胴が降りてきて三つになる。 「たく、無茶な作戦を立ててくれたもんだ」 レイルたちに説明を終えるとケイは苦笑いした。 作戦目的は目標の艦隊殲滅と王都インフェリア防衛。

レイルたち先行隊(レイルたちとインフェリア兵100人)が艦隊を操作している一隻(操作しているのは一隻だけ)に乗り込み艦隊の動きを止める。 上陸してきた敵は文字通りの水際で晶霊術士、歩兵の混成隊で迎撃する。 晶霊兵器が投入されるかもしれないとセイは言っていた。 どちらにせよ、血が流されるのは変わらない。 そして、戦わなければ死ぬ。 「厳しい戦いになるわね」 「僕は戦う。そして・・・・」 その先は僕には言えなかった。 ウィルを守るの一言が・・・・。

「この戦いにはインフェリアの未来がかかっている。諸君らの健闘を祈るっ!!」 ロエンの言葉と同時に戦いは始まった。 それがレイルたちの経験する最後の戦いになるとは誰も知らない。

「僕たちも出よう」 クレーメルエンジンが小さくうなりを上げる。 波を切り裂きトライデントが進み始めた。 目指すは敵指揮艦・・・・。 この壮絶な戦いがただの序章に過ぎないことをレイルたちは知らない。

「敵艦接近、砲撃開始」 敵艦隊の指揮を執っているのは長い髪の女性だった。 レイルたちが助けた人だ。 「セロラ様、速すぎて当たりませんっ」 「何っ」

「右斜め前から攻撃」 「回避運動」 鮮やかな舵さばきを見せるセイ、サポートするタナトス。 二人の息はぴったりとあっていた。 トライデントの近くに着弾し水柱が立ち船が大きく揺れる。 それを突き抜け走り抜ける様はまさにトライデントだった。

トライデントの異常なまでの機動性に翻弄されてしまう。 指揮官のセロラは焦っていた。

インフェリアの技術はセレスティアより劣っているし技術の流入も少ないはずなのにあの船の存在は異常なものだ。

「どういう艦だ・・・・。2番、3番は前進しろ。無人艦を壁にして奴の動きを止めろっ」 壁にして止めるしか無い。 その間に陸の防衛ラインを崩して先に制圧するしか方法はない。 完全に気づかれているのは間違いない。 が、焦ることは無いのだ、戦力的にはこちらの方が圧倒的に有利なのだから。 こちらが陸に上がればあたしたちの勝ちさ。

「敵艦が近づいてくる・・・・?」 外を見ていたタナトスが呟く。 「まずい、囲まれたら終わりだ」 「回避運動・・・・ダメ、囲まれてる」 船体が大きく傾いた。 「僕が出るよ」 「ちょっとレイル」 ウィルの制止を振り切り甲板に出た。 鈍い衝撃に揺れるトライデント。 次の瞬間、レイルは海に投げ出された。 海面まで後、少し。 水奏石を強く握り締める。 水の柱が形成されその上にレイルは立っていた。 水奏石が手の上で杖に変わる、それを空に掲げた。 トライデントのまわりに水のカーテンが現れる。 そのカーテンに敵艦は砕かれ海へ消えた。 甲板の上にゆっくりと降り立つレイル。 ウィルが駆け寄るとレイルは笑った。 「なんとかなるもんだね」 「無茶なことはやめてよ・・・・」 「ぅあ」 何も無いはずの甲板でよろけた。 「と・・・・何も無いところでよろけないでよね」 「ごめん」 二人を見下ろすケイたち。 「相変わらずお熱いねぇ」 「一応・・・戦争しているのですよね」 「そうなんだけどなぁ」 ケイさんたちも熱いと思うタナトスとセイだった。 「早く戻れよっ」 ケイの一言で我に返る二人、世界を勝手に作っていたらしい。

今までの攻撃が嘘のようにあっさりと乗り付けられた。 ケイと護衛の兵士をトライデントに残しレイルは外に出た。 当たりを見回しても誰もいない。 後にウィルやほかの兵士たちも続いた。 「誰もいない」 でもこの船には誰かのっているはずなのに・・・・。 「来る?!」 ウィルが短く叫ぶのと細い光が兵士達を貫いたのは同時だった。 一瞬にしてざわめきと動揺が広がる。 水をぶちまかしたような音と兵士達のざわめきも消えた。 生臭い血の匂いがあたりに広がる。 「なにが・・・・起こったん・・・・ぐはっ」 100人いたはずの兵士達は残り十数人まで減っていた。 「張り合いが無いわ・・・・。あのときの坊やか」 レイルには少しも視線を移さず言った。 彼女の手には大剣が握られている。 その刃先から赤いものが滴る。 「あなたは何を・・・・?」 「見ての通りよ」 声色一つ変えずレイルに言った。 「あたしはあたしたちの自由がほしいのよ」 「・・・・なんで・・・・なんで・・・・」 「死んで頂戴」 数メートル距離をおいていたはずなのにレイルの目の前にいた。 腹に鈍い痛みが走り抜けた。 「ぐぁっ」 「これで終わりよ・・・・」

そういって振り下ろそうとした大剣はレイルを斬る事なく金属の甲板に突き刺さった剣は風に吹かれるように光の粒子になって消えた。 「一次元刀はすべてを切り裂く。耐えられるものは無いのよ」 ウィルの一次元刀が剣を切り落としたのだ。 がっくりと膝をついた。 「く、負け・・・・た。・・・・好きにするが良い」 「呆気ないわね・・・。わたしたちも変えたいの、信じて」 「・・・お前の言う事なんか・・・」 「少しは信じてくれませんか、セロラさん」 「なぜ名前を?」 フィールは優しく微笑む。

「なんとなく、です。それにわたしたちはあなたをどうにかしようと思いません」 セロラと言う女性はがっくりと手を甲板についた。 悔しいのか涙がぽたぽたと甲板に染みを作っていく。 トライデントからケイが降りてきた。 何も言わず船の中へ消えた。 制御装置の解除をしにいったのだろう。 フィールは倒れている兵士に回復晶霊術、そして蘇生晶霊術をかけている。 大丈夫ですか、と優しい言葉をかけながら。 助かった兵士は礼を何度も言っていた。 兵士が動かなくなった仲間の名前を叫ぶ。 レイルは蘇生晶霊術を詠唱し始めた。 少しでもその魂を取り戻せるように・・・。 ずっと膝をついているセロラにレイルが声をかけようとした時だ。 「・・・・ぐ・・・・あぁ・・・・ぅぅ」 黒い影がセロラのまわりに集まって行く。 フィールが叫ぶ。 「あの禍々しい黒い影は・・・・まさかネレイドですか!?」 「何だって・・・・」 セロラに起こり始めた異変に動揺は瞬く間に広がっていく。 レイルの視界は真っ暗になった。 何も見えなくなる。 「なっ」 声と音が遠のいた。 何もわからない。 「所詮は役立たずのくずか」 「うぃ、ウィルバー・・・・様?」 二人の声だけが暗闇に響いていた。 ウィルバーとセロラという人・・・・なのかな。 「これくらいすれば力にはなるだろう」 「そ、それは・・・・・」 「破壊神の力だ」 え。 「いや・・・・やめ・・・・て・・・・きゃあああ」 視界が無くなったのと同じように視界が戻ったのも突然だった。 「レイル、早く下がってっ!!」 ウィルの言葉にはっとすると異様な光景が網膜へ飛び込んできた。 これが人間だったのか? すでに形はヒトではない。 色は黒く変色し身体は岩のように堅いようであれば触手のような部分もある。 その異形の存在に吐き気を覚えた。 『タスケテ』 「今の声は・・・」 「レイルっ」 ウィルに手を引かれた。 セロラだった何かにインディグネイションが直撃する。 『タスケテ』 「効かないなんて・・・」 フィールが膝からくずれた。 精神力も体力も先の戦いで消費し切っていたのだ。 その何かに光線の雨が降り注ぐ。 無数の光が体を貫き黒い体液が吹き出す。 「ぐあああああああああっ」『タスケテ・・・・ダカラコロシテ』 叫ぶ声もヒトでは無かった。 「セロラさん、まだ生きてるよっ」 「な、何を言っているのよ。レイル」 「声が聞こえるんだっ」 それを聞いていたタナトスは言った。 「一つだけ方法がある」 「本当なの?」 「徹底的にあれに攻撃するしかない・・・・」 「そんな・・・・」 「助ける方法は・・・・それだけだ・・・・」 フィールもタナトスの言葉に首を縦に振った。

「・・・レイズデッドがかけられれば元の姿に戻ると思います・・・。でも・・・絶対とは言えません」 獣のような叫びをあげる禍々しい物体を見た。 どうしてこんな酷いことになったんだ。

さっきの光景は幻では無かった、本当に倒さないといけないのはウィルバーという人だけだ。

フィールを助けようとしていた時と同じようにレイルの拳は怒りで力が入った。 「みんな、行くよっ!」 レイルの掛け声でぱっと散った。 一筋の光が岩のような足を貫き液体が流れ出す。 「・・・・」 何も言わずセイが連続でトリガーを引いた。 集中的に足元を狙い動きを封じる。

そこへレイルのメイルトローシュトローム、タナトスのダークフォースがたたき込まれる。 そして・・・・ウィルの一次元刀がそれの表面を切り裂いた。 装甲のような皮が紙のように切り裂かれ消えた。 それはすべてを呪うような咆哮をあげ崩れた。 次の瞬間、それは光に包まれた。 「・・・・」 フィールが祈るように杖を握っていた。 レイズデッドだった。 光を裂くように闇が滲んでくる。 光と闇が消えた時、人の姿が見えた。

双眼鏡でトライデントの動きを追う。 「・・・・すごいな」 ロエンは双眼鏡から目を離さず呟く。 水の上を踊るように砲撃をかわし速度を上げて行く。 「ロエン隊長、敵艦、二隻が急速接近」 「晶霊術隊にはエクスプロードを唱えさせろ」 数秒後、二隻の姿は爆煙の向こうに消えた。 兵士たちから感嘆の声が上がる。 「いや、まだだ。砲撃開始」 まだ晴れない煙の中を砲弾が貫通する。 爆音と着弾音が嵐のように轟く。 「撃てる限り続けろ。陸に上がられたら終わりだ」 直感でロエンはそう思った。 煙の一部が吹き飛び長く伸びた、何かが飛び出たようだ。 横にいた兵士たちが短い悲鳴と共に吹き飛んだ。 「何っ!?」 少なくとも向こうは健在だ。 煙の向こうからこちらを狙えるということはこちらが不利だ。 奴の装甲は化け物か。 ポケットから赤い石を取り出す。 炎奏石・・・俺に・・・使えるのか? 次の砲撃は炎に飲まれ消えた。

戦闘終了は開戦から数時間後、日は沈み暗闇に沈んでいた。 両軍の死傷者は100人ほどだった。 その数字はインフェリアの公式発表であるが信憑性は低いとされた。 インフェリア解放戦線は全員が投降した。 生存者への取り調べも行われたが何も話さず戦力も活動範囲も不明だ。 この戦いの最中に行方不明者が出た。

レイル・ウィンド ウィル・エア タナトス・カノン ケイ・ウィンド セイ・エウカリス フィール・クローブ

そして試験型クレーメルエンジン搭載艦「トライデント」

彼らが発見されたのは彼方の世界『セレスティア』だった。

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