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Fine Lagusaz

一葉・双葉シナリオ

校舎の地図でも頭に叩き込みに行こう。

全く覚えていないし授業が始まってから教室を探していたので間に合わない可能性もある。 ・・・・・・いくらなんでもかっこわるすぎだし。 そう思い職員室から出る。 歩けば歩くほどこの校舎が大きいことに気づく。 別に校舎の端から端へ走ると息切れするだとか倒れるというほど広くはない。 でも、とにかく広い。 廊下と教室でいくらか雑談している集団がある。 こちらと目が合うと軽くお辞儀をする。 しっかりとした生徒達だと思う。 こっちもしっかりしないとどうにもならないよな。

そんなことを考えながら歩いていると教室から小さな女の子の声が聞こえたような気がした。

「え??」

ここは高校で小さな子供が存在するはずは無い。 兄か妹でもここに来てるから遊びに来たりしたのだろうか? 声がした教室を覗いてみることにする。 ドアからひょっこりと顔を覗かせると小学生の中学年ぐらいの女の子が二人。

「???」

わけわからないな。何で? でも確かに女の子が二人、仲良く教科書を広げて勉強している。 片方は長めの髪の毛でもう片方が短め。 目つきも少し違うぐらいで全体的によく似ている。 双子?一卵性っぽいけど。

ちなみに双子には一卵性と二卵性があり一卵性は一つの受精卵が何らかのはずみで二つに分かれてしまいそのまま成長を続けて同時に生まれた場合のことである。遺伝子的に同じ子が産まれるがコピーにはならない。 二卵性は二つの受精卵がそのまま成長して同時に生まれた場合である。 受精卵が違うために全く違う双子が産まれる。

どうやら、化学のようだ。担当教科だから大丈夫のハズだ。 ここでずっと覗いているのもまずいよな。 さてと

「あ、化学の先生だ」 「そうだね」

き、気づかれた。

「何やってるの」

髪を伸ばしている方が問いかけてくる。

「え、いや・・・」

返答に詰まる。どう答えれば良いんだ・・・・・・?

「まあ、いいや。ちょっと教えて欲しいんだけど」 「一葉は化学に弱すぎなの」 「二葉~、そういう言い方はないよ~」

そう言って双子は顔を合わせて笑った。 その雰囲気につられて自然と僕も笑っていた。

「わかったよ。どこがわからないんだい?」 「ここなんだけど・・・」 「あ~・・・ここは」

一通り説明をする。間違いは無いはずだがちゃんと伝わったのだろうか。

本人が説明、教えたつもりでも相手には全く伝わっていないということもある。

「ありがと、みかげ先生」 「いや、気にしなくて良いよ」

生徒の質問にはとことんつき合うべきだと思うしせめて勉強の質問にはしっかりと答えなければ。

「あ、自己紹介がまだだったね~」

そう言われればそうだ。 全く名前は分からない。

「あたしは萌木 一葉 (もえぎ ひとは)」 「わたしは萌木 二葉 (もえぎ ふたは)」

萌木か、変わった名字だな。 そんなことを思ったが口には出さない。

「僕の名前はわかるかい?」 「もちろん」

二人で声をそろえて答える。

「白澤みかげ先生っ!」 「げ、元気がいいね」

その元気の良さに圧倒されかかる。 大丈夫か、僕。

「っと、そろそろ帰ろうか」 「そうね」 「あ、帰るの?」

席から立ち上がりカバンを持つ二人。

「じゃあね、みかげ先生~」 「また明日、みかげ先生」 「気をつけて帰れよ」 「は~い」「はい」

教室から出ていく二人を手を振って送る。 一通り校舎を巡り職員室に戻る。

「あら、白澤先生、何処行っていたんですか?」

美術の水樹という人が話しかけてきた。

「あ~、ちょっと校舎がどんなのか歩いていたんですよ」 「ここは確かに広いですからね。覚えるのが大変でしょう」 「ええ、まあ。ところで萌木と言う双子をご存じでしょうか?」

気になったので訊いてみることにした。

「ああ、あの小さいかわいらしい双子の方たちですね」 「そうです」

「最初はわたしもおどろきましたよ。どうやら小さいころからの病気で小学校の中学年ぐらいから成長が止まってしまってるそうなんです」 「・・・・・・そうなんですか」

そうか、やっぱり。 病気か何かじゃないとあの姿のままというのは無い。

「まあ、彼女たちが気にしていないのであまりわたしたちもそのことには触れていないんです」 「はあ。僕もそうすることにします」 「それにしても彼女たち本当にかわいいですよね」 「そうですね」 「あ、今日は用事があるのでそろそろ帰ります」 「気をつけて」 「では」

そういって水樹は荷物を持って職員室から出ていった。 かわいいのは確かだが不思議な感じがする。 なんでだろう?やはり高校生なのにあの背の高さだからだろうか? 自分の腕時計に目をやると6:33を指している。 そろそろ帰るか。 カバンを持ち残っている教師に挨拶をする。

「この時間だとラッシュだよなぁ」

大きなため息をついた。 バスもそれなりに込んでいたが電車と比べればどうって事はなかった。 電車の中はほとんど地獄のような状態で身動きが全くとれなかった。 時間を変えるか自転車使った方が良いかもしれない。 両手で吊革につかまりながらそう思う。

しかし・・・こういうのは苦手だ。元々、人が多いところが少し苦手だったがこれはダメだ。 体が持たない。 駅に着くとかき分けながら半ば強引に下車した。

駅から数分歩いたところにあるマンションにある自宅に着く。 鍵を回して扉を開ける。 真っ暗な部屋だけがある。 壁にあるスイッチを押すと白い照明に部屋が照らされる。 段ボールが数個積み上げてあるのが見える。 一月ほど前に引っ越してきたわけだがまだ片づいていなかった。 いい加減すぎだよなぁ。 次の休みにでも片づけるか。

夕食を終えた後にパソコンの電源を入れた。 メールチェックと知り合いのサイトを巡る。 その作業が終わるとすぐに電源を切った。 シャワーを浴びて明日の準備をしてベッドに倒れる。

「さて・・・これからどうするか」

仰向けになって瞼を閉じると今日のことが思い出されてくる。 まともな環境であることは確かだ。 学校そのものがあたりだろう。 ぱっと見たところ悪い人はいないようだし生徒も良さそうだ。 しかし、授業はまだだし本当のところは分からない。 ふと、あの姉妹のことが頭に浮かんだ。

化学の授業で担当するクラスの中に入っていたから週に何度か授業することになるだろう。

・・・・・・。 目覚まし時計の電子音が部屋に鳴り響く。 体を起こして手を上に伸ばす。 一欠伸してから目覚まし時計の電子音を止めた。 今日も頑張りますか。 洗顔、歯磨き、朝食を素早くすまして家を出た。 腕時計に目をやるとだいぶ時間に余裕がある。 鈍行でも間に合うだろう。

電車というものは不思議なもので急行や快速は大混雑するのに対し鈍行は空いているのだ。 しかも先頭車両、最後尾車両はさらに空いている。 帰りはこれも通用しなかったりするが・・・・・・。

職員用の下駄箱に靴を入れて鍵をかける。 上履きとはいっても普通に運動靴だったりする。 移動のしやすさから言えばなかなかなのだが服との相性に問題ありか。

「おはようございます」

とりあえず、挨拶なんかしてみる。

「おはよう」 「はようございます」 「おはよう~」

それなりに反応がある。 挨拶することで人間関係を円滑にすることができるとかできないとか。 いつも実践しているのだがここではどうだろう。

「白澤君は朝がはやい」

感心したように校長が言う。

「どうも」 「この学校はどうだい?」 「ええ、好きになれそうです」 「そうか、それは良かった」

校長は笑顔でうんうんと頷いている。 本当にいい人そうだ。 こういう校長なら生徒、教師の支持率も高いだろう。 ん?昨日は「白澤先生」とよんでいたような気がするが今日は「白澤君」か。 この変化には何か意味があるのだろうか?

「あ、そうだ」 「なんです?」

校長が思いだしたように言った。

「これを渡さなければ」 「?」

校長は後ろに向いてから灰色の薄いカバンのようなものを持っている。

「ノートパソコンですか」 「職員には必ず一台渡しているんだ。これは白澤君のだ」 「どうも」

本体に張ってあるシールから察するにとりあえず、最近の機種であるらしい。 それ以外のことはわからない。 僕自身、あまりパソコンには強くない。

「それからACアダプター。これがないと長時間の作業できないからね」 「はい」

自分の机まで持っていき置いてみる。 ACアダプターをコンセントに差し込み電源を入れる。 液晶画面が明るくなりデスクトップが表示される。

さて、どうなってるか触ってみるか、と思ったら画面右下には「読み込み中」の文字が読める。 何を読み込んでるんだ? 次の瞬間、画面内に一人と一匹のわけのわからないものが現れていた。

「何だこりゃ?」

思わずつぶやく。 というか、本当にこれはなんだ。 しばらく放っておくと勝手に喋りだした。 何を言っているのかさっぱり分からない。 タスクトレイにあるアイコンを右クリックするとメニューが出てくる。 背景が奇妙な絵だがそこは無視してメニュー一番下の「終了」を選択する。

「・・・何、ホント」

世の中にはこんなソフトが存在するのか。 正直驚いた。 しかし、パソコン起動時に毎回これも起動するのか。 それは勘弁してくれ。 スタートアップの項目を変更。このソフトを削除と。 たぶん、これで大丈夫だろう。 後ろからの視線を感じて振り返る。 眼鏡をかけた少し細い男がこちらをみている。 随分やせていて頬なんか線がみえる。どういうわけかずっと口を開けている。 口、乾かないか、という突っ込みはどうでも良い。

『怖い』

心の中でつぶやく。 ちょっとばかりかだいぶ不安になってきた。

後にわかったことだがこの変わったソフトはSSPというソフトで仕込んだのはこの男、木村である。 古典担当らしいが何をやっているのだか。

基本的なソフト、ようは表計算やワープロなどの仕事のソフトは一式入っているようだ。

システム情報など見た限りでは事務処理以上のことができそうなノートパソコンである。 いくらなんでも過剰投資ではないだろうか。 これだと動画編集でもなんでもできそうだ。 授業に動画を使えということだろうか? 困った、弱った、参った。 そんなことはじめてだって。 教われば何とかなるか。

そんなことをやってる間に朝の打ち合わせが近づいてきた。 ぎりぎりのところで日直担当の生徒が職員室に来ている。

「もっと次からは早く来いよ」 「はい、すみませんでした」 「そろそろ打ち合わせが始まるからはやくでなさい」 「失礼しました」

そんなやりとりを横目でみていた。 しばらくしてから打ち合わせが始まった。

今日の授業については説明と雑談で済ませて良い、と校長から直々に全職員に言っていた。 ちょっと、それでホントに良いのか?! 今までの生徒経験(?)から言えば初日は教科書配布や授業の進行方法、

休みの間の出来事などのことで授業は終わっていたのだから問題無いのかも知れない。

生徒名簿、チョーク、教科書などの基本装備を調えて教室へ。 最初はこのクラスか。 少し緊張するな~。 時間ぴったりに教室へはいることは難しいことだ。 よく入れるものだと思う。 とりあえずチャイム無視して教室の扉を開ける。 私語や立ち歩いていた生徒達が席に着き始める。

「まだチャイム鳴ってないから、まだ良いよ」

時計に目をやるとまだ二分ほど有る。 あちこちからは先生はやいよ~、という声があがっている。 10分の貴重な休みにおいて二分というものは大きいのだろう。 でも、一時間目なんだから朝休みのことをカウントすると結構遊んでないか?

喧噪に包まれていた教室にチャイムが鳴り響く。 懐かしい音かもしれない。 学級委員が席に着けという光景は昔を思い出させた。

「号令しなくて良いよ」 「え、良いんですか?」 「そんな厳しくしなくても良いでしょう」 「はあ」 「挨拶は僕が勝手にやるから」

変わってる~、そんな声が聞こえた。 確かに変わってるかもな。 教壇に立つと教室が見渡せる。 廊下側から窓側を見てみると見覚えのある顔が一つ。 小さく右手を振っている。

「あ」 「おはよう、みかげ先生っ」

一葉だ。 そういえばこのクラスだったっけ。 教室が少し騒がしくなっていた。

「そう騒ぐなって」

とりあえず、注意してみる。

「先生~、萌木さんと知り合いなんですか~?」 「もしかして彼女ですか~?」 「”ロ”だな」 「ぉぃ」

本当にうるさい。 いくらなんでも過剰反応だろうと思う。 でも自分でもそんな時期があったかもしれない。 この年齢の人間らしい反応かも知れないな。

「ただの知り合い。昨日、ちょっと質問を受けたので教えてただけ」 「え~~」 「つまらないな」

だから・・話、聞いてるのか。

「ということで、新しく化学の担当になった白澤みかげという。本当に 素人だから手加減よろしく」 「ということで、白澤先生に対する質問タイム~」

男子生徒が一人立ち上がりそう叫んだ。

「いいともぉ~~っ!!」 「マジかっ?!」

ちょっと待ってくれよ。そういうのは少し苦手なんだけど。 そのまま、生徒に勢いに流されてしまった。

-職員室

机に突っ伏している僕がいた。 まさか質問責めに合うとは・・・・・・。 最近の高校生は恐ろしいものだ。本当。 でも堅い雰囲気ではなかったしそこそこのできで良かったと思う。 次からは普通に授業するのだが出だしはそれなりに遊ぶというか楽しむ 方がいい。 こちらとしてもああいう雰囲気だとやりやすかった。 午前中はもう無い。 机でひじをつきながらぼーっとノートPCの液晶ディスプレイを眺める。

各クラスの名簿や生徒の性格などが載っているExcelのファイルが開かれている。 しかし、生徒の性格などは本当に役立つのだろうか?

出席は一応、とるから名簿は重要だが性格に関して言えば変化もするし生徒の表面しか見ていないハズだ。 生徒に限らず人は他の人の表面しか見られない。 大人の前でと子供同士では違うものだし。 あくまでも参考資料と言ったところか。 相手は生身の人間だ。 こんな資料に書き出せれるものではない。

「白澤君、最初の授業はどうだったかな?」 「あ、校長。・・・そうですね、賑やかでした」 「そうか。ちょっと疲れてるようだが」 「あ、あのちょっと質問責めにあいまして」

苦笑しながらそう言った。

「大変だったなぁ」

笑いながら校長は言った。

「生徒達の反応は?」 「なんか、素直で良いです。好きになれそうですよ」 「良かった。ゆっくりとお茶でも飲みながら話そうじゃないか」 「良いんですか?」 「白澤君に時間があれば良いよ。わたしは暇だから」

話しているときはいつも笑顔の校長。

校長というのはもう少し取っつきにくい人間だと思ったのだがこういうのも悪くはない。 やはり、生徒からの評判も良いのだろうか?

職員室前にあるコンクリートのたたきの上に座っている。 校長とお茶すすりながら。 春の心地よい日差しが眠気を誘っていた。 やばい、寝てしまう。

「日差しが気持ちいい。生徒の中には居眠りするものもいるだろうな」 「ええ、そうですね。・・・居眠りはさすがにまずいと思いますが」 「さすがに授業中に寝られてしまうと困るが眠くなるなら健康な証拠だよ」

「その通りですね。確かに眠くならないで機械みたいに授業に参加されるのも怖いです」

「そう、生徒も人間。そこを忘れちゃいけないんだ。相手は生身の人間なんだからいろいろある」 「教師も、ですね」

「お互い、そのことを忘れることがある。もう少しふれあいを大切にしたいと思うんだよ」 「なるほど」

そんな会話をしているうちにあっという間に時間は過ぎた。 不思議な魅力がある人かもしれない。

-昼休みの屋上 弁当を広げているグループが数個。 どこも賑やかで楽しそうだ。 ここの屋上からは海がよく見える。 潮風が気持ちよかった。 ふと、給水塔のあたりを見ると小さな人影が二つ。 梯子があるから登ろうと思えば登れるが・・・。

「あ、みかげ先生だ」

その人影が声をかけてくる。

「よ」

短く挨拶する。一葉の後ろから二葉が顔を覗かす。

「二葉さんも一緒か」 「うんっ」

よく見るとシートが広げられている。 どうやら弁当をここで食べていたらしい。

「先生は何しに来たの?」

二葉が問いかける。

「ああ、特に理由は無いよ。ただ来てみたかっただけ」 「そうなの。お昼ご飯は?」 「ん、この通り」

手に持っている弁当箱を前に出す。 まだ、食べていなかった。

「そうなんだ。一緒に食べようよ」

一葉がそういった。

「良いのか?邪魔になりそうだけど」

三人座るのにはちょっとせまいかもしれない。 座ろうと思えば座れる広さなのだが。

「大丈夫だよ」 「じゃ、座らせてもらおうかな」

シートに座り弁当箱の蓋を取る。

「っと、いただきます」 「いただきま~す」 「いただきます」

まさかこうなるとは思わなかったな。 ま、楽しいから良いか。

「そう言えば次は化学の授業なの」

二葉がいった。 そう言えばと思いPDAで確認してみる。 PDAというのは電子手帳の発展系、ノートPCと携帯も中間。 数ヶ月前に携帯代わりに購入したものだが予定表ぐらいしか使っていない。

「というか、僕の担当なんだね」 「そうなの、頑張ってね」 「頑張ってねって言われてもなぁ」

笑いながら答える。 となると毎週、この曜日は双子の授業をするわけだ。 何かしら、策略めいたものを感じるのだが気のせいだろう。 潮風がとても気持ちよかった。

「ここは昼寝するのに最適なの」

と二葉。 しかし休み時間だけ寝るというのはきつくないか。

「授業に遅刻しないようにするのが大変だけど」

と一葉。 やっぱりな。

「この季節ならここの昼寝も良いかもしれない」 「でしょ」

彼女たちの弁当を見てみる。 自分のと比べると明らかに向こうが数段上だ。 やはり勝ち目はないか。

「?」

こちらの視線に気づいたようだ。 不思議そうな目で僕を二人で見ている。

「あ、いや、上手だな、と」 「これ、私たちが作ったんだよ」 「いつもそうなの、朝早起きして作るけど楽しいよ」 「へえ」

すごいな。 とはいえ自分の時も自分で作った記憶がある。 あの、親に頼めるか。

「先生も自分で作ってるの?」 「まあね」

二葉の問いかけにそう答えた。

「ということは先生は独りなんだ」 「なっ・・・そうだよ」

本当のことだが。

が、学校という公共の場であるということを考えていなかった発言に後悔した。

「私たちがなってあげようか?」 「おいおい、冗談だろう」

そんな一葉の言葉をさらりと受け流して休み時間は終わった。

教室まで一緒に行こうと二葉がいったが職員室に一度戻らなければならないと断った。

一葉のクラスと違い落ち着いた雰囲気のクラスだな。 二葉がいるクラスの感想だ。

「化学担当の白澤みかげだ、よろしく頼む」 「よろしくお願いしま~す」

クラス全員が声をそろえていった。 いや、元気いいかも。

「あ、名前は漢字で書くとこうだ」

そう言いながら黒板に名前を書く。

「先生、質問」

女子生徒が一人手を挙げている。

「なんでしょう」 「みかげってひらがななんですか?」 「そうだよ。漢字の場合は・・・少し、違うから。間違えないで欲しい」 「わかりました」

そう、違う。少しじゃない。

「ほかに何か僕に関する質問がある人はどうぞ」

反応無し。

「特にないなら授業の進め方の説明にうつる。

とはいっても授業のやり方なんて全く知らない素人なんで変なところがあったら指摘して欲しい」

いくらか頷く顔がある。 授業の進行速度、ノートの取り方などを説明する。

「ここで何か質問のある人・・・」

ここでも特に反応無し。 分かってくれているのならそれでいいのだけど。 腕時計に目を移すと授業の終了まで後、二分ぐらいだ。

「ということで、お疲れさまでした」

そう言って教室を出ようとすると委員長らしき生徒が呼び止める。

「あの、あいさつは?」 「無しで良いよ。じゃ、また今度」

そういって教室を出た。 扉を開ける音が後ろでした。

まだ、チャイムはなってないから外に出るとまずいのでは、と思いながら職員室へ行こうとする。 トテトテという足音が後ろから聞こえてくる。 どこかで聞き覚えがありそうだが・・・誰の足音だっけ。

「みかげ先生ぃ~」 「あ、二葉さんか」

足音の主は二葉だった。 あの軽量級の音は一葉か二葉のどちらか。 この学校にほかにも小さい人がいるということはきいていない。

「放課後、一葉に化学教えてあげて」 「え、ああ、良いよ」

「あの人、化学苦手なの。最初は余裕あってもしばらくすると苦戦し始めるからはやめに手を打たないと」 「わかったよ。時間がある限り教えるよ」 「ありがとう、先生。後で職員室に呼びに行くからね」 「わかった。じゃ、職員室で待ってるよ」

そういって二葉と別れた。

職員室に戻ると軽くやるべきこと-名簿の確認だとかそんなの-の始末をする。 それも終わるとノートパソコンを適当に触っていた。 ネットに繋いでみるとだいぶはやい。 高速回線とかいう奴らしい。 最近の学校は進んでいるものだなぁ、と感心しながらサイトを閲覧していると 「このサイトは管理者により閲覧が制限されています」 というメッセージが表示された。 普通の誰が見ても問題がないサイトでも制限してしまうのか。 一体、なんのためのインターネットだろう。 ブラウザを終了させて何故かインストールされているWinampを起動させる。 こんな音楽プレーヤーまでインストールする必要性あるのか。

インターネットの制限はともかくとしてパソコンそのものへの制限はほとんどないようだ。 というか、管理者が各個人のようだ。 デスクトップにある文章ファイルに目が止まった。 「Readme パソコンを使う前に.txt」 俗に言うReadmeというファイルで「使う前に読んでくれ」というものだ。 市販のソフトにでもついてくる場合がある。 ファイルを開いて文章を読む 「このノートパソコンを使うに当たって注意して欲しい点 ・管理は自分でやること ・プログラムのインストール、アンインストールは自由にどうぞ ・自分用にいじくってください ・すべて自己責任で ・お察し下さい トラブルが発生した場合、自力でできるだけ対処して下さい。 ダメなら相談して下さい。」 うわ、すごい文章だな。 お察し下さいって何。

職員室の扉が開く。 が、人の姿が見えない。 いや、棚で隠れている。 頭の先が少し見えている。

「みかげ先生、いらっしゃいますか?」 「あ~、ここだよ。ここ」 「あ、先生」

二葉が走ってくる。

「逃げないから歩いて来・・・」

その言葉を言い終わる前に二葉が足を躓いた。 あわててイスから立ち上がり受け止める。 お願いだから何もないところでこけないで欲しい。

「あ、ありがとう」 「いわんこっちゃない」

苦笑しながらそう言うと周りの視線に気づく。 すごい、という目や何やっているんだ、という目もある。

「は、はやくいこう」

足早に職員室から出る。

「さっきはありがとう」 「ああ、今度からは気をつけたほうが良いよ」 「うん・・・」

少し顔を赤らめながら二葉が頷いた。 それにしても・・・見た目以上に軽かったな。 二葉の身体・・・。 やはり一葉も軽いのだろうか。 はっ、何考えているんだ。

教室につくと一葉が机を三つくっつけてノート(自主勉強用)と教科書を広げていた。 こちらに気づくと手を元気良く振ってくれた。

「あ、みかげ先生。こっちこっち」 「よう」

短く挨拶して早速始めることにした。 苦手という割には丁寧に教えればしっかりと覚えている。 本当に苦手なのだろうか、と疑ってしまいそうだ。

「化学を集中的にやるのは良いけどほかの教科は大丈夫なのか?」

化学だけやるのは良いがほかの教科をやられないと困る。 赤点を取ると後が面倒だろうし。

「大丈夫、ほかの教科はばっちしだから」 「わたしも」

後で成績表を調べたところ二人とも五段階評価で最高の5ばかりだ。 一葉は化学が3、二葉は体育が3の二つを除けば残りは5。 かなり優秀だった。

「って、もう、こんな時間か」

時計を見ると6時になろうとしているところだ。 教室が暗いと思うわけだ。

「そろそろ、時間だね」 「帰ろうか」 「それが良いよ」

二人を下駄箱まで送ることにした。 別に校内は安全だろうが何か気になったからだ。

「じゃ、気をつけて」 「また明日~」 「さよなら」

靴を履き替えると二人は夕闇の中に消えていった。

職員室に戻る。 特にやるべき事もないだろうと思っていると校長に呼ばれた。

「あ、白澤君。今日、宿直だよ」 「あ」

完全に忘れていた。 そういえばこの学校には宿直という恐ろしい習慣があったか。 宿直室の場所を教えてもらうと自分の席に戻り適当に仕事した。

やることもないから無理してやっているわけだが先にやっておいて損することはないだろう。

気がつくと手元にあった生物の教科書に手を伸ばしていた。 なぜか、人の成長についての項目を開いていた。 あの二人が小さいのは病気のせいだ。 何とか治療する方法があるはずだ。 しかし、医師の資格さえ無い僕には何もできない。 何やっているんだか。

「あ、そろそろ、わたしも帰るから。白澤君、後よろしく」 「気をつけて帰って下さいよ」 「お先に」

そういって校長が職員室から出ていった。 しばらくしてから宿直室に向かうことにする。 職員室の電気を消すとあたりは暗闇に包まれた。

それから二ヶ月半ほど過ぎた。 中間テスト、期末テストも終わり夏休みモードに入り始めている生徒も 出始めた。

そんな日々を繰り返すうちに季節は春から夏へと移っていった。

この日々の繰り返しというものは恐ろしいもので一葉と二葉とは仲がとても良くなった。 もしかすると彼女というぐらい、かもしれない。 濃い緑色をした桜の葉を見ながらそう思う。 太陽の光が眩しく目を細めながら見上げる。 あのころは満開だったのに・・・時が過ぎるのははやいものだな。

そんなことを思っている頭にバレーボールが直撃した。 衝撃で桜の幹に頭をぶつけそうになる。

「痛い・・・」

どこの誰だか知らないが何やっているんだか。 別にボールを後頭部にぶつけられたぐらいで死ぬほどヤワな身体ではない。

「あ、先生ごめん」

そういって一葉が謝っている。 どうやら二葉とバレーボールでもしていたようだ。 というか、二人で出来るのか。

「先生も入る?」 「そろそろ時間だから遠慮しとくよ。次の授業に遅れるなよ」 「次は先生の化学なの。遅れはずはないの」 「はいはい」

適当に返事した背中にボールが当たった。 化学実験室だから鍵を職員室にとりに戻った方が良いな。 が、鍵はなかった。 化学の副担任である二階堂という女の教師が持っていったような。 通常の授業ではあまり手伝ってもらっていないが実験の時には手伝って もらっている。 こういう表現も変かもしれない。

化学実験室につくと彼女は準備をしていた。 話しかけようとしたところで予鈴がなる。 まだ、生徒は誰も来ていないようだ。

「今日もよろしくお願いしますね。二階堂先生」 「・・・・・・」

・・・反応無し。ではない。軽く会釈を返してきた。 相変わらず、静かな人だな。と思う。

正直、教員に向いていないタイプだと思っていたがどうやらそれには彼女なりの理由があるらしい。 目標もなく半分、適当でなった僕とは全く違った。 雑談しながら男子生徒が三人やってきた。 その三人の後にぞろぞろと続いてやってくる生徒が多数。 それに流されるように二葉がきた。 こちらを見つけると小さく手を振ってきた。 僕も小さく手を振りすぐにやめた。 見ている人間が多すぎる。

「今日は、前回説明したとおり、実験を行う。 ガスバーナーをはじめとした危険なものを扱う実験なので気をつけること。 実験をやるときは必ず立って行うこと。

万が一、座っていると薬品などをこぼしたときにもろに浴びることになるから気をつけるように。

手順は先に配ったプリントと黒板を見てくれ。わからなかったら僕や二階堂先生に質問しろよ」

注意などをしている間に一番前の机には班の数の器具が並べられていた。 恐るべし二階堂先生。 この人も教師ははじめてのハズなのにだいぶ慣れているようだ。 僕も頑張らなければ。

あちこちでガスバーナーに火をつけ始めた。 マッチを扱える生徒の数は少ないようだ。 火をつけるのにはライターが主流なのだろうか。 あちこちでマッチをばきぼき折っている。

「備品なんだからもう少し大切に扱ってくれ~」 「先生~、そんなこと言われてもこっちだって苦戦してるんですよぉ」

そうだ、そうだぁとあちこちから聞こえてきた。 今度、100円ライターでも大量購入しようか、とさえ思ってきた。

「マッチはこう使うの」

二葉がマッチの使い方を周りに教えていた。 ほう、と感心した。 どこで教わったのだか。 マッチ箱の横にマッチ棒を斜めにして擦った。 独特の臭いがし火がついた。

さすがにこの子一人だと辛いので別の所で教える。 この班は重症だな。 折れたマッチ棒の墓場となっていた。

「うわ、もったいないなぁ」 「・・・困った」 「だからこうやって」

二葉よろしく実演して説明していく。 そうやっているうちに50分の授業の10分は過ぎていってしまった。 時間的に少しまずいな。

どうやらその心配は必要ないようだ。 このクラス、実験慣れしているのでさくさくと進んでいった。 教えやすいよなぁ、というかこのクラスの場合、僕なんていらないかも な。

くるりと全体を見回す、特に問題は無さそうだ。 何か・・・言い忘れているような気がするが・・・。

「白澤先生、ここのところ、どうすれば良いんですか?」 「あいよ」

短く返事して呼ばれたところまで走り寄る。 器具の扱い方を説明しているときだ、小さな爆発音が聞こえたのは。 生徒も二階堂も音のした方を一斉に向いた。

「どうした?!」

音のした方を向くと二葉の右手から血が出ている。 周りには試験管の破片らしきものが散らばっていた。 空気が変わり一部が悲鳴を上げ始める。 爆発の時に散ったガラス片で指を傷つけたらしい。 右手が血で染まりつつある。 腕をつたい肘から雫になって床に落ちていく。

「大丈夫か?」 「痛い・・・」

傷口はそんなに浅くないようだ。しかし、出血が酷い。

「右手を心臓より上に上げるんだ。それから指の根本を左手の指で挟め」 「う・・・ん」

止血させる。 これで少しは血が止まるはずだ。 人は大量の血には弱い。 精神的に参ってしまうのだ。 少し顔が青ざめた二葉を支えながらほかの生徒にも被害がないか見る。

「ほかに怪我した人は?」 「萌木さんだけです」 「そうか。どうしてこうなったか説明できるか?」 「えっと、確か試験管に薬品を混ぜたときにいきなり反応して・・・」

「二階堂先生、後、よろしくお願いします。萌木さんを保健室まで連れていきます」 「あの、保健委員の俺がいきますから先生は・・・」 「いや、僕がいく。こうなったのも僕の教え方がまずかったからだ」 「そうですか」

二葉をかるく抱え上げる。 俗に言う、お姫様だっこと言う奴だ。 そうしている間に落ち着いてきたようだ。 傷そのものも浅いししっかりと治療すれば痕(あと)も残らないだろう 。 廊下を早歩きで進む。 これだけ校舎が広いと思ったのは始めてきたとき以来だ。

「もう少しで保健室につくから」 「ありがとう、先生」 「いや・・・僕の教え方が悪かったからだ」

ばかだ。薬品の量を間違えればとんでもないことになることぐらい分かるはずなのに。 何やっているんだ。

保健室の扉の前についた。 二葉を降ろした。 扉をノックすると保健の泉がいた。

「おや、白澤先生じゃないですか。・・・萌木さん、怪我ですか?」 「すいません。ちょっと実験中に試験管が爆発してしましまして」

「そうですか。薬品による影響はでていないようね。止血はしっかりできてますね。ちょっと消毒してガーゼでも当てましょう」 「よろしくお願いします」

そういって部屋から出ようとすると二葉に袖を捕まれた。

「いかないで」 「・・・わかった」

水道水で洗うと傷口がよく見えてきた。 鋭いガラス片で切ったそれは見ていて辛くなってきた。 思わず目を逸らしそうになるのをこらえる。 消毒した後に小さく切ったガーゼを当てて包帯を巻いた。

「これで、大丈夫」 「・・・」 「ありがとうございました」 「いえいえ」

何も言わない二葉に変わって礼を言った。

「ありがとう・・・ございました」

二葉が消えそうな声でいった。 校長に・・・報告した方が良いよな。 授業を終えるチャイムが校舎内に鳴り響いた。

二葉を教室まで送り終わると職員室へ行った。 扉の所で二階堂にあった。

「あ、二階堂先生。さっきは助かりました」 「萌木さんの傷は?」

「大丈夫のようです。大した傷では無いのでそのまま教室にまで送ってきたところです」 「そう」

話し終えるとすぐに二階堂は扉を開けた。 少し遅れてから僕も中に入った。 前の扉から入ると校長の席がすぐ正面にある。 が、イスには校長の姿がない。 近くにいた教頭にきくと隣の校長室のようだ。 職員室と校長室は扉で繋がっているのでわざわざ廊下に出る必要はない。 そのまま横にある扉をノックする。

「どうぞ」 「失礼します」

扉を開けると校長が何か書類の処理をしていた。

「あの・・・」 「あぁ、さっきのことかね」 「はい」 「あれは事故だ。そんなに自分を責めるな」 「しかし」

「起こってしまったことはどうしょうもならない。今度から気をつければいい」 「すいませんでした」

礼した後、校長室から出ていった。 次の時間はやることがない。 無くて正解かもしれない。 今は一人が良い。 校長はあんなことを言っていたがもっとしっかりしなければ。

気がつくと屋上への階段を上っていた。 少し重い鉄の扉を横に開ける。 潮の香りがかすかにする風が吹き当たる。

「・・・」

少なくともここは考え事をするのにはちょうど良い。 ほかの棟から見えない場所まで移動することにする。 ちょうど給水塔の裏が死角となるようだ。 少し場所を変えて日陰の場所に移動する。

「はあ」

深いため息。 しばらく反省でもしていよう。

初夏とでも言うのだろう。 やはり夏だ、熱い。 それでも日なたよりはマシ。 日陰はそれなりに涼しかった。

校庭から聞こえる歓声。 リレーでもやっているのか? この灼熱地獄の中を・・・?

そんなことを考えていると視界が狭くなってきた。 ね、眠い。 い・・・し・・・きが・・・。

ごとり、と僕の身体は横に倒れた。 意識は深い闇の中に落ちていった。

コンクリートの硬い感触。 顔を照らす光。 熱い。 誰かが呼ぶ声。 誰かの足音。 そう言えば・・・どうしたんだっけ。 えっと・・・。 意識がはっきりとしてきた。 目を右手でこすりながら身体を起こす。

「先生、遅すぎ」 「遅刻、減点ね」

一葉と二葉が目の前にいた。 それにしても良くこの場所がわかったものだ。 それと、この高さ、良く登ったものだ。 二人の身長じゃ梯子に手が届かないと思うのだが・・・。 ・・・ところで、僕はどれくらい倒れていたんだろう? 一時間とちょっとぐらいか。

「先生探すのに苦労したんだよ」

「なかなか来ないから一葉と一緒に探したのは良いけど。職員室へ行ったら実験室にいたって言われたから・・・」 「え、変だな・・・」

さっきまでここで寝ていたというより倒れていた。 とにかくここにいたはずなのだが。

「屋上へ白衣着た男の人が上がっていくのを見たから先生かな、と思ってここまで来たの」 「あ~、悪かった。ホント」

・・・この学校で白衣を着た男の教師と言えば僕ぐらいなんだけどな。 どういうわけだかこの学校で白衣を着るような男は僕だけだった。

「はやく、勉強しようよ」 「残り時間も少ないからね。犯人は・・・」 「わかってる。はやく行こう」

この三人だけの勉強会。 どういうわけだか化学以外の教科まで追加されてきた。 一応、体育以外は教えられるけど・・・。 餅は餅屋に任せるべき、とは言えないのが困ったところだ。 それでも化学中心なのは普通だ。

「ところで二葉さん、指、大丈夫なのか?」

特に気にしているようには見えないがたずねる。

「あ、大丈夫なの。大した怪我じゃないし・・・先生が、止血してくれたから」 「し、止血したのは関係ないよ。ホント、大した怪我じゃなくて良かった」 「二葉、何かあったの?」

「あ、そっか。一葉さんは何も知らないんだよね。ちょっと化学の実験中に試験管が破裂して二葉さんが怪我したんだ。本当にすまなかった。僕がしっかりしていれば防げただろうに」 「いや、わたしが悪いの。ちょっと調子にのってたから・・・」

ちょっと重いな。 そんな空気を嫌ってなのか話題を変えるように一葉が尋ねてきた。

「そういえば、今日は先生・・・宿直なんだよね」 「そうそう、職員室に行ったとき校長先生が言っていたの」 「あ~、そう言われればそうだ。ちょっと面倒だな」 「遊びに行って良い」 「はい?」

驚いてまともな返事が出来ない。 曖昧な顔をして悩む。 別に来るのはかまわないがなにか起こってからでは遅いし・・・。 は、何か起こるって起こすのか。 やめろよ。

「別にかまわないけど・・・何するの?」 「お約束の冷やかし~」 「お約束?」 「そ、お約束」

お約束って何?

「とはいっても、帰りはどうするのさ。真っ暗だし危なくないか?」

お決まりのセリフ。 この双子に通用するとは思えない。

「そこまで遅くはならないよ」

一葉が問題なし、と言わんばかりの顔で答えた。

「最悪の場合は泊まるけどね」

そこまで遅くまでいる気は無いけど、そんな顔をして二葉が言う。

「え、今、二葉なんて言った?」

今、とんでもないこと言わなかったか。

「最悪の場合は学校に泊まる」 「帰れ」

ばっさり斬る。 でも、ダメだ。 完全に彼女達のペースにのせられはじめている。 あきらめて承諾した。

「泊まることは避けてくれよ。ま、来るなら来ればいい。どうせ暇だし」 「じゃ、また、後でね」 「では」

さっさと教科書を片づけて教室を楽しそうに出ていく二人を見送った。 ・・・。 本当に来るんだろうな。 さて、移動するか。 暗い廊下を歩きながらさっきのやりとりを思い出す。 そういえば、職員室に行ったら実験室にいるって言われた、とか話してたな。 なんでそんな風に言われたのだろう? ま、良いか。 宿直室に着くと鍵を開け明かりをつける。 今日で何度目だろう。 ベッドに倒れて仰向けになる。 しばらくすると扉をノックする音がした。

「みかげ先生」

二人そろって呼んできた。

「開いてるよ」

そういうと扉を開けて顔を覗かした。

「よ、はやかったな」

さっきわかれてから大した時間は経っていないようだが・・・。

「家が近いからね」 「時間は気にしなくても良いでしょ」 「それはそうだ」

リノウムの床で直に座る人間なんぞほとんどいない。 宿直室だからと言って装備が貧弱ではない。 この高校の場合は尚更、だ。 どういうわけだかテレビのあるところだけは畳がある。

正直言ってベッド(折り畳み式)があって畳という構成は変だと思うのだが・・・。 そんなことはかまわずにちゃぶ台周辺に座布団を三枚敷いた。 冷房がかすかに効いているので勉強するのにちょうど良い状態になっている。 さすがだ、自分。

それにしても宿直室の床までリノウムにする必要性は無いだろう。 わざわざ畳を敷くぐらいなら最初から畳にしてしまえば良い。

そんなことを考えていることを察したのか一葉が言った。

「それにしても少し無駄な造りの部屋だね」 「ほかにもこの学校には無駄な造りが多いの」

一葉に続いて二葉も言った。 確かにそうかも知れない。 よくこれで公立校としてやっていけるものだ。 実は裏ではあくどいことやっていたりしてたり、するかも知れない。

「・・・と、特にすること無いだろ」 「トランプとか持ってきたよ」 「遊びに来たんだから・・・。他にもいろいろ持ってきたの」

しっかりと準備はしました、と言わんばかりの顔で二人がこちらを見ている。 ・・・油断できん。 少なくとも、暇と言うことは無いだろうな。

「で、何する?」

一人でいたとしてもやるべきことは変わらない。 ま、せっかく来てもらったのだから相手してもらおうではないか。

「9:00までにはここをでないとね」 「補導だけは勘弁して欲しいの」 「ま、それはそうだな」

この限られた時間が嵐の時間になるわけだ。 若い人の力、見せてもらおうか。

「ということでゲームしよう~」 「?」

ゲーム?トランプだろうな。 相変わらず一葉はテンションが高い。 元気なのが彼女の取り柄なんだが・・・。 そういうとカバンから何かを取り出す。 ・・・え。

「じゃ~ん」

そう言って彼女が取り出したのはとあるゲーム機だった。 PSOne、か。

しかも据え置き型のものを携帯できるように小型化したもので液晶画面を追加することができるものだ。 まさか、それを持ってくるとは最近の高校生はあなどれない。

「で、具体的に何をするんだ?」

カバンの中をごそごそとあさりCDケースを取り出す。

「この中から適当に選んでね」

・・・意外と男の子向けのゲームが多いな。

「これなんかどう?」

一葉が選んだのはアマードコアという少し前にでたゲームなのだがなかなか良いものだ。 あ。 これ家にもあったな。 過去にプレイ経験がある。

「先生、わかる?」 「ああ、余裕」 「はっきり言うけど強いよ」 「ふうん」 「何だよ、その意味深な反応は」

ほんとに何?

「先生も得意なら良いや」

何言っているんだ。一葉?

「先生、賭けしない?」

・・・。 正気かい?

「賭事は良くないだろう?まあ、別に良いけど」 「じゃあ、言うよ」 「ああ」

「もし、わたし達のどちらか一人が勝ったら先生はわたし達の言うことを一回だけきくの」 「・・・僕が勝ったら?」 「そしたら、その逆。わたし達が先生の言うことを一回だけきいてあげるの」 「あまり、酷な条件出さないでくれよ。僕も出さないから」

この時、少し聞いておけば良かったかもしれない、と後悔することになる。

メモリーカードを差し込みCD-ROMをセット。 電源ボタンを押す。 読み込みが完了しメニューの対戦を選択する。 パーツを選び機体(AC)を作り上げていく。 コントローラを握っているのは僕と一葉だ。 二葉後ろでにやにやしながらこちらを見ている。 ・・・。

「準備完了、と」

こちらも設定する。

「準備良し」

二人とも同時に準備できたようだ。 ゲームを始める。

今回ばっかりは負けられないな。

まったく逆の機体構成だった。 こちらがタンク型重武装のタイプに対し一葉は軽量型軽武装のタイプだ った。 このゲームはパーツの影響もあるが乗り手の影響が大きい。 装甲の薄いタイプなのだからこちらが命中させれば勝てる。 だが、しかし、軽量型は装甲が薄い分機動性は圧倒的な高さを誇る。 そのためにこちらの攻撃が命中しないことがあるのだ。 やってみればわかることなのだが。

短いカウント終了と同時にお互い動き始める。 一葉のACは一気に加速し我がACとだいぶ距離をあけた。 そのまま、あっという間にこちらの射程外となった。 軽装と言ったがやはり威力の高い兵器は積んである。 当然のことなのだ。 連射に優れた銃でHPを削りながら威力の高い必殺の武器で大幅にHPを削る。

この手の軽装型の場合は距離を一気に詰めて相手を撃ち離脱する「一撃離脱」が基本だ。

強い、と言っただけある。 しかし、こちらもやられているわけではない。 お互い、後もう一撃で死ぬところまで来ている。 ここで焦ったら負けだ。 神経戦になりつつある。

「やるな、一葉」 「先生こそ」

表情はふざけている。 が、声は本気だ。 たかだかゲームだが真剣勝負。 負けられない。

突如、一葉機がダッシュしながらこちらに来る。 急いで照準をあわせる。

「もらったぁっ」

一葉が叫ぶ。 一葉機のハンドガンが火を噴く。 慌てて自分のホバーさせる。

「そう簡単に当たってたまるか」

照準があう。 白い光線が一葉機を貫いた。 黒い煙を上げて一葉機が止まった。

「ふう」 「少しは手加減してよぉ」 「何せ、今回は負けられないからね」

別に負けるのは問題ではない。 問題なのはその後のあれだ。 そう言いながらも顔は笑っていた。 一葉はコントローラを二葉に渡した。

「一葉の敵はわたしがとる」 「返り討ちにでもしてやろう」 「簡単にはやられないよ」

1Pである二葉がパーツを選んでいた。 どうやら、軽装備逆関節型らしい。 このゲームにおいて脚部はとても重要なものだ。 機体の特性を全て決めてしまう。 逆関節型は機動性が優れていて特に旋回性やジャンプ性に優れている。 どうも、この姉妹は軽装が好きらしい。

「さてと」

僕も機体を設定するとして・・・多脚型にでもしてみるか。 多脚型は機動性に優れているタイプ。 当然、積載量の限界もあるので軽武装になる。

「これで、良し」 「じゃあ、行くよ。先生」

戦闘開始。 二葉の先制攻撃を受ける。 あっという間に装甲を削られていく。 応戦してもこちらの攻撃は当たらない。 伊達に軽装型を使っているわけではない、と。 ミサイルポッドが二葉機を捉えた。 これから逃げられたら神だ。 6発の小型ミサイルが二葉機を追尾する。 回避運動に集中している二葉機の後ろを自分のACで追っかける。 容赦なくマシンガンを浴びせる。 お互い、軽装型が故に装甲の削れ方は物凄い。 気を抜けばあっという間に差を付けられるだろう。

「当たれ~」

当たってたまるか、心の中で呟きながら戦闘を続ける。 まさか、ここまで強いとは思わなかったな。 そう、考えた瞬間、二葉機から大型ミサイルが射出された。

「うわっ」

急速ホバーする。 そのまま、左右に揺れながら着地する。 何とか回避できらしい。 しまった。 着地のタイミングを誤ったらしく一瞬だけ止まった。 そこを二葉逃さなかった。 大型ミサイルの二発目でとどめを刺された。

「くそう、負けた。強いな」 「やった~っ」

二人で手を合わせてはしゃいでいる。 やれやれ、参ったな。

「わかった、お前さん達の言うことをきいてやるよ。何が良いんだ?」

二人は顔を見合わせた後、声をそろえていった。

「先生、わたし達の彼氏になってっ」「先生、あたし達の彼氏になってっ」

二人同時に言った物だから聞き取れなかった。 いや、聞き取れなかったことにしたい。

「はい?」

思わず聞き返してしまう。

「彼・氏・に・な・っ・て・ほ・し・い」

今度は二人きれいにそろって言った。 混乱気味?

「一週間くらいね」 「期間限定なの」

1.ダメに決まっている 2.別にいいよ。一週間くらいなら。○

少し妙な気分だが仕方ない。 しゃくに障るところがあるがそこは我慢しよう。

「一週間くらいならかまわないよ。・・・」 「『・・・』は何?」

一葉の疑問を無視してゲーム再開。 今度は勝つ。

「うわ、ずるいよ~」 「今度は負けないからな」

そうして夜は過ぎて行った。 時計を見て驚愕してみる。 12時・・・・・・。 おいおい、なんてこった。 で、この双子は元気あるし。

「本気で泊まる気か?」 「もちろん」「うん」

また同時に答える。 こういうのは良くないような気がしたが無視。 仕方ないか。 考えて見ればこんな時間に追い返すのは物理的にも精神的にも無理な話だ。 さて、床にでも寝ることにしますか。 座布団数枚重ねれば十分だろう。 明日が休みだから良かった。 エアコンのリモコンを手に取るとスイッチを切った。

「え、エアコン切っちゃったの?」 「ああ、そろそろ寝た方が良いしな」 「うわ、もうこんな時間だよっ!?」 「わっ、午前二時・・・」

時計を見て驚く二人。 久しぶりにこの時間まで起きてるな。 いろいろ問題あるから早寝しているわけだが。 はぁ。 軽くため息をつく。

「君達二人ならベッドで寝ることができるだろ?」 「確かにこのサイズなら問題ないの」

二葉がベッドに乗りながら言った。

「先生もベッドで寝るんでしょ?」 「かはっ」

二葉の発言に吐血する。

「僕は床で寝かせてもらうよ。暑苦しいし」

実際は別の理由だが秘密だ。

「ええ、先生もベッドで寝ようよ~」 「一葉、それはまずいと思う」 「良いじゃんよ~。それに二葉だっ・・・」

途中で声が消えた。 二葉が一葉の口を手で塞いでいた。 喋ろうと抵抗を続ける一葉。 一葉の言おうとしたせりふを考えて見る。 ・・・。 わかりません、と。 双子が戦闘開始したのを無視して寝床の確保をする。 適当に座布団を重ねる。 これなら寝られるだろう。 気が付くと静かになっている。 部屋の電気を消すとさらに静かになった。 月だけがぼやけた夏の空に浮かんでいる。 蒼の光が部屋を照らし出す。 何度か見た光景。 そして違う光景。 ただ、人が二人加わっただけなのに。 ふと、双子の方を見てみる。 やっぱり静かに寝息を発てている。 ふとん-というよりタオルケット-がかかっていない。

ベッドに近寄りタオルケットに手をかけようとしたところ小さな布団の山が爆発した。

舞い上がった砂が水中に沈殿するように落ち着いた時、ベッドの上で双子に挟まれていた。

「は、図ったな」

つぶやく僕を横目に二人が小さく笑う。

「やったね」 「うん」

小さくそして楽しく笑う双子の真ん中で天井を見上げる。 至って普通の何もない天井。 無機的な天井も今日は違って見えた。

「考えごとしているの?」 「なんでもないよ、一葉」 「そう」

本当になんでもないさ。 本当に。

朝日が急角度で窓際を照らしている。 反射光で部屋が明るくなっていた。 う、眩しい。 さすが夏だ。 枕元に放ってある腕時計は6:00を指していた。 まだこの二人は寝ているわけだ。 さっさと着替えて撤収準備を進める。 土日まで学校にいることもない。 仕事も終わったわけだし次の人に代われば良い。

「あっ」

小さく悲鳴を上げる。 当たり前すぎて気づかなかった。 そうだよ、交代に誰か来るんだよ。 あ~。 二秒ほど凍りつく。

「さっさと起きろっ」

布団をはごうとしたところで止まる。

「むにゃ・・・」

かはっ。 ぐはっ。 連続して小さく吐血。 だめだ。 僕には出来ないっ!! ということで自然に起きるのを待つ。 ただ待つのも時間の無駄だ。 適当に朝食を作ることにする。 共有の冷蔵庫の中身を確認して見る。 前の人のセンスがわかるわけだが・・・。 ・・・・・・。 それにしてもどうなっているのだ。 中身の食材が・・・ 多すぎる。 前の人は・・・え、あの人? いや、気が付かなかったことにして、と。 あわてて起こす必要性もないか。 交代は10:00頃だし。 三人分のコーヒーをいれながらそんな事を考えた。

「ぅ~」 「・・・朝?」

ベッドからかすかな声が聞こえる。

「おはよう」 「あ、おはようございます。せんせー・・・」

ぱたっ 軽い音。 上半身起こした後にまた一葉は寝てしまった。

「いつものことなの」

と二葉。

「あのままで大丈夫なのか?」 「大丈夫・・・」

半ばため息交じりにそう言い続けて

「コーヒーもらえる?」

と言った。

「ああ、どうぞ。熱いから気をつけろよ」 「ありがとう」

ゆっくりとカップを口に運ぶ様子を眺めていた。 平和だな、僕は小さく呟きながらコーヒーを飲んだ。

「朝ごはんはわたしがつくるよ」 「そういえば料理得意だっけ」 「うん」

何処からか取り出したかわからないエプロンを着て背を伸ばし包丁を握る。 かなり危なっかしい。 僕の視線を感じたのか二葉はいすを持って来て乗った。 身長、足りないからね。 そう思い心の中で苦笑した。 こんな生活も悪くないかもしれない。 この二人がいることが普通になり始めている。 ああ、もしかすると好きなのかも知れない。 一葉が眠たそうに瞼をこすり小さく伸びをして一言。 「おはよう」 「おはよう一葉、寝過ぎ」 「いつも通りだよ」 「おそよう」 そんなことを考えながら出来た料理を盛り付ける。 なかなかだな、これは。

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