Feathery Instrument

Fine Lagusaz

序章 時の狭間

人間は時の流れにまで干渉して良いのだろうか。 誰も成しえなかった神の領域か悪魔の領域。 時間が触れば崩れてしまうような砂の城ならどうなるのだろう。 そんなこと、今は関係ない・・・・。 ・・・・・・。 ・・・。 目眩なんて起こしている場合か。 しっかりしろ、今はこのことに集中しろ。 【椎名】「制御システム、演算ユニット共に問題ありません」 全員が見守る中でBYTの起動試験が始まった。 試験型時空転移装置、通称「BYT」 我がEihwazの研究対象は時間の流れでありそれをいかに操るかだ。 実験の結果はこの「BYT」という機械そのものだ。 もっとも本体はここの地下数百メートルに位置する。 巨大なモニターの数値が目まぐるしいほどに変化する。 その様子をその場の全員が食い入るように見ていた。

起動プロセスを示す数値が95%を示しさらに緊張感が増し誰もが固唾を飲んで見守っている。 部屋に響いているのはカウント音だけだ。 【椎名】「100%・・・・BYT正常に起動しました」 一気に緊張感が解け俺は大きく息を吐き出した。 部屋に歓声が上がり書類の類が吹雪のように舞う。 【綾斗】「なんとか成功だな・・・・」 【香奈】「やっと成功したね、お兄ちゃん」 やっとじゃないよ、と言わんばかりの口調で妹の香奈が言った。 確かに俺らは夜通し、理論に基づきBYTを組んだのだ。 近道なんて当然ないし手抜きなんて以ての外だ。 そんなことせずずっと頑張ってきたのだ。 『やっと』ではあるが『なんとか』という表現は間違っているということだ。 が、しかしだ・・・・ 【綾斗】「ここでお兄ちゃんって呼ぶなつってるだろうが」 【香奈】「えへへ、わかったよ」 【綾斗】「ったく」 大きくため息をつき我が妹を見る。 本当の兄妹ではない、とある施設にいた香奈を俺の両親が引き取ったのだ。 他人、知り合い、友人、そして気がつくと妹になっていた。 わざわざ兄を追ってこんなところに来なくてもいいだろうに・・・・。 それは妹の時瀬 香奈に限らず同僚であり幼なじみである椎名にもいえる。 【椎名】「やったね、綾斗」 【綾斗】「ああ、お疲れ。椎名」 【椎名】「どうしたの?」 俺が見つめている方向へ椎名も向いた。 モニターには赤い不具合を警告するアイコンが点滅しはじめた。 歓喜を切り裂くようにアラートが室内に鳴り響いた。 部屋にはさっきとは違う緊張感が漂い始める。 BYTが暴走したらどうなるかわかったものではない。 下手をするとこの『世界』が消えてしまう。 キーボードを叩いていた平居が叫ぶ。 【平居】「制御システムがコアから切り離されてるっ!!」 モニターには「Disconnect」の文字が読める。 【柊】「わたしが直接コアを制御します」

彼女の言うようにコア(時空演算ユニット)には直結のコントロールパネルが存在する。 今出来るのは直に操作するくらいしかない。 そう、彼女の腕なら何とか出来る。

数ヶ月前、Eihwazに入ってきた彼女は元から居たメカ担当の上屋と入れ替わり出来たのだがかなりの腕前で俺ら全員を驚かした。

異常なまでにBYTのシステムを知っていて一部では疑いの目で見る者もいたがその技術者としての能力の高さは誰もが尊敬していた。 上屋も凄腕だったがそれ以上の腕前だったのだ。 誰も彼女をいかせることを躊躇しなかった。 BYTの設置ある部屋は地下数百メートルにありエレベータを使い降りる。 確かVTOLもあったが旧式だろうし使えるのか不安だ・・・。 果たして柊は間に合うのか? 今はこちらからやれる限りのことをやるしかない。

キーボードとモニターのにらみ合い、キーを叩く音とアラートが部屋に満ちる。 どれくらいの時間が経ったのだろうか。 疲れているのか時間感覚が麻痺し始めた。 アラートが鳴り止み接続が回復する。 【綾斗】「やった・・・・のか?」 一瞬だけ緑に染まったモニターは警告の赤で埋め尽くされはじめる。 【AI】「全システムに異常発生。BYT制御不能」 AIの合成音声が室内に響くと動揺と焦りがあっという間に広がる。 【平居】「どうする時瀬!?」 平居が俺に向かって叫ぶ。

【綾斗】「くそ、こっちからじゃどうにもできねぇ。ちきしょう、打つ手無しかよ」 【椎名】「転移まで後、10・9・8・7・・・・」 静かにカウントを始める。 最悪の事態になってしまった。 ここまで来てしまったら後は天に祈るぐらいしか無いのかと苦笑いする。 いや、普段は信じていないのにそれはせこいな。

最後に煙草を吸いたくなり白衣のポケットに手を突っ込むとBYTコアの試料が振動しているのに気づく。 何故、振動しているのだろう。 コアと共鳴しているのだろうか? 答えが出る前に意識が遠のくような感覚に襲われ意識が暗闇に沈む。 遠近を無視して光の亀裂が走っていた。 見えたのは向こう側を透かしはじめた香奈の姿だった。

【椎名】「制御システム、演算ユニット共に問題ありません」 全員が見守る中でBYTの起動試験が始まった。 試験型時空転移装置、通称「BYT」 我がEihwazの研究対象は時間の流れでありそれをいかに操るかだ。 実験の結果はこの「BYT」という機械そのものだ。 巨大なモニターの数値が目まぐるしいほどに変化する。 その様子をその場の全員が食い入るように見ていた。 もうやった気がするがそれがいつのことだか思い出せない。

だけどこのはっきりとした感覚は夢や幻の類ではなく実際にあった記憶だと思うのだが・・・・。 そして大切なメンバーが一人欠けていた。 【香奈】「どうかしたの?」 【綾斗】「柊は?」 【香奈】「えっ、柊って誰?」 香奈に尋ねると逆に尋ね返された。 【綾斗】「んな、あいつだよ。凄腕のメカニックだ」 【香奈】「そんな人いないよ?メカニックは上屋さんでしょ」 【綾斗】「・・・・」 黙り込みまた考える。 俺の記憶違いなのか? しかしはっきりと覚えているのはどういうことだ。 あまりにも現実感がありすぎるが夢でも見ていたのか、俺は。 ずっと黙って考えているとあたりが一気に五月蝿くなる。 ふとモニターに目を移すとBYTが起動していた。 どうやら実験には成功したらしい。

確かこの後、事故が起こって・・・・柊が直しに行って・・・・そこで記憶が途絶えているんだよな。 キーボードを叩き問題がないか走査する。 文字が上へ流れていくがエラーの文字は無くこれといった問題点はない。 【香奈】「何を調べているの?」 【綾斗】「見ての通りだ。・・・・もし記憶通りなら・・・・」 【香奈】「え?」

香奈の声はけたたましい警告音に掻き消されてしまい空気が一気に張りつめる。 同じようで違う「時」を繰り返すのか? 【AI】「アラート、解除されました。システム通常モードに復帰します」 警告音はAIの合成音声に消され何事もなかったようにシステムは復旧した。 ログを見ると「制御不能」の文字が読める。 柊の存在はただの俺の妄想か何かだったのだろうか? 呆然と俺はモニターを眺めることしか出来なかった。

起動成功の祝いで研究所近くの店でどんちゃん騒ぎになっていた。 そのお陰で思考回路には酒がこびりつきまともに動けない状態だ。 まだ考え続けようとするなら飲むんじゃなかった。 今更後悔しても仕方がない。

この「違和感」をうち消すように無理矢理流し込むように呑んだが結局はうち消せずに今も考えている。 時計は午前2時17分という半端な時間を示していた。 香奈は隣の部屋で今頃、静かな寝息を立てているのだろう。 大してあいつは酒は呑まない。

少なくとも今日の俺のように急性アルコール中毒を起こすような勢いでは呑まない。 酒に呑まれてどうするんだよ・・・・。 とりあえず、BYTのログを覗けば何が起こったかわかるはずだ。 そいつで全てがはっきるするだろう。 研究員は自由に閲覧できるのだから心配入らない。 問題は詳細なログだな・・・・。 あればかりは所長の許可が必要だ・・・・。 明日、許可を取ろう・・・・。 そこまで考えると俺の意識は深い眠りの底へ沈んでいった・・・・・。

うるさいベルの音。 もしこの音が警告音と同じならさっさと起きれそうなものだ。 泥のような眠りから目覚めると美味しそうな香りが鼻を擽る。 香奈の奴、もう起きて朝飯つくっているのか。 そういや、今朝は俺が担当なんじゃないかよ。

だるげに伸びをして枕元の目覚ましを殴る、ベルの音がにぶい音と共に止まった。 がらっと扉が開くと香奈がひょっこりと顔をのぞかす。

手には調理直後と見られるフライパンを持っておりこいつで俺のことをたたき起こそうとでも企んでいたのか。 【綾斗】「おい、香奈。おまえは俺を殺そうとしているだろう」 【香奈】「そんなわけないよ。これはちょっとしたギャグの都合で・・・・」

照れ隠しの笑顔もどきを浮かべているがギャグの都合とやらで顔面に重度の火傷をおうつもりはない。 【綾斗】「まぁ、いい。おはよう・・・・。悪いな朝飯作らしちまって」

【香奈】「おはよう、お兄ちゃん。そんなこと気にしなくていいから。それよりご飯にしよう」 【綾斗】「おう」 【香奈】「ん、どうしたの?」 動きをの止まっている俺を香奈が不思議そうな顔をで見ている。 【綾斗】「あのなぁ・・・・。俺は今から着替えるんだよ」 【香奈】「え、あ・・・・ごめんっ」 顔が見る見る赤くなりばたんと勢いよく扉を閉めて出て行った。

【綾斗】「たく、ずっと一緒に暮らしているんだからそれくらいは覚えておけよ」 さっさと着替え食卓につく。 【香奈】「はい、コーヒー」 【綾斗】「あんがと」 義理とは言えよくこんな妹が俺にいるもんだ。

こんな奴にこんな良い妹が居るのは研究所の七不思議の一つになっているらしいが一体どこの奴がそんな噂を作ったんだ? しかし兄妹でここまで気を使わなくても良いだろう、と思うときもある。 血は繋がっていなくとも家族なのだから。 【香奈】「さっきから難しい顔をしてるけどどうしたの?」 【綾斗】「ん、ああ、気にするな。さっさ食おう」 【香奈】「うん」 トーストをかじりながら俺はどうやってログを見ようか考えていた。 一応、何かしらの口実はいるのだが適当なことが思いつかない。 【綾斗】「なぁ、香奈」 【香奈】「ん、なに」 コーヒーを飲みながら上目遣いでこちらを見た。 【綾斗】「いや・・・・なんでもない」 さすがに今までのことをうち明けるのは危険だ。

変に捉えられて何か起こされても困るが厄介事に巻き込まれる方がさらに困る。 【香奈】「何か今日は変だよ」 【綾斗】「変なのはいつものことだ」 【香奈】「・・・・」 【綾斗】「あ、いや、悪かった」 少しいらついているのかも知れないな、俺も。 残り少ないコーヒーを流し込むと身支度を整え研究所へ向かった。

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