刃先の向こう

光の走った後には何も残っていない。
そのことを確認するとオフィーリアは気を失いかけた。
が、失うことはなく、彼女はゆっくりと地表に近づいていく。
ふと、東の空を見ると赤い花が咲いた。
同時に途切れていた通信が復旧し、仲間の声が一斉に入ってきた。

『第503航空隊所属の電子管制機が情報統括を行う』
『第404飛行隊は管制機の援護を』
『敵ユニットは市外へ逃走の模様』
『深追いはするな。態勢を立て直す』
復旧すると一気に情報が流れ込んでくる。
必要なものだけピックアップしつつ、エプシロンはビルの屋上で休んでいた。
さすがにこれだけ戦闘を繰り返すと身体に響く。
ここで一時的にでも戦闘が止まるなら、ログアウトしてしまいたかった。
「……戦闘中のログアウトは制限されているのだっけ」
上着のポケットから取り出した携帯端末の画面には、ログアウト不能の文字が躍っている。
「次は互いに残存兵力をかき集めた最後の戦いになるだろうなぁ」
後ろに手をついて首をそらすように真上を見る。
束ねた髪が後ろに流れ、風に吹かれ揺れる。
「此処にいたんですね」
いつの間にか横にはオフィーリアが立っていた。
横に腰を下ろし、エプシロンを見て、
「身体の調子はどうですか?」
「内臓に違和感があったぐらい。今は大丈夫。君は?」
「ちょっと、無茶しちゃって疲れました」
「これだけ連続なら誰でも疲れるよね」
小さく苦笑いするオフィーリア
「今は少し、休みましょうか」
「そうしよう」
腕を頭の下に敷いて寝転んだエプシロンのすぐ横にオフィーリアも寝る。
「月が綺麗です」
「そう、だね」
そういってエプシロンは目を閉じる。
視覚情報が削られるだけでも、随分と違う気がする。
目を閉じると疲れが減るのは本当のようだ。
もっとも、理由はそれだけではないのだろうけど。

「10時の方向から大型の航空機が接近中」
「機種は?」
「データベースに該当機種なし、新型か」
「これで敵だからまずいかもな」
「各飛行ユニットには迎撃の準備を急がせろ」
「もうやってる。あと、地上のユニットにも臨戦態勢に」
「……これぐらい盛り上がらないとな」
第503航空隊の捕捉した敵機の情報はすぐさま、全ユニットに伝達された。
戦闘が再開する。

『機種不明の敵機12時方向に確認』
『でかい的だ。外すなよ』
『射程に捉えると同時に攻撃だ』
『了解』
『敵機、ロスト』
『ジャミングか?』
『さっきまで目視できていたのに……』
『まさか、ワープでもしたっていうのかよ』
『第503航空隊から入電、都市上空に出現した模様』

穏やかだった風が急にざらついたものになる。
月が隠れて見えなくなる。
上を見れば巨大な飛行物体が全天を覆っている。
「そんな、空間転移まで使えるんですか……」
オフィーリアが敵を見上げて言う。
「付近の航空隊が迎撃に出たよ」
エプシロンの言葉通り、待機中だった航空隊が迎撃に向かうのが見える。
「此処にいると破片にやられます。移動しましょう」
両翼を展開しつつオフィーリアが言う。
エプシロンはボードに足を載せ、
「わかってる。北に抜ける」
「行きます」
駆け出しながら上を見れば、空は一方的な戦いになっていた。
「今の戦力じゃ相手にならないか」
「応戦します」
「君でも無理があるだろう。大体、此処はゲームだ」
「それでも守りたいことには変わりはありません」
そう言って彼女は直上に飛行を開始する。
最初は緩やかに上昇し、彼と距離を取ると一気に推力をあげて姿が見えなくなる。
オフィーリア……」

敵の飛行物体は二等辺三角の形状で、底辺部分には巨大なノズルが3基設置してあった。
正面から見ると菱形のシンプルなデザインだ。
味方の戦闘機が離脱する時間を稼ぐべく、オフィーリアは船体すれすれをジグザグの軌跡を描いて飛ぶ。
対空砲が吹き上げるがそれらをすべて回避しながら、対物火器で対空砲台を潰していく。
砲弾が彼女のシールドに命中し、炎と煙をまき散らす。
それでも彼女は構わず、戦闘を続ける。
味方の戦闘機すべてが領域を離脱するまで。