待合室を見回してもエリスの姿は見当たらない。
浴衣姿の田辺は空いている長いすに腰を下ろして、携帯情報端末を取り出した。
画面に映っているのはブラック・アウトのコックピットだ。
HUDにはエリスのメッセージが出ている。
どうやら、彼女はまだ、露天風呂に浸かっているようだ。
雑談もしているので、しばらくは出てこないだろう。
外を見ても夜なので特にこれと言ったものは見えなかった。
麓の街の明かりで山のシルエットが浮かび上がっているのは見えたが。
「EWのプレイヤーさんですか?」
真後ろを見ると眼鏡の男が立っている。
彼も浴衣だった。
さっき、脱衣所で見た記憶がある。
「そうです」
「実は私もなんですよ」
「はぁ、そうですか」
向こうは気さくに話しかけてくるが田辺は対応に困った。
「たぶん、あなたの相方と話しているのはうちの娘です」
「娘さんもプレイヤーなんですか」
「ええ、まぁ」
今度は男の方が困ったらしい。
「共通の話題があることは悪いことだと思いませんよ」
「別のワールドでプレイしているんです。ゲームの話はできても、同じワールドの話はできません」
「共通の話題があるだけいいでしょう。むしろ、同じワールドだと気まずくなる恐れもあります」
「なるほど、そう考えることもできますね」
そこで男は横、いいですか、と尋ねた。
田辺がどうぞと促すと静かに男は腰を下ろした。
「まだ、名乗ってませんでしたね」
「ハンドルでも結構ですよ」
「オフラインでハンドルも変でしょう。鳥居塚 聡です」
「田辺 一騎です。よろしく」
「ゲーム中では竜騎士をやってます」
「奇遇ですね。俺も竜騎士なんですよ」
相方が機竜なんです、と言うのをこらえる田辺。
女湯から人がでてきた。
先の田辺と同じように辺りを見回し、隣の男と目が合うと小さく手を振った。
田辺の視線に気付いて、鳥居塚は少し照れたように妻です、と言った。
その3人で会話をしているとエリスと彼らの娘が一緒にあがってきた。
こちらの様子を見て二人は顔を見合わせて小さく笑った。
「田辺さんたちは夕食、食べましたか?」
「まだですよ」
「もしよかったら、一緒に食べませんか?」
父親の言葉に娘が賛同する。
「あ、それいいね。そうしようよ」
「一騎、私もこの提案に賛成だ」
「それなら決定だ。お言葉に甘えさせてもらいます」