『仮定』

"よう、深瀬。今、空いてるか?"

"作業も一段落して、いつもの丘で休憩中だ"

"例の結果が出た。今から資料を持って向かう"

"わかった"

 短く返事をして上月との電話を切る。丘を走る風は心地よいものだが、何処か冷たいものも含まれていた。空を見れば入道雲が急成長中だった。

「おーい、深瀬ー」

 声の方向を見ると上月が自転車を飛ばしながらこちらにやってきている。彼が深瀬の元にたどり着くのを見計らったのように大粒の雨が降り出した。

「いつの間に小屋なんか作ったんだ?」

 タオルでぬれた頭を拭きながら上月は尋ねる。

「ここが居住可能になってからすぐさ。大体、一週間ぐらいで出来た」

「ほぅ。意外と時間がかかったんだな」

「余分な人員がいなかったから仕方ないことさ」

「ところで、お前、どうしてぬれてないんだ?」

「"風の加護"」

 椅子に座って深瀬はテーブルの上にある端末の電源を入れた。

「お前だけそれかよ……」

「で、例の話だが」

「ああ、忘れてた」

「ボケるにはちょっと早くないか? 奥さんと子どもが泣くぞ?」

「うるせぇ」

 そういって上月がポケットから取り出したのは一枚のディスクケースだ。ラベルにはシミュレーション結果コピーと乱暴に書き殴ってある。

「作戦部主導の対人戦シミュレーションの結果、か」

「ほぼ、趣味の領域で役に立つとは思えないが」

「いまさらこんなのやってどうしたいのやら……」

 深瀬はディスクをドライブにセットし、ディスク内のファイルを開いた。

「対FS戦で優秀な戦績を残したアンドロイド中心に行った。お前の"子ども"も入ってるぞ」

 上月の言葉に眉をひそめつつ、深瀬はアルギズの名前を探す。

「……対人戦はぼろぼろか。彼女らしいと言えば彼女らしい」

「戦績が悪いだけなら良いが、この条件の結果がすごい」

 画面を指さして上月は言った。深瀬はそのまま、指の先にあるタブを開く。

 出てきたのは人質を取られた条件でシミュレーションを行った結果だった。

「特にこの人質を殺された場合がな」

「文字通りすべての力で敵を潰して自壊、か」

 文面を淡々と読み上げて深瀬はため息。

「彼女にとって、守る対象を殺されるのも、人を殺すのも自己の否定に繋がるのだろう」

「冷静だな」

「こういう場合、感情的になってもしょうがないだろう?」

「いや、こんなシミュレーションは出鱈目だ、とかさ」

「シミュレーターもシミュレーションに使われるデータも、僕らが出したものだ。自分の仕事を出鱈目といってどうする」

 そこで区切って、

「それにそういう状況になった時、彼女がどういう反応をするのか、想像出来ないんだ。だから、この結果を違うと言えない。それに彼女ならそういう状況にさせない気がしてね」

「わからないわけでもないが……」

 深瀬は立ち上がって窓を見る。気づけば雨は止み雲の間から光が差し込んでいた。

「悪いな、休憩の邪魔をして」

「いや、良い話を聞かせてもらったよ。ありがとう」

 彼女が人を殺すことに抵抗を覚える可能性が強いとわかったのだから、ね。