「10年前のこと、覚えてる?」
隣に座るカシスがグラスを傾けながら問うてきた。
「10年前の今日、僕たちが出会った」
覚えているから、今日はちょっと頑張って普段はいかないところへ出かけた帰りだ。
慣れないことをしたせいで疲れはある。
充足感のある心地よい疲れだ。
歩き疲れたのもあってバーで一休みしている。
「あの頃の君はつっけどんしてたよなぁ」
初めて会ったとき、カシスはフラットな表情でここはどこか、と尋ねてきたのだ。
道を尋ねられるならともかく、現在位置がわからないはだいぶ面食らったのをはっきりと覚えている。
偶然、暇だった僕は彼女の質問に答え、時間をかけて散策のお供をした。
「今も、でしょう?」
歯に衣着せぬ物言いは今も変わらない。
人の背中を蹴るような物言いが人の背中を押すぐらいに弱まったぐらいか。
最初の頃は辛辣なものの見方をする人だと思っていた。
何度か顔を合せている間に不器用な指摘なのだと思うようになった。
「そうかな。今は優しくなったよ」
「あなたが慣れただけでしょう」
君が器用になったんだよ、というと彼女のプライドに蹴りを入れそうなのでやめる。
「そういうなら互いに慣れたんじゃないか。10年だよ、10年」
そう、10年だ。
10年も一緒にいれば慣れてもくる。
阿吽の呼吸や目で会話することが本当にあるともわかった。
「あっという間だったけど、10年だものね」
「高校生だった僕が大学卒業して社会人になってるんだから」
「そうね。まわりにいるヒトも変わって、街並みも変わったわ」
「変わった変わった」
顔を合せるどころか連絡をとっていない友人や連絡がとれなくなった友人もいる。
馴染みだった定食屋が閉店したり、新しい店ができたり
「君がいる点だけは変わらないや」
僕の言葉にカシスは顔をそむけた。
街灯に照らされる頬がわずかに赤く染まっているような気がする。
いや、染まっている。
今までの経験から言えば間違いなく。
「そういえば、身長は伸びたね」
「ずっと、一緒にいるなら、ヒトにあわせて姿を変えないと」
「実は言ってなかったけど、うれしいな。一緒に大人になれないと思っていたんだ」
「姿かたちは自由にできる、といったでしょう?」
彼女は自分の姿かたちを思うように変えられる。
それは彼女から聞いた言葉だった。
「一緒にいる限り、変わり続けるわ」
「なら、おばあさん姿も見られるのかな」
「言ったでしょう。一緒にいる限りって」
「長生きしないとなぁ」
「ええ、長生きしてちょうだい。何なら、あなたがヒトをやめてもいいのよ」
いたずらっぽく笑う。
さらっと言ったが彼女なら確実に実現できる。
不老不死にだって手が届く。
「でも、僕はヒトとして君と向き合っていたいんだよ」
「そう」
「だって、君だよ。ヒトと話したいと言ったのは」
ヒトと話したいから、いろんな経験をしたいから、地球に来た、と最初の頃にいっていたのだ。
あれは、正体がFSと明かされた後だったか。
とても真剣な表情だったからはっきりと覚えている。
「そういえば、そうだったわね」
「なんだい、人の記憶力を試そうとしてそれかい」
意地悪に言うと、
「試そうなんてしてないわ。あれは確認よ」
ややすねたような調子でカシスは答えた。
「なるほど、確認か。なら、しょうがない」
「そう、しょうがないのよ」
「それで、だ。まぁ、人であるのに飽きたら、その時はよろしく頼むよ」
「責任重大ね」
「命を預けることになるから」
「違うわ。生きていることに希望をもってないと、そうは思えないでしょう?」
「その点は大丈夫だと思ってる」
「なぜ?」
「君といれば面白いことが尽きないから、だよ」
面白いことの見つけ方も教えてもらった。
生きていけるさ、一緒に。
これからも。