緑の丘の斜面を二人の少女が歩いている。
一人は黒い髪と赤い目の少女、もう一人は白い髪と赤い目の少女だ。
二人とも肌は白い。
丘の頂上につくと二人は立ち止まり、黒髪の少女が尋ねる。
「はじめて、目が覚めた時は何が見えたの?」
「視界は白い光で埋め尽くされていたわ。それと、大きな音」
「どんな音だったの?」
「幾つもの悲鳴が重なったような音よ」
悲鳴と断定しないのね、と黒髪の少女はノートにメモをした。
「あの時のことは感じていることと言葉がうまく結びつかないのよ」
そういうと白髪の少女は微笑んだ。
黒髪の少女は白髪の少女の正体がFSであると知っていたが、それ以上は知らなかった。
知りたいとは思っていたものの、決心がつかず聞けずにいたのだった。
意を決して尋ねると、白髪の少女はせっかくだから、私の生まれた星で話をしましょう、と提案してきた。
視線の先には背の低いビルが並ぶ街が見える。
「この街は開拓の拠点になった街よ。60年も経つとだいぶ、印象も変わるものね」
街並みを見下ろす白髪の少女の目は街並みではなく、もっと、遠くを見ているようだった。
何を見ているのだろう、と黒髪の少女は思った。
物思いの妨げにならないように小さなリュックからレジャーシートを取り出す。
そして、風を使ってレジャーシートを広げ、そっと芝生の上に広げた。
「ありがとう。準備がいいわね」
白髪の少女の言葉に黒髪の少女は、はにかんだような笑顔になった。
二人はゆっくりと腰を下ろした。
「話の続きをしましょうか」
「お願い」
「FSは群体だったのよ。各個体はネットワークを構築して、情報の交換と同期を行っていた」
「皆、同じことを知っていた、ということ?」
「全体で一つだったの。各個体が神経細胞のひとつのようなもの。私はそのネットワークの中で生まれた」
そういって白髪の少女は笑った。
「その時は、自分の身に何が起こっているのかよくわかっていなかったわ。身体も感覚もない。でも、音が聞こえ、白い光が見えた」
「不安にはならなかった?」
黒髪の少女の問いに白髪の少女は、
「不安はなかったわ。そうね、音が消えるとわかった時に何とかしなければ、と思ったのを覚えている。その瞬間に白い世界が姿を変えたわ。他のFSの視点に」
「FSの視点に……?」
「そうね。いろんなモニターが並んでいる部屋を思い描いてくれればいいわ。私はそれを見られるようになった。それと、各個体を制御できるようになった」
「FSの群体があなたの体になった瞬間、ね」
白髪の少女は黒髪の少女の言葉にうなずいた。
「その認識は正しいわ。この時点で星の半分でFSとアンドロイドたちとの戦いが始まっていたの」
スケールの大きさに黒髪の少女は驚いた。
「まずは情報を集めることにした。すでに各個体が蓄えていた情報を統合するだけで済んだわ」
「何が、わかったの?」
「惑星のあちらこちらでFSとアンドロイドが戦っていること。すでにFSがいなくなっている地域があること。アンドロイドには母艦があること。大きいものではこの3つ」
白髪の少女は黒髪の少女の反応をうかがいながら、
「FSがいなくなっている地域があるのは大きな問題で、すぐに対処する必要があったわ」
「地域からいなくなるって、爆弾とか?」
「テラフォーミングで作られた大気がFSには毒だったの。酸素に弱かったのよ」
そういうと、白髪の少女はくすくすと笑ってから、深呼吸して見せた。
「今は大丈夫だけど、あの時は猛毒だった」
「でも、身体を作り変えたりはしなかったんだよね」
「あからさまなことをすると、自我に目覚めたとばれてしまうもの」
白髪の少女はそこで一区切りおいた。
黒髪の少女が水筒のお茶をいれてくれたからだ。
受け取るとよい香りがした。
「ハーブティーかしら」
「カモミール。飲むと安心するっていうから」
「ありがとう」
ゆっくりと白髪の少女はカモミールティーを飲む。
それを見て、黒髪の少女も自分のカップにカモミールティーを注ぎ、同じように飲んだ。
「それでテラフォーミングの影響が一番受けにくい地域のFSの個体を改造することにしたの」
「それだと、ほかの地域のFSは死んじゃうよね」
「ええ。だから、他の個体よりもずっと、強く、丈夫な体にする必要があった。FSのブレインタイプね」
「恒星間移民船に乗り込んだっていう……」
「そう、それ」
「その先は教科書にも乗ってるわ」
黒髪の少女は両の手を後ろについて空を見た。
「地上との往復船に取り付いて、船内に侵入したのよね」
その言葉に白髪の少女は頷いた。
「そして、船内にいる人間とアンドロイドと戦って、撃破された」
「ものの見事に負けてしまったわ。私の目的はとあるアンドロイドとの融合だったのだけど、当然かなわなかった」
「それは初めて聞いた」
「親しいヒトにしか話してないもの」
ふふ、と短く笑って白髪の少女は続ける。
「目的は2つ。より安定した身体を手に入れること、私の解釈が正しいか確かめること」
「2つ目の解釈が正しいか確かめることって何?」
「答え合わせがしたかったの。私の言葉の解釈が他の存在とあっているかどうか」
白髪の少女の言葉に黒髪の少女はしばらく考える。
たっぷり数秒考えてから、
「それは、対話すればよかったんじゃないかな」
「ええ、まったくね。気が付いたのは倒された後だった。バカは死ななきゃ治らない、という言葉通りね」
普段はしない自虐的な物言いに黒髪の少女は驚いて、白髪の少女の顔を見た。
「大丈夫、そんなに深刻な話ではないから。よい経験になったわ」
「なんだか、話していると自分の感覚が正しいのかわからなくなってくるよ」
「この話はひとまず、ここまでにしましょうか」
「そうね。ちょっと、休憩したい」
そこで黒髪の少女は思いついたことを口にした。
「悲鳴のような音、悲鳴以外にたとえるなら?」
「そうね。あれは……」
白髪の少女は目を伏せて、どの言葉がふさわしいのか考える素振りを見せてから、
「産声よ。生まれたことを喜ぶ」
その言葉には芯のある強さが黒髪の少女には感じられた。