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生体コンピュータ少女とパイロット

1

機体から離れるように歩いて、振り返る。
見た目はこの空軍の標準的なものだ。
性能も標準的でユニットの交換で幅広い任務に対応できるという。
運動性能も高く、ミサイルを打ち尽くしたあとの空中戦でも優位になれる、とも。
しかし、搭載している火器も火器管制システムも大幅に性能が向上し、ミサイルの撃った時点で勝負が決まっているご時世にどこまで意味があるのか。
最大の問題は今のAIだ。
「音声認識は甘い。反応も従来型よりも悪い。何が新型なんだかさっぱりわからん。予算削減の一環か? だとしたら勘弁してくれ。一緒にこっちの命も削れちまうんだぞ」
言い切ってからため息をつく。
まったく、こんな愚痴をこぼしている場合ではないのだ。
今回のフライトで得た感想も何もかもレポートにまとめねばならない。
再び、向きを変えて歩き始めた時だ。
かつん、かつんと誰かがタラップを降りる音がした。
振り返るとそこには見慣れないパイロットスーツらしきスーツを着た少女が立っている。
そこで俺は新型AIの正体を直感的に理解したのだ。

やらかした、と思った時には遅かった。
俺はこの10代前半の少女に見える人工生命体に振り回されていた。
「では、この問題への対処はこれで」
「いや、それなら、こちらの案のほうが」
「それは先ほどの対処と整合性が」
「……」
万事がこの調子だ。
黙っていると、強い視線を感じる。
顔は何を感じているのかわからないほどフラットだ。
ただ、目には力強さを感じる。
その視線の威力の前にはどんな走行も無力だろう。
「正しい。矛盾する」
「なぜ、黙ったのですか」
そりゃあ、プライドがあるからだ、とは口が裂けても言えない。
新しい機体に搭載されているパイロット支援システムは特殊だとは効いていたが、ここまで特殊とは聞いてなかった。
支援システムは学習機能を持ったコンピュータが主だ。
パイロットの癖を学習し、操作の補助を行うのがその役割で、鍛えれば操作の先読みやパイロットそっくりの動きができる。
どう特殊なのかも聞かなかった俺も俺だが、まさか、少女の形をしたものが搭載されているとは……。
「何か」
「いや、悪いが休憩していいか?」
「問題ありません。あなたが機長です」
「機長、か」
確かに機長になるが単座型で機長もへったくれもあったものではない。
「休憩ではなく、今日はここで切り上げる。明日、問題点をレポートにして提出する。それまでは機体の整備をしてくれ」
「整備の場所は」
「指示は受けているだろう?」
「肯定です」
「なら、よし」
「了解しました。整備を行います」
見送られながらブリーフィングルームを後にした。
まったく、先が思いやられる、と首をもみながら自室に戻る。
ソファに座るとそれだけでどっと疲れが押し寄せてきた。
やるべきことはあるのだから、このままゆっくりするわけにもいかない。
コーヒー一杯をゆっくり飲んで、それから仕事にとりかかろう。
我ながら名案だ、と腰を浮かせた時だ。
「どうぞ」
いつも使っているマグカップにコーヒーがたっぷり注がれていた。
「ありがとう」
気を落ち着かせるために一口飲む。
飲みなれた自分好みの味だ。
「なぜ、俺の部屋にいる」
「ここで整備をせよ、と指示を受けています」
マグカップをテーブルに置いて、俺は深いため息をついた。
いったい、これからどうなってしまうのだ、俺は。

2

部屋の隅を見ると何やら半透明のカプセルがおかれている。
大きさは2m程度、天井すれすれだ。
横幅は1mほどだろうか。
「整備ポッドです」
「お前のか」
「肯定です」
セキュリティを確保するため、基地内の施設はあちらこちらで認証が行われている。
個人に与えられる部屋も同じく。
この部屋にこのカプセルを搬入できた、ということは、俺以外の人間の許可は得られている、と考えるのが妥当だ。
「なぜ、俺の部屋なんだ?」
「ブリーフィングを行いやすくするため、と聞いています」
こんな真っすぐなやつに悪質なジョークを言うんじゃない、と内心で悪態をついた。
「わかった。整備はこのカプセルで行うのか?」
「肯定です」
「では、さっそく整備に」
「作業は完了しています」
「……何?」
「先ほど、完了しました」
時間を稼ごう、というのがそもそも無駄なのだ。
これは本腰をいれて戦うべきだ。
腹を決めて、コーヒーを飲む。
うまいのが癪だ。

3

「作業効率が落ちています。作業を中断し、休憩をとることをお勧めします」
とコーヒーの入ったマグカップが差し出される。
これは休むしかない、とマグカップを受け取る。
言い合っても勝ち目はない。
愚直、不器用な部分は変わる気配がない。
最初の評価を撤回するほどにまで進歩した。
信用して使えるレベルになったわけだ。
「何か?」
「砂糖いれたな」
「肯定です。脳のエネルギー源だと聞きました。口に合いませんでしたか?」
「ブラック派なんだよ、俺は」
取り替えようとする手を制して、俺は甘いコーヒーを飲んだ。


カシスと誕生日

今年も誕生日がきた。いくつになったのか、と聞かれるとたいてい、はぐらかすことにしている。

正直に答えても信じてもらえないから。

私が生まれたのはAD2047年7月14日。

今年がAD2117年。

単純に数えて70になる。

ヒトで言うならお婆さんだけど、FSは違う。

自分のなりたい姿をとれる。

私は若い、もしかすると、幼いかもしれない姿を選んで、ここにいる。

ヒトにあわせて年相応の姿をしていれば、驚かれることはないだろうけど、そうするつもりはなかった。

「カシスちゃんは今年でえっと、70だっけ」

「そう」

「そっかぁ」

事実を確認した、という調子で友人の瞬子は天井を見た。

顎に指を添えて、何かを考えている様子。

「誕生日のケーキ、どうしようかなって」

「ケーキならオーソドックスなものがいいわ」

「うん、それで考えておく。あとは、ろうそく」

「70本さしたら賑やかなことになりそうね」

「キャンプファイアーみたいになっちゃうよ」

瞬子は笑う。

「そうしたい?」

「ケーキの表面がぐずぐずになってしまいそうだもの。しなくていいわ」

「じゃあ、太めのろうそくで7本」

「縁起のよさそうな数字だわ」

「10年後には8本。末広がりのいい数字になるよ」

と瞬子は遠くを見る目をして言った。

「10年なんてあっという間よ。あなたの10年後の誕生日も祝うから」

「ありがとう。楽しみにしてる。あれ、どっちの誕生日の話をしているのか、わからなくなっちゃった。そうそうプレゼントも用意しているから、楽しみにしていてね」

「ええ、楽しみにしているわ」

選んでもらった誕生日プレゼントはどんな些細なものでも特別だと思う。

できる限り集めて保存することにしている。

ヒトと過ごした証であり、宝物である。

けれど、私がそうするのはヒトから見ると不思議らしい。

前にハガラズには話した時は、目を丸くしてたっぷり数秒してから大笑いされた。

普段はばっさり切り捨てているのにそういうところは義理堅いのだな、とも言っていた。

何もそこまでいわなくてもいいでしょうに。

そんな彼からのプレゼントも大切にしまってある。

これからも様々なものが贈ったり、贈られたりするだろう。

たとえ、ものがなくなったとしても確かに覚えている。

誕生日を祝うのは、互いに互いを覚えているのだと確かめ合う儀式。

私はこの日を誰かと迎えられることを嬉しく思う。

「なんか楽しそうだね」

「ええ、楽しいもの」

「素直になったね」

「ふふ、そういう日もあるのよ」


カシスとぐーたらさん

カーペットの上には寝転んでいる人物が一人。
気持ちよさそうに静かに寝息を立てている。
「いい加減、起きてほしいのだけど」
と言ってみるが起きない。
しばらくは部屋の隅を掃除しているが、やはり目覚める気配はない。
「起きないと掃除するわよ」
近づいて言っても気持ちよさそうに寝ている。
この音の中、よく眠れる、と思いながら、掃除機の設定を弱にしてから背中にあてる。
すると彼は文字通り飛び起きて、背の低いテーブルのふちに頭をぶつけた。
浅くバウンドして床で動かなくなった。
それを見てカシスは掃除機を止めると静かにおいて彼に近寄った。
軽くゆすってみるが、起きる気配がない。
手をあてて、呼吸と脈があるのを確認し、そして、短く息を吐いた。
すぐに台所に向かい、戸棚から氷嚢を取り出す。
氷嚢に氷と水をつめ、タオルでくるみ、彼の頭に当ててやる。
いたずらするときは危険な要素を排しておこう、と考えながら。


私の目になって

「いくら雨宿りだっておれはこんな古びた館は嫌だぞ。いったい、いつの時代に誰が作ったかわからないのに」
「数十年は昔だろうな」
俺の言葉にレイフが眉をひそめる。
埃で調度品から床まで白くくすんでいる。
「ジャック、もう少しましなところで休もうぜ」
「おいおい、どこにそんな場所があるんだよ」
俺は肩をすくめて言ってやる。
ここまでの道に建物らしい建物はなかった。
街まで行く頃には服も荷物も水浸しになっているだろう。
「わかった。雨宿りしている間だけだ」
「別にここに長居をするつもりはない。もしかして、お前、怖いの苦手か」
「苦手なわけあるか。埃っぽいのが苦手なだけだ」
「そうか」
と漫才をやっていると、奥のほうで物音がした。
「先客でもいるのかな?」
「ど、動物だろう」
「なら、調べないとな」
この巨大な玄関ホールだと音が響いて、どの位置からなのかはわかりにくい。
正面の通路から聞こえたような気はする。
腰のベルトからライトを抜き出し、ヘッドをひねる。
白い光がまっすぐに伸びるのがわかる。
これは確かに埃が多いな。
そのまま、ライトを正面の通路の奥に向ける。
見通しのいい通路を白い光が貫くように照らす。
「何もなさそうじゃないか」
とレイフ。
「そのよう……ん?」
奥に人影が見えた。
これは先客か、とライトを下げる。
「……私の目に」
何か聞こえた。
光が眩しすぎたか。
「目が痛いのか。すまな――」
「私の目になってぇっ」
うずくまっていた人影が上半身をふらふらさせながら迫って、それは途中までで加速をつけて迫ってきた。
「ぎゃあっ!」
横にいたレイフが悲鳴をあげて走っていく。
それに気を取られたのがまずかった。
「目になってぇっ」
化け物の突進をもろに喰らって俺は床に転がった。
「くっそ、離れろ……」
と相手の顔に手をあて引きはがそうと、
「……そんなにパワーないのな」
腕の長さの違いもあって、私の目になっておばけの手はこちらの顔に届かない。
腕が伸びるわけでもないし、何でもない。
「なんだ、お前」
レイフは戻ってこない。
あのバカは今度、お化け屋敷に封印してやろう、と思いながら俺はおばけの正体を調べてやる。
そのまま、押し倒してやると、やや動きが変わった気がするが気のせいだ、ということにしてやる。
「おとなしくなりましたねっと。そんじゃ、診察ー」
ぼろぼろの服を剥ぐ。
こいつの正体は機械人形だ。
アンドロイドやガイノイドよりも機能も単純だが安価なのが特徴で愛用者は多い。
関節やメンテナンスハッチの端子を見て、
「だいぶ、古い型なのだな、お前」
返事が返ってこない。
やはり、服を剥がされたのがよほどショックだったか。
そもそも、言葉を解する能力が失われたのか。
経年劣化のせいで髪はぼろぼろで、人工皮膚にも乾いてばりばりだ。
本来はきれいだったろうに……勿体ない。
「一番まずいのは光学センサーだな。とりあえず、見えるようにしてやるよ。これも何かの縁だ」
幸い、手持ちのカメラと端子の規格はあうようだ。
汎用ドライバもついているだろうから、何とかなるだろう。
カメラを頭の高さで合わせ、バンドで固定する。
ケーブルを繋いでカメラのスイッチオン。
やや、しばらくしてから、機械人形が身体を起こした。
まわりを警戒するようゆっくりと、見て、そして、ゆっくりと立ち上がった。
「お、見えるようになったか。よかった」
「私の目になって……」
「それじゃ足りないか?」
まぁ、その場しのぎだしな、と思ったら脛を蹴られた。
見えにくいという抗議の割にはクリティカルだ。
俺はしばらく脛を抑えて蹲った。

それが彼女との出会いだった。
この後、俺はレイフと一緒に彼女のレストアをはじめた。
作業量はとにかく、多く、出費もかさんだ。
とはいえ、誰かが直してやらなかったらかわいそうじゃないか。
人形は愛でられるためにあるのだから。


提督と肉そばと

「さみぃ……っ」
暖房のきいた店内に入ると外の寒さが際立つ。
カウンター席がふさがっているのを見てからテーブル席に腰を下ろした。
寒いからざるそばはないな、と彼はコートを脱ぎながらメニューを覗いていると、
「すみません、相席でもよろしいでしょうか」
と店員に話しかけられた。
「どうぞ」
というと店員は感謝の言葉を述べて、席を離れた。
肉そばにでもするか、と彼が考えていると相席する客が向かいに座った。
存在感の薄いようで影はしっかり見える、そういう不思議な男だった。
「ありがとう。時間に余裕がないので助かる」
と男。
「困ったときはお互い様ですよ」
「ここの店ははじめてなんだ。君はよく来るのか?」
「ああ、月に2回か3回ぐらいは」
「おすすめは何かあるかな?」
寒いから力そばもよさそうだが餅を焼くのに時間がかかる。
急いでいるのならかけそばだがそれでは味気ない。
「肉そばがおすすめですよ。僕はそれを頼むつもりでした」
「では、わたしもそうしよう」
彼は店員を呼ぶと肉そば2つを注文した。
「どんな味か楽しみだ」
「オーソドックスな肉そばですよ。豚肉に軽く味がついている」
「陸の食事は久しぶりでね」
海で仕事しているのだろう、と彼は男を見た。
「わたしの顔に何か?」
「いや、陶器のような肌だと」
「よく言われる。日焼けしてないだけだよ」
と男は笑った。
日焼けしてないでこうなるものか、と思っていると支給された携帯端末が震えた。
男に頭を下げてから彼は端末の画面を確認した。
敵の襲撃にあった遠征部隊が帰還したという連絡だ。
荷物をすべて投棄したのが功を奏し、艦娘には被害がなかったようだ。
秘書艦である叢雲に後をよろしく、と返信する。
「お仕事かな」
「ええ。部下がちょっとやらかしたようです。……怪我がなくてよかったですよ」
「それは不幸中の幸いだ」
「同感です」
そこに肉そばが運ばれてきた。
つゆと肉の香りが混ざり鼻腔をくすぐる。
彼と男は同時に割り箸を割り、いただきます、と手を合わせて、一緒にすすり始めた。
食事中は無言だ。
二人とも勢いよくそばをすすり、肉をつつき、つゆも一滴残らず飲み干した。
「いい食べっぷりですね」
「向こうの食事もうまいが陸の食事のほうがなじみがあるな」
「異国で働いているのですか」
「そんなところだ」
と男は浅く頭を下げて、ポケットから端末を取り出して画面を確認した。
数度、画面をタップしてからすぐにポケットにしまった。
「お仕事ですか?」
「部下から一仕事ついたと連絡があった。優秀な部下に代理を依頼しているが、ここでゆっくりしているとわたしの立場が危うくなる」
「違いないですね」
と彼が返事をすると男はふっと笑った。
勘定を済ませて二人は店の外に出た。
海からの風は冷たい。
彼はコートの襟を立てた。
「久しぶりに人間らしい食事ができたよ、ありがとう」
「そんな大げさな」
彼が振り返ると男は背を向けて歩き出していた。
「縁があればまた会おう」
と男の声が風に乗って聞こえた。
「はい」
と彼は返事をして歩き出す。
しかし、あることに気が付いてすぐに振り返る。
男の向かった方角は海だ。
海に飛び込んだのではないか、と。
すでに男の姿はない。
波止場の縁に立って海面を覗きこむが何も浮いてはいない。
ふと、視線を上げると海面を切って進む何かが見えた。
人の腕だ。
それも左右に揺れながら波間に消えていった。
静かに彼はその場を後にした。


見てくれを無視して食べる

謎の生物

「見てください。こいつはxxxxの幼体です。見てくれは可愛いですが……おっと、今、噛み付こうとしました。この口を見てください。小さな牙が沢山あります。見た目が可愛くても触らないようにしてください。……ああ、正面から酸をかけられました。この酸は強力で大変危険です」

「あそこで人を襲おうとしているのがxxxxの成体です。動きは素早く、力もとても強いですが、視野が狭く聴覚も弱いため不意打ちにはとても弱いです。肉はとても淡白でとてもおいしいのも特徴です。今晩の夕食はあれにしましょう」

おいしいのかどうか

「幼体は肉が柔らかく臭みもないのでそのまま食べられます。まぁ、おこのみで塩でしょうか。成体は臭みがある場合もあるのでハーブか何かで臭みを消してやったほうが美味しく食べられるでしょう」

某ゲームの駆逐艦

「あれは駆逐艦イ級です。後ろ足があるので後期型のようです。近づいてみましょう」

「見た目は小さいですがこいつの砲撃は本物です。正面から喰らわないよう気をつけましょう」
*開幕雷撃*
「一見、食べる部位が全く無いように思えますが、この外殻の内側には筋肉が詰まっています。歯ごたえがあっておいしいと言われていますがどうでしょうか」


凶悪な宇宙人(美味)が攻めてきた

「あいつらが攻めてきた時、全員がもうおしまいだと思ってたんじゃないか? なんて言うんだっけ、あいつらが使ってる戦闘機……まぁ、名前はいいか。あいつら、ビルで自爆事故してな。で、外に放り出された奴をボコって、試しに誰かが食ったんだよ。うまくってさ。それでかな、皆、火がついたんだ」

「軍だっけ。食べていいか調べるのにペーストを肌の上に乗せて数時間待つとかやるの。ああいうのなしでがっついてたな。俺もまぁ、その一人なんだけど。見てくれは悪いが確かに肉の味がしたんだ。で、表面の焼けている部分を食べ尽くしたあとに、皆で顔を見合わせて、ほんと”あ”って感じだったな」

「軍とか科学者連中がOKを出す間に俺たちは奴らを調理して食うことを覚えた。火を通せば問題ないし、食えそうにないのは内臓だった。それも時間の問題だったが――最初に劣勢になっていたのは一発、ガツンとやられちまったからじゃないか? 食われる側になってあいつらびびったんじゃないか」

「もう、がったがただったじゃん。地上から姿を消して、空もおっかなびっくりでさ。空軍の連中が来たらすぐに尻向けて逃げるんだもんな。傑作だったぜ。落ちたら食われると思ったら無理もないが」

「配給が始まってからは忘れてたんだ。久しぶりに食ったらまずくってな、あいつら」

元ネタ


縮小現実

fitGearは眼鏡型のデバイスだ。
一昔前に大流行したスマートフォンを眼鏡にかけられるようにしたものだ。
視界に重ねて、情報を表示できるようになったので、ナビや飲食店などの検索に威力を発揮した。
発売当初は色物扱いされたが、自由度の高さが評価されてあっという間に普及した。
現実を拡張する使い方が大半ではあるが、現実を縮小する使い方もあった。
音の洪水をフィルタリングし、必要なものだけを聞こえるようにする聴覚キャンセリングが良い例だ。
外部の刺激に過敏に反応する人たちというのが一定数いて、そういう人たちにとって必要なものだった。
続いて出てきたのが視覚フィルタリング技術だった。
これはfitGear内蔵のカメラで撮影した内容をリアルタイムで処理し、不要な物体を任意の画像で消すものだ。
本来は視力の弱い人を支援するための技術だ。
この2つを私は鬱陶しい現実を見ないために使っている。
この手の使い方が好まれていないのは知っている。
理由はいくつかあるようだ。
ひとつはリアルタイムで処理するため、わずかながら遅延がある。
0.1秒未満の遅延があり、耐えられない人はひどく酔うらしい。
もうひとつは視界を覆っているために危険だ、というものだ。
fitGearの視覚フィルタリング技術はとても優秀だ。
危険なものがあればアラートが表示される。
街頭に設置されたカメラや他のユーザと情報を共有しているから、危険なものが死角に隠れていてもアラートが表示される。
自分の目だけに頼るよりずっと安全なのだ。
自分の好きな音楽だけを聞きながら私は昼下がりの街を歩いていた。
人のピクトグラムに混じって歩道を進む。
このピクトグラムはとあるアニメから抜き出したもので、これを使っていると自分がそのアニメの登場人物になったような気分に浸れる。
ふと、頭の良い人は自分にとって不要な情報、つまりはノイズを自分の脳だけで処理できるのだろうか、と疑問に思った。
明確に病気だと言われれば気が楽なのだが、病的だとしか言われたことがない。
処理できないのは自分の頭が悪いからか、と結論を出すとため息をついた。
がしゃん、と何かがぶつかる音がした。
視界に「注意:交通事故発声」の文字が表示された。
この先にある交差点か、と進みがゆっくりになったピクトグラムを眺めながら位置を整理する。
続いて交通事故の詳細が表示される。
負傷者けが人はなし、ドライバーは行方不明。
行方不明?
責任をとりたくないから逃げたのだろうか。
しかし、逃げても無駄だろう、と考えていると正面から悲鳴が聞こえた。
fitGearはこの悲鳴を必要なものと判断したらしい。
嫌な予感がする。
ピクトグラムたちが来た道を引き返し走り始めた。
「なに?」
今日、はじめて発した言葉がこれだ。
ピクトグラムが動かない私を避けて走る。
海が割れた真ん中に立っているような気分。
不審人物発見、警戒せよ、fitGearが警告を表示した。
どこ、と探すと正面にそれはいた。
ピクトグラムではなく、普通の人として表示されている。
手には刃物が握られている。
刃渡りは15cmぐらいだろうか。
刃からは赤い雫が落ちているように見えた。
私は向きを変えると走りだした。
後ろは見えないが街頭のカメラと連携しているfitGearは後方から不審人物接近中と矢印つきのメッセージで追いかけられていることを教えてくれている。
警察到着まで5分のメッセージが恨めしい。
走ると視界が微妙に揺れて鬱陶しい。
fitGearのfitは体に馴染む意味も込められているがこの状況だとあまり馴染んでくれそうにない。
fitGearを外してポケットに突っ込む。
視覚と聴覚に今までノイズ扱いしていた情報が一気に流れこむ。
普段はどれだけ鬱陶しくても今は五感のすべてが必要だった。
逃げ惑う他の人々の要素も、悲鳴や怒号も逃げるためには有益な情報だ。
まだ、刃物野郎はついてきているようだ。
引きこもりがそんなに狙いやすいか、この野郎。
怒りと同時に視界が狭くなる。
心臓は爆発しそうな勢いで収縮し、全身に血液を送り込んでいる。
今なら戦っても勝てそうだ、と錯覚しそうになるがさすがに刃物を持った男に勝てるとは思えない。
正面、道路一面を防ぐように車を止めている集団がいる。
警察だ。
私はその列の間に滑り込んだ。
警察官の一人が「大丈夫か、君、怪我は!?」と問うてきた。
耳元で大きな声を出さないで欲しい、と思いつつ、小さな声で大丈夫です、と私は答えた。
振り返ると警察官たちが刃物野郎を見事な連携で追い詰めていた。
「参考までに話を聞かせてもらえないでしょうか」
呼吸を整えていると自分が汗だくであるとか、ここが街中で非常に煩いところだとか、今まで忘れていた不快感がどっとやってきた。
「わかりました」
「ありがとうございます。必要なものがあったら言ってください」
「……大丈夫です」
私はあの静かな世界が恋しい、とポケットに触れた。


異世界に飛ばされたロボットの話(7)

この部屋は何度入っても慣れないな、とハルは石造りの部屋を見回す。
音がもれないように石の壁は分厚く、間には枯れ草などが敷き詰められているという。
この中で剣を交えても誰も気がつかない、と市長のアーサラが真顔で言ったこともある。
それが市長の執務室の隣にある会談用の部屋だった。
ハルから異国の騎士が敵ではないこと、今知られているどこの国の騎士でもなさそうだと聞いたアーサラは、
「敵ではないのはわかったが、報酬の問題は残ったままか」
アーサラは椅子の背もたれに体を預け天井を仰いだ。
「私も他の騎士に聞いてみたが口を揃えて知らないと言っていた」
「直接、聞いてみるのはいかがでしょうか」
「あの少年に頼めばそれもできるか」
アーサラはゆっくりと体を起こし、
「もっと、はやく知っていれば決闘をしなくても良かったのだがな」
「はは、違いないです」
「そうすれば報酬も削れる」
「その発言は騎士との信頼関係を傷つけますよ」
とハルは苦笑いしながら言った。
「すまない。君相手だとつい、な」
「信頼されていると解釈しておきます」
ハルは笑顔のままだがアーサラは姿勢を正した。
アーサラが背筋を伸ばして座ると小柄な体格なせいか、椅子にちょこんと座っている形になってしまう。
たいていの者は見ても顔に出さないようにしているが彼は違った。
吹き出す彼を見てアーサラは、
「それが市長に対する態度か」
「いや、すみません。どうも市長相手だと」
「聞かなかったことにしよう」
「付き合いが長いのも考えものですね」
「同感だ」
そこで二人揃って姿勢を正して、
「あの少年には私の方から連絡する。何かあったらすぐに知らせる」
「わかりました。僕も何かわかり次第、連絡します」


異世界に飛ばされたロボットの話(6)

“彼にとってハル・ノイマンは低脅威の存在でしかなかった。
声をかけられた時から決闘場で対峙するまでそうであった。
評価が変わったのは決闘が始まってから数秒後。
ハルの一撃で彼が10mほど後退したからだ。
彼には人間の訓練の相手を務めた経験があった。
今回はそれを応用したのだ。”

“彼はハルの想定を超えた力に方針の変更を余儀なくされた。
人工筋肉などの補助機構がない鎧を着た人間があのような力を出せるわけがなかった。
魔獣との戦いの経験から彼は、ハルの鎧はただの鎧ではなく、超科学を利用したパワードスーツだと仮定した。”

“彼の判断が正しかったのは2回目の斬撃を斜めに構えた盾で流し、ハルに一撃を叩きこもうとした時にはっきりとした。
ハルは彼の振るう剣をバランスの崩した体で避けたのだ。
その時、ハルのまわりに未知の力場が発生していることに彼は気づいた。”

“どんな能力があるのか不明であり、彼はハルを高脅威の存在だと判断し、ジェネレータの出力をあげた。
それでも圧倒するまでもなく、互いに攻撃と防御を繰り返していた。
それもハルが盾を捨てたことで流れが変わった。
彼は両の手で柄を握り構えを変えた。”

“速度と力で押す可能性が高いと判断し、彼も盾を捨て、ハルに向かって加速する。
イオンスラスターは使わず純粋に脚力だけの疾走だ。
加速は殺さず間合いに入るとハルも彼も剣を同時に振り下ろした。
互いの剣がぶつかり火花を散らす。
それでも二人は剣を手放さなかった。”

“互いにバックステップで下がり距離をおく。
もう一度、攻撃するつもりだと彼は推測し、構え直す。
そして、ハルが走りだすと同時に彼も動き出し、間合いに入ると同時に剣を――振るわずにイオンスラスターを吹かして右に飛んだ。
ハルの体を覆っていた力場が消えたのを確認したからだ。”

“動きを止めた彼を見て、ハルは静かに剣を置いた。
「僕の負けです」
ハルはヘルムを外して言った。
彼はその声を戦闘終了の合図だと判断し、戦闘モードから通常モードに切り替えた。
「もう完璧なぐらいに。あなたが味方で良かったですよ」
その言葉に彼も同意した。”

“「今日はありがとうございました」
ハルが頭を下げると同じように彼も頭を下げた。
置いた剣を拾い上げると彼はくるりと踵を返して決闘場から去っていた。
その背中が出口に消えてから、彼も同じように決闘場をあとにした。”